「ポルシェの不思議な決算」
については以前述べた通りですが、ようやく今年1月5日になってフォルクスワーゲン株式の50%超を保有するに至り、VW社を子会社化しました。予定より時間がかかったのは、
10月末に急騰したVW株式の価格を落ち着かせるために、いったん保有株式の一部を手放しましたが、VW株式はポルシェのさらなる株式取得期待で株価はあまり下がらなかったため、子会社化は延期されていました。ところで、ポルシェがオプション行使で68億ユーロ(約8,400億円)の利益を計上しましたが、所詮デリバティブ市場は市場参加者のおカネの奪い合いだから、時には犠牲者もでます。今回も例外ではなく、くしくも同じ今年1月5日にドイツ第5位の富豪(資産は推定92億ドル(1月6日換算8,600億円))である、アドルフ・メルクレ氏は列車に飛び込み、自ら命を絶ちました。彼は医薬品の卸売りを手掛けるドイツ第1位のフェニックス・ファーマハンデル
や世界第4位のジェネリック薬(後発の類似医薬品)メーカー、ラチオファーム
の経営者で、世界第4位のセメント会社であるハイデルベルクセメント
の経営権も握っており、10万人を超えるグループ企業のトップとして君臨していましたが、フォルクスワーゲン株を巡って巨額の損失を抱えたことから起きた悲劇です。
ここまでは過去形ですが、ポルシェとフォルクスワーゲンとの関係はこれからが正念場です。なぜなら、フォルクスワーゲンは元々1937年にナチス(ちなみに5月1日をメーデーとして祝日に定めたのはヒトラー)が設立した国営企業であり、1960年に同社が民営化された際に制定されたVW社法により、組合は経営に大きな影響力を持っており、その組合はポルシェによる買収に反発しているからです。なぜなら、ポルシェはヘッジファンド顔負けの金融取引を行うくらいの会社で、組合の影響力など重視しない構えを既に見せているからです。
ただ、ポルシェとVW社の起源は繋がっています。というのは、
初代フォルクスワーゲン・ビートル(カブトムシ)を設計したのは、フェルディナント・ポルシェであり、ポルシェ社は1947年その息子フェリー・ポルシェによって設立され、
発売したポルシェ356はビートルのスポーツカーバージョンたからです。似ているでしょ?そしてポルシェその後ポルシェ911を代表とするスポーツカーメーカーとして有名となり、VW社はグループにアウディ、ランボルギーニ、ベントレーなどを擁する世界第5位の自動車メーカー(上位はトヨタ、GM、フォード、ルノー&日産)に発展しました。
ところで、現在、EUの中で最も強大な国がドイツです。そして、ナチスの政権掌握以来、国民に手厚い福祉を提供しているドイツにおいて、ポルシェがフォルクスワーゲンをどのように経営していくかを「高み?の見物」をするつもりです。
そうそう、ポルシェはスポーツカー以外にも色んな事業を手がけているのを知っていますか?例えば、バッグや腕時計、
靴やサングラスなどにもポルシェがデザインしたものがあります。詳細はこちらのリンクの通り
です。
ポルシェデザインは911の「カエル顔」デザインだけじゃないんです(笑)。


















































