前回書いたのが 5月だから、あれからもう 2カ月は経っている。ロンドンオリンピックも既に終盤へ向かっている。そして高校野球甲子園大会が始まった。夏、真っ盛り。この時期に聴くならやっぱ、「LIFE IN A TIN CAN」だ。彼ら自身は最も好きではないアルバムとしてこのアルバムを挙げている。そりゃあそうだろう。3000万枚~4000万枚売った「SATURDAY NIGHT FEVER」や「SPIRITS HAVING FLOWN」に比べたら、たった17万~18万枚のセールスは「失敗」と位置付けざるを得ない。
だが、私個人としては甘酸っぱい想い出とともに当時随分と癒された記憶がある。 CANが助動詞でなく、名詞としてカン(缶)を表すことなど知らない中学生が、海の向こうのアメリカ・ウェスト・コーストのカラりと晴れた空を夢見て、憧れる思いでアルバムに針を落としていた。よくは覚えていないがアルバート・ハモンドの「カリフォルニアの青い空」なんて曲も流行っていた気がする。
イギリスからロサンジェルスに拠点を移し「カントリーロック」路線のBEE GEESにちょっとした違和感はあったけれど、その後の劇的変化の前の静けさだ、などと誰が予想できただろうか? 前作(TO WHOM IT MAY CONCERN)まではポリドールレーベル。(アメリカではアトランティックレコードレーベル)。このアルバムからRSOの赤ベコマークになった。
「16人の人たちが突然やってきて突然僕を外へ連れ出し」、新しい夜明けを感じたという彼ら自身の音楽的環境の変化を素直に歌詞に込めているとすれば、タイトルの「LIFE IN A TIN CAN」はさしずめ、行き詰まって出口のみえない捨てられた空き缶のような状況でも、ちゃんと生きてるよっていう彼ら自身のアピールなのだろう。当時はアルバムを開いてバリーやロビンやモーリスを捜す以外にもオレンジを太陽にみたてたデザインの中のいろんな人たちをマジマジと 眺めては空想に少しばかりの時間を費やしたもんだ。
確かに「SPIRITS HAVING FLOWN」のような全体がバリーのファルセットでまとめられているようなアルバムだとライブでは意外に迫力に欠けるのだろうけれど、このアルバムの「SAW A NEW MORNING」や同じ時期に書かれた「WOULDN’T I BE SOMEONE」などは本当にライブではビートが効いていて迫力があった。ちなみに当時は「METHOD TO MY MADNESS」の出だしをよく口ずさんでいたし「SOUTH DAKOTA MORNING」も「なんて優しい曲なんだろう。でも短い」って思いながら針を持ち上げてはまた降ろし、を繰り返していた。だから私の最初の「LIFE~」は曲と曲の間に結構傷がついた。
ってな訳で大人になってから「いいもの(いい状態のもの)」を何枚も購入してしまった。反動というのは恐ろしい。ドラム・JIM KELTNER、 ハーモニカ・TOMMY MORGAN 、ベース・バイオリン・RIK GRECH、 アレンジ・JOHNNY PATE など皆一流どころの人材が光る。その一流どころが口を揃えて、BEE GEESと一緒に仕事ができたことを喜んでいるという。
缶の中にはちゃんと「TIN MAN」もいるようだが「TIN CAN」を「鉛(なまり)の缶」と訳さずオランダ語源の「ブリキ缶」というのがミソ。今はアルミ缶のご時世だけれど、昔はよく家にあった。「さば缶」と間違えて「さけ缶」を飼い犬に与えて母に怒られたことも。まあ、思い出は尽きないがアルバムの隣にアルミ缶のプレミアムモルツの<黒>を置いてみた。実はこの<黒>、去年出た限定品で今じゃどこにも売ってない。あまりにおいしくてコクがあるのでずーっととっておいた。黒いデザインだし、ちっとはこのアルバムと共通点もあろうかと隣に置いてみた。やはり味は落ちてはいるだろうなあ。という感想はあくまでもビールのことである。73年、 2月ロンドンでのコンサート、BEE GEES を一番身近に感じられた時代でもあった。ロビン亡き今、「MY LIFE HAS BEE A SONG」が妙に愛おしい。タイムカプセルがあったなら、あの時代へと飛んでいきたい!
だが、私個人としては甘酸っぱい想い出とともに当時随分と癒された記憶がある。 CANが助動詞でなく、名詞としてカン(缶)を表すことなど知らない中学生が、海の向こうのアメリカ・ウェスト・コーストのカラりと晴れた空を夢見て、憧れる思いでアルバムに針を落としていた。よくは覚えていないがアルバート・ハモンドの「カリフォルニアの青い空」なんて曲も流行っていた気がする。
イギリスからロサンジェルスに拠点を移し「カントリーロック」路線のBEE GEESにちょっとした違和感はあったけれど、その後の劇的変化の前の静けさだ、などと誰が予想できただろうか? 前作(TO WHOM IT MAY CONCERN)まではポリドールレーベル。(アメリカではアトランティックレコードレーベル)。このアルバムからRSOの赤ベコマークになった。
「16人の人たちが突然やってきて突然僕を外へ連れ出し」、新しい夜明けを感じたという彼ら自身の音楽的環境の変化を素直に歌詞に込めているとすれば、タイトルの「LIFE IN A TIN CAN」はさしずめ、行き詰まって出口のみえない捨てられた空き缶のような状況でも、ちゃんと生きてるよっていう彼ら自身のアピールなのだろう。当時はアルバムを開いてバリーやロビンやモーリスを捜す以外にもオレンジを太陽にみたてたデザインの中のいろんな人たちをマジマジと 眺めては空想に少しばかりの時間を費やしたもんだ。
確かに「SPIRITS HAVING FLOWN」のような全体がバリーのファルセットでまとめられているようなアルバムだとライブでは意外に迫力に欠けるのだろうけれど、このアルバムの「SAW A NEW MORNING」や同じ時期に書かれた「WOULDN’T I BE SOMEONE」などは本当にライブではビートが効いていて迫力があった。ちなみに当時は「METHOD TO MY MADNESS」の出だしをよく口ずさんでいたし「SOUTH DAKOTA MORNING」も「なんて優しい曲なんだろう。でも短い」って思いながら針を持ち上げてはまた降ろし、を繰り返していた。だから私の最初の「LIFE~」は曲と曲の間に結構傷がついた。
ってな訳で大人になってから「いいもの(いい状態のもの)」を何枚も購入してしまった。反動というのは恐ろしい。ドラム・JIM KELTNER、 ハーモニカ・TOMMY MORGAN 、ベース・バイオリン・RIK GRECH、 アレンジ・JOHNNY PATE など皆一流どころの人材が光る。その一流どころが口を揃えて、BEE GEESと一緒に仕事ができたことを喜んでいるという。
缶の中にはちゃんと「TIN MAN」もいるようだが「TIN CAN」を「鉛(なまり)の缶」と訳さずオランダ語源の「ブリキ缶」というのがミソ。今はアルミ缶のご時世だけれど、昔はよく家にあった。「さば缶」と間違えて「さけ缶」を飼い犬に与えて母に怒られたことも。まあ、思い出は尽きないがアルバムの隣にアルミ缶のプレミアムモルツの<黒>を置いてみた。実はこの<黒>、去年出た限定品で今じゃどこにも売ってない。あまりにおいしくてコクがあるのでずーっととっておいた。黒いデザインだし、ちっとはこのアルバムと共通点もあろうかと隣に置いてみた。やはり味は落ちてはいるだろうなあ。という感想はあくまでもビールのことである。73年、 2月ロンドンでのコンサート、BEE GEES を一番身近に感じられた時代でもあった。ロビン亡き今、「MY LIFE HAS BEE A SONG」が妙に愛おしい。タイムカプセルがあったなら、あの時代へと飛んでいきたい!
(MIXI 2012年 夏の日記より転載)
下は初版帯付き



