プラトーについて | 100分間(1時間40分)の充実レッスン(^_^)

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健康、体力作り、ストレス解消から、技術力アップ、戦略、戦術、試合に勝つ方法など、
皆さんの表現、上達をお手伝いするテニススクールです。

『プラトー』という言葉、ご存知ですか?

『プラトー』は直訳で「高原」という意味があります。

上達過程の停滞期、横ばい、マンネリ、刺激のない物足りなさ、などを意味します。

上達曲線は、長い目で見ると練習時間に比例して上昇しますが、上達が一時的に停滞する時期のことを『プラトー』と呼びます。

ちなみに新しく覚えた技術と、元々ある技術を融合させる時に起こる迷いや調子を落とす混乱期のことを『スランプ』と言います。

『プラトー』は技術だけでなく様々な成長過程に存在します。

トレーニングをしていても、ダイエットをしていても、始めた頃は結果が目に見えていたものが、ある時を境に停滞、横ばい状態になるといった感じです。

売れていた商品が、右肩上がりから横ばいになる、やっている仕事が物足りないので転職を考える・・・なんてのも『プラトー』の一種かも知れません。

原因は、身体が刺激に対して、それ自体を生活の一部として認識するため、言わば「辛いものも辛くなくなる」ということです。

「成長の限界なのかな??」と悩んだり、迷ったりもします。

なので、

1.目先ややり方を変える
2.さらに刺激的なものを加える
3.それを止める

などの選択肢がありますが、こと技術に関しては、認識し直すべきことがあるようです。

何でもそうですが、高みに行けば行くほど、出来ないことと、やりたいことが増えるものです。

と、上手になると、楽しくなると思っている方が多いですが、背負い込む色々も増えるので、しんどいことの方が多くなります。

上達のためには、それらストレスに強くなることが求められます。

テニス的には・・・、

ステージが上がる。
相手が強くなる。
いろんな相手と出会う。
スッキリ打っていたショットが打てなくなる。
決まっていたショットが決まらなくなる、逆に切り返される。
思うように行かなくなる。
我慢の選択が増える。
きわどいジャッジにイラッとする。
連続ミスでイラッとする。
対戦相手と爽やかに戦えなくなったり、ペアともめたり、強者同志の関係が大変だったり、追われる感があったり、負けられないって思いながら、のびのびプレーが出来なくなったり・・・。
で、くやしい負け方、ふがいない負け方、スッキリやり切った、出し切ったのプレーが少なくなる・・・etc.
とにかく、沢山のストレスがかかります。

背負い込む色々がいっぱいです。

またそれらを分からないまま、一気に実力が上がってしまう方がたまにおられます。

ポンと実力が上がるので、急に負けなくなったり、大会で好成績を上げたりするのですが、ストレスの準備が出来ていないぶん『プラトー』になった瞬間、バーンアウトしてしまったりします。

なので、上達し、強くなるためには、それらを認識する必要があります。

ほとんどの方が、上手になる、強くなることで楽しくなると思いがちですが、本当に強い人達は、それらストレスを理解した上で、受け入れつつ、少しずつ、付き合い、対応し、乗り越え、また新たなストレスを楽しみながら、上達されます。

というわけで、それら自体を楽しむことと、それを分かって今後に望むことで、今現在やっていることに対しての心構え、楽しみ方も変わってくるのではないかと思います。

そして・・・、

「飽きた先に見えるもの」があります。

「出来た」の種類
1.確率は悪いけど出来ることがある
2.50%以上は出来るのけど、失敗することもある
3.ほぼノーミス、しかも滑らかで自信に満ちている

『3.』のレベルに達するためには、ほぼ間違いなく「飽きるまで練習して、なおも追求してやり続ける」ことが必要になってきます。

追い求める根気強さが必要です。

なので「飽きた先に見えるもの」があります。

我々は、継続を楽しむ術を知っています。

小学生時代の漢字練習、何度も同じ字を書きながら、どれだけ早く正確に書けるか時間を計ってみたり、逆にどれだけ丁寧にじわぁ~と書けるか試してみたり、筆圧は?薄く書く?濃く書く?鉛筆の芯の尖り具合は?などなど、単純作業に色々な刺激を加えます。

一つのおもちゃ、説明書にある遊び方なんてすぐに飽きます。
それを工夫しながら、どうやって楽しむか・・・その工夫自体を楽しみます。

そういえば私、当時、買ってもらった超合金は、腕がちぎれるまで遊び、ちぎれてからもさらに工夫していました(笑)

話をテニスに戻します。

ラリー一つにしても、30分続けてなんてのは当たり前。時に情熱を込め、またある時は機械的に行い、反対に情熱を込めなくても、ラリーの質が落ちないようにこだわってみたり・・・。

とにかく飽きて、でもその後をどうやって楽しむかで、技と忍耐とプロセスの楽しみ方を学んで来た気がします。

なのに大人になると、飽きる前に終わっていることが多いです。

「1.確率が悪いけど出来ることがある」を「出来た」としてしまっていることが多いような気がします。

時間がないと言ってしまえばそれまでですが、何かもったいない気がします。

『プラトー』と感じた時、上達過程のストレスとも向き合える気持ちでいるならば!!

飽きるまでやって、その後もやって、そしてその先の新しい境地に向かいます。

追い求めている自分「まだまだオレ(アタシ)ってアオいなぁ~」なんて思えたらカッコいいじゃないですか(笑)

というわけで、まだまだ行けるとこまで、とことん参りましょう!!
テクニック曲線