2002年6月







日韓共催のワールドカップが始まると同時に、

俺の就職試験も始まった。


その第一弾は東京消防局。


一番受かりにくいと言われるところだ。


でも、受けてみてわかった。




俺、学科はそこそこできる。



中高大と受験してきた経験がこんなところで活きるとは。



でも、小論文は難しかった。


落ちてるとしたら、きっとそこだろう。



でも、その日の俺はそれどころではなかった。



今日、聖子に告白しようと考えていたからだ。



試験は緊張しなかったが、


こっちの試験は緊張した。




夜、いつものようにウチに遊びにきた聖子にすんなり言えればよかったが、


なかなか切り出せずに夜中になってしまった。



でも、ここは言うしかないと思った。







「あのさ・・・俺と・・・つ・・・







・・・きあってみませんか・・・?」






言えた!



すると、彼女はなにやら考え込み始めた。




え!?




即答イエスじゃないの??




そして暫くした後、我慢しきれず俺が再度口を開く。




「だ、ダメ??」





「あ、ううん。じゃあ、お願いします。」








・・・きたーーーっっっ!!!



うおーーーっっっ!!




ついに彼女ができた!!



今年の三大目標のひとつ、



インカレタップリンのボード、消防、彼女


その一つが叶ったぜーーー!!




聖子がなんで即答じゃなかったのかはあまり気にならなかった。




翌日、部活をしてる時も自然と顔が緩む。



へへへ。


誰もわかんないと思うけど、

昨日までの俺と今の俺は違うんだぜ・・・。



なんせ、今の俺にはカワイイ彼女がいるんだからなー。





二つの試験の次は大会だ。


サーフカーニバル。



就職よりも単位よりも、

今の俺にとっては本業といえるのが大会だ。


今回の大会が行われる千葉の蓮沼は、

全日本、サーフカーニバルを通じて、

過去に4回出て4回とも予選でコケてる相性の悪いところだ。


でも、今は違う。


クレストのエースだ。


彼女もいる。


ここでの予選落ち許されない。




俺は彼女とメールをして気を紛らわせつつ、


心と体のコンディションを整えて本番を待った。




しかし、ひとつ気になることがあった。




最近、聖子からのメールが減ったのだ。



それだけじゃなく、


俺から送ったメールの返事も遅くなったり、


来ても素っ気ない短いものになっていた。




やっぱ違ったから別れよとか言われたりしないよな・・・。




本当は緊張して緊張して仕方なくなるはずの大会3日前も、


そのことが気になってしまってそれどころじゃなくなっていた。





そして迎えた大会初日。



聖子との連絡はあまり取れていない。



ほんとは大会頑張ってねとか言われたかったんだけど、


昨日の返事が来てないから、励みにできない。



会場に到着してみると、海は予想以上に荒れていた。



過去の4回よりも波はぐちゃぐちゃで、

こんな状況でほんとに俺は勝ち抜けられるのだろうかと少し不安になったが、

よくよく考えてみると、


サイズ自体はアタマオーバーとかってわけじゃなく、


ただただぐちゃぐちゃなだけなので、


ワンダでいつもやってたのに比べたら、

大したことはなく、

経験が活かせる俺にとっては有利な舞台なんじゃないかとさえ思えた。



会場には七瀬さんが来ていた。



関係ないが、もうあなたの知っている俺じゃないんだぞというところを見せつけてやりたかった。



そして始まった予選。



1組15人ほどの中で、4位抜けという厳しい条件だった。



俺は後ろのほうの組だったので、


クレストのみんながどれくらい抜けられるのかと思って見ていたが、


みんなことごとく負けている。



やはり、社会人のレベルは高い。



2年生エースの和成も負けてしまった。



そして、ここまでクレスト勢全滅で迎えた俺の出番。



俺の組には去年の全日本のこの種目で3位になっている青山さんや、


去年の全日本のBクラスでうちの3年生エース・武井くんを破って優勝している

東海大海洋学部LOCOのスーパーエース・石垣君がいた。




彼らについていければ俺の予選通過は叶うわけだが、


逆にいうと、13人で2つの枠を争わなければならないということだ。




緊張する・・・。




でも、俺は変わったんだ。


きっと大丈夫。




そして、





ホアーーーンという間抜けなスタート音と共に、


一斉にスタートした。




スタートはまずまず。


そしてここからが俺の土俵だ。




得意の波越え。



一つ一つキレイに波を越えていく。




そして、沖に出た時に気付いた。





今、2番手にいる・・・。




すぐ前にいるのは青山さん。



ちょっと後ろにいるのは石垣君で、



以下は全く見えなかった。




4位以下はみんな波につかまってなかなか沖に出られないでいるようだ。




よし!いける!



必死で青山さんの後を追った。




そして、俺たち3人はそのまま最終ブイを回り、


最後の直線に入った。




なんとしてもうねりを掴まないと!!



そしてやってきた大きなウネリ。




石垣君は乗り損ね、


俺と青山さんだけがそれに乗った。




そのまま並走で砂浜に辿り着くと、


後はボードを持ってゴールまで走るだけだ。



青山さんはもう予選通過が明らかなため、

全力では走らない。




余裕のない俺は全力で走った。






そして1位でゴール!!




やった!



予選落ちの呪縛を解けた!




ゴールすると1と書かれたチップを貰う。



2と書かれた青山さんと握手。




「速いじゃん。次も頑張ろうな。」





声をかけてもらった。




1位のチェックを済ませ、チームのテントに戻ると、



先にレースを終えていた部のみんなが祝福してくれた。




「スゴいな」



「ほんと速かったっすよ」




色々言ってくれたが、喜ぶのはまだ早い。





次のセミファイナルを勝ち抜かないと意味がない。




でも、なんか憑き物が取れたようで、


だいぶ気が楽になった。




なんせ、セミファイナルに進めたクレスト勢は、

俺と武井くんだけなのだから。



もしここで負けたとしても、ある程度の面目は保てた。




でも、やっぱり決勝に残ってみたい・・・。





午後、セミファイナルが始まった。



予選を勝ち抜いた48人で争われ、


1組あたり16人が戦い、5人ずつが決勝にコマを進める。


4人抜けだった予選に比べたらまだ枠は広がったが、


みんな予選を通過したホネのあるメンバーで、

俺の組には青山さんも石垣君もいた。




なんとしても、ここを抜けてみせる・・・。






そして、準決勝のスタート!




今回のスタートもうまくいった。




そして波を越えて沖に出るとまた気付いた。



周りにまた3人しかいない。



俺と青山さんと石垣君だ。



順番も一緒。


少し前に青山さん、


少し後ろに石垣君だ。




しかし、パドル力は石垣君のほうがあるようで、



最終ブイを回る少し前に俺は抜かれてしまった。



でも、勝負はまだまだ。



ついていって、直線でまた抜き返してやる!





3人の差が縮まらないまま波のブレイクエリアに突入した。



そこに大きな波が来た。



これはデカい!




俺は必死でパドルして、なんとか波に乗った。




すると、石垣君が乗り損ね、


ボードを海中に刺してしまい、


大きくボードを吹っ飛ばしてしまった。




これで2位。



前は青山さんだけとなった。




しかし、青山さんは波をしっかり掴んでいたので、


その差は縮まることはなく、


僅かの差でゴール。




俺は2位だった。



の、残った!




決勝に残ったぞー!!




ついに決めた初の決勝進出!!



ほんとに嬉しい・・・。




ゴール後、青山さんと再度握手。




「おめでとう。決勝も楽しもうな。」





俺はハイと返し、テントに戻った。




そしてみんなに祝福してもらい、

最高の形で初日を終えた。





夜、宿舎での夕飯は本当に気分がよかった。



武井くんも残ったので、


クレスト勢は俺と二人だけが明日のレースに参加できる。



ちょっとした優越感。


最終日に出る種目があるのってとても幸せなことなんだと思った。





その夜、昨日の返事が来てないのも気にせず、


彼女にメールした。




明日の朝、メールが来てるといいなぁ。






翌日。



よく眠れた。




メールは・・・





・・・来てない。





マジか・・・




し、仕方ない。


気を取り直して決勝だ。




そういえば、昨日、七瀬さんと会わなかったな。



今日の俺を見てどう思うかな。


少しは成長したと思ってくれるかな。





決勝には新潟の陽光と順大の隆平も残っていた。



俺と武井くんを加えて、


現役学生は俺たち4人だけになっていた。




なんか、誇らしい。




そして決勝の時間になった。



実況のDJが選手一人一人を紹介してくれる。





「東海クレスト・アダチ!」






DJによる紹介と共に、俺が片手を挙げると、


後ろから応援してくれているみんなの声援が聞こえてきた。



決勝っていいなぁ。





全員の紹介が終わると、いよいよスタートだ。



緊張する・・・。






ホアーーーン!!!





レースがスタートした。



決勝にもなるとみんな速い。



出遅れた俺は、波打ち際でのボードさばきも少し失敗し、


なんと最下位スタートとなってしまった。




しまった・・・。




決勝メンバーのパドリングによるうねりは凄まじく、


後ろでレースをする俺にとっては、

とてもパドリングできる状況ではなくなっていた。



それでも、諦めちゃダメだ。




俺は必死で前を追いかけた。





しかし、なかなか追いつけない。



昨日と違い、落ち着いてしまった海のコンディションもあり、


得意の波越えもあまり活かせなかった。





結局、二人を抜いて、13位になったところでゴール。



青山さんは2位、隆平が3位、


武井くんは8位、陽光は10位だった。





失敗だ・・・。



スタートの出遅れさえなければもう少しやれたはずなんだが・・・。



でも、これも実力。


仕方ない。


胸を張って帰ろう。




レース後、七瀬さんと少しだけ話す機会があった。




「お疲れ!相変わらず勝負よえーな。」





うう・・・、そこですか。



悔し紛れに、



「そういえば、彼女できたんすよ。」



と言ってやった。


もう未練はないですよと言わんばかりに。




「でも、今、あんまり連絡が取れてなくて、微妙なんすけどね。」




と言ったら七瀬さんは笑っていた。




俺は笑えない。





大会が終わった安堵感と、彼女への不安感が、

ごちゃ混ぜになった微妙すぎる気分で俺は帰路についた。




翌日、3、4日ぶりに聖子からの返信がきた。






「あれから色々考えたんだけど、

やっぱり付き合うのやめようと思う。

ちゃんと会って話すから、時間ありますか?


まあ、無かったらこれっきりでもいいんだけど」





は?




今なんて??






付き合うのやめようと思うって・・・。






その夜、聖子がウチに来た。



そこで、彼女は、



ずっと前の彼と実家で同棲してて、俺とは別れた直後で、なんとなくだった。



でも、今は自由にやりたい。



なんか流されて付き合っていた。






こんなことを言われた。



いい友達でいこうと言われたが、


それを俺が断ったらもう会わないだけだと言われたので、


俺には選択肢がなかった。



いい友達に戻り、そこからまたヨリを戻していくしかない。



こういうのは嫌なんだけど、

諦めきれないから、俺はそれを呑んだ。



それから、再び一人もん生活が始まった。



ちょくちょくメールは続けた。



話をした後暫くは仲の良かった頃のようなやり取りができたが、


次第にそれも素っ気なくなってゆき、


そして、










「ごめん。やっぱ友達もムル」







と、書かれたメールが来て、それが最後になった。






ってかさ、






ムルじゃなくてムリだろ!!!





最後くれー、ちゃんと書けよ!!






聖子との短すぎる交際が終わった。





最悪な形で最後の夏を迎えることになったのだ。
2002年5月










なかなかはかどらない試験勉強だったけど、

あと1ヶ月で試験シーズンが来るということで、

バイトを辞めて時間を作ることにした。



でも一切バイトをしないと食いっぱぐれるので、

日雇いの登録は残しておいて、

シフト制だったパチンコ屋を辞めるのだ。




でも、その前にどうしてもしておきたいことがあった。



それは、聖子の連絡先を聞くことだ。



大学2年の終わりに知り合い、

同い年で、とても美人だった。




その頃、時を同じくして、可愛いるんるんとも出会っていたが、


るんるんとは会話はあまり盛り上がらず、

一緒にいてもあまり楽しくなかった。





それにひきかえ、聖子は違った。




七瀬さんを卒業する前と今とでは、

気の持ちようが違うのかもしれないが、


とにかく一緒に話してて楽しかったのだ。




そんな聖子とも、連絡先を知らないままバイトを辞めてしまうと二度と会えない。



だから、とにかく連絡先を聞くチャンスを伺った。




バイトの休憩時間、お互いの休憩のタイミングが合うかどうかは、

運以外の何ものでもなく、

たまたま一緒になって、楽しい会話ができても、

他にも休憩している人がいたりするので、

そこで連絡先を聞くのは、チキンな俺には厳しかった。






そんな時、絶好のチャンスがきた。





ある日の夜中、バイトを終えると、外が大雨になっていた。


そんな中、聖子は傘を借りて歩いて帰ろうとしていた。




恵みの雨ってあるんだな・・・。




「聖子ちゃんさ、俺、家近いから、車とってきて送ってあげるよ。」



「え、いいよー。悪いから。」



「いいのいいの。気にしないで。ちょっと待ってて!」





俺は聖子に断られるスキを与えぬ間に、

ダッシュで車を取りに帰った。




今までの人生で一番速く走ったかもしれない。



そして、車を店の前に回すと、

聖子が助手席に乗ってきた。





「ごめーん。ありがとね。」



「全然いいよ。じゃあいこっか。」





大雨の真夜中、ドライブデートが始まった。



と言っても、



普段、自転車で通える距離に住んでいる聖子だ。



車だとあっという間に着いてしまう。




特にその時は嬉しくて、会話もすごく弾んだので、



あっという間どころではなく、


本当に一瞬で着いてしまった。





「ありがとう。じゃあまた来週ねー。」




「おう。ばいばーい。」








あ、しまった。




連絡先を聞くの忘れちゃった・・・。




でも、チャンスはまだある。


次こそは・・・。






そんな感じでチャンスを逃した俺に、神様はもう一度チャンスをくれた。




俺がバイトを辞める日は、他にもう一人バイトを辞める女の子がいた。



特にその子はたくさんバイトに入っていたので、

友達の多かった彼女の為に、お別れ会をやることになっていた。




俺はそのついで。


でも、別に構わない。


ここで何としても聖子の連絡先を聞いてみせる!




すると、そのバイト最終日、


なんと、聖子と休憩時間が丸かぶりし、

しかも二人っきりになったのだ。



こんなチャンスは二度とない。

俺はすかさず動いた。






「あのさ、携帯、教えてもらってもいい??」




「うん。いいよ。そういえば、まだ聞いてなかったよね。」






すんなり聞けてしまった。




送別会の前に目的を果たしてしまった。




先に聖子が店内に戻った後、


俺はすぐに指定着メロに設定した。





バイト終了後の送別会は、

みんな盛り上がっていて、

とてもじゃないが、連絡先を聞ける状況ではなかった。


ああ、あの時聞いておいてよかった。



解散後、俺は聖子にメールを送った。






翌日、僅か50分睡眠で起き、朝練に向かった。



真夜中というより、明け方にメールを送ったのだ。


返信があるわけがない。


でも、もしメールが来たら、指定着メロ聞きたいなと思い、


俺は練習中は電源を切ることにした。





今日の海練は、ボードで上に行きたいと思っている有志だけで行うガッツリ練だ。



オーストラリアで一緒だった2年のエース・和成や、

3年のエース・武井君が参加していて、


自称4年のエースというか、

自称クレストのエースである俺と、



各学年のボードスペシャリストによるガチ練習が行われた。



気を抜くと本当に負ける。


しかも俺は寝てなくて、スタミナに不安があったので、


本数やる時は、最初の1、2本だけは絶対に負けないぞという気持ちで練習に取り組んだ。



和成はなんとかなったが、


武井君は速かった。


去年の選考会で、よく俺はこの男を競り落としたなと思った。



練習後、もっとやらないとと思い、

全体の部活練の前に、

ウェイトトレーニングも行った。




ウェイトトレーニング場は大学の地下にあるので、

電波が届かない。



トレーニング後に地上に出て、

メールセンターに問い合わせるのがいつものお楽しみだったが、

今日は特別ドキドキした。



これだけ時間が経ったんだ。

メール来てるよな・・・。




恐る恐るメールセンターに問い合わせした。







・・・・・・。



・・・・・・。





・・・・!!!





チャーララーララー♪♪♪








き、きたーーー!!!


聖子の指定着メロ、


ミスチルの「君が好き」だ!







ってか、俺、

聖子に惚れたのか・・・?






それはたわいもない返事だったが、

なんか、すごく嬉しかった。







それからというもの、

毎日頻繁にメールをするようになった。




するとなぜかスイムの調子も上がってきて、

400メートルタイムトライアルでは、

5分36秒という記録が出た。


もうちょっと出せた気がするから、満足ではなかったが、

それでも自己ベストを更新することができた。





そして練習を終えると、聖子からのメールが来ていたりする。



なんか、いいな。




5月の最後の週末はお互い休みだったので、

一緒に食事をすることになった。




先日22歳になった彼女の誕生日祝いも兼ねていたので、

ミスチルのアルバムをプレゼントした。





そんな楽しすぎるディナーを堪能した後、


まだ時間が早かったので、ウチに寄ってくことになった。


ウチにはこないだのオーストラリアの旅で買ってきたジグソーパズルがあったので、


色々話しながら、パズルをした。






「こーゆーのってさ、やり始めると止まらないよね。」





たしかにそうだ。



しかも都合のいいことに、


そのパズルは、一日で完成できるような大きさではなかった。


だから、カボチャの馬車に乗って帰ることもなく、


玄関にガラスのスニーカーを置いたまま、


姫は日付を跨いでもウチでパズルを続けた。




そして、とうとう睡魔がやってきた。





「なかなか終わらないねー。なんか眠くなってきちゃった。」






「じゃあ・・・寝よっか。」






俺たちは布団をしいた。



普段から早寝早起きの俺が眠くないわけはなかったが、


どうしても寝れない。




聖子はスヤスヤと眠っているようだった。





これって・・・どうすればいいんだ・・・??






翌日も彼女は家にいた。



お互い休みで、何か他に用事があるわけでも無かったので、



朝ごはんも一緒に食べ、


昼ごはんも食べ、


夕飯も一緒に食べた。





その間、テレビを見たり、パズルを続けたり、話をしたりして、


時間はどんどん過ぎていった。




途中、彼女がずっと歯磨きしてなくて気持ち悪いと言うので、

コンビニで歯ブラシを買ってきた。





ずっと一本だった歯ブラシのコップに、


今、色違いのが二本並んでいる。



こういうのを同棲って言うんだろうか・・・。




その夜も彼女は泊まっていった。



まさかの二連泊。






これは・・・





OKってことなんだよな??





でも、どうやって仕掛ければいいのかわからない。



昨日よりも布団の距離が近い。



手を伸ばさなくても届くのに、


その一歩が踏み出せない。






結局、その日も俺は何もすることができなかった。



なんというチキン。




いや、これはチキンどころではない。





もはやヒヨコである。



しかも、丸二日、まともに寝れなかった。





しかし、翌日も聖子はウチに居た。



もはや家出少女のようだ。




なんでも今日も予定はないらしく、


夕方の部活まで時間のあった俺と、ずっと一緒に過ごした。





そしてあっという間に夕方になった。




俺が部活に行こうとすると、





「今日は私が何か作るわー。一旦帰るね。」




といって彼女は帰っていった。




やった!


また後で会えるのか!!





俺は寝不足のカラダにムチを打って部活に励んだ。



そして練習を終えると、急いで家に帰った。




程なくして、食材を買い込んだ聖子がウチにやってきた。



同棲ってこんな感じなんだろうな・・・。




そして、手際よく料理を始めると、


あっという間にハッシュドビーフが完成した。







う、うまい・・・。


彼女の手料理ってやつか・・・。





そして、その日の夜。




おとといよりも、


昨日よりも、


二つの布団は近かった。


もう隙間はなくなっていた。





いくしかない。



いくしかない。




いけ!俺!




いけよ俺!!!








いけない・・・。


どうしても、いけない・・・。






その時、聖子のほうを見ると、



何か紙みたいなものが見えた。



紙にはこう見える。











「OK!!」









え!?



これは、夢か・・・?



幻か・・・??





OKって・・・





俺は覆いかぶさってみた。




彼女に抵抗される気配はない。




じっと顔を見つめる。


その距離、30センチ。





そこからは、もう止まらなかった。




初めてってこんな感じなのかな・・・。





結局、聖子とは3泊4日になった。


その最後の夜に、一緒になれた。





翌日からは、朝練も始まり、彼女も家に帰った。



その夜、俺は4日ぶりにまともな睡眠をとった。





もうすぐ6月だ。



そしたら、すぐに東京消防署の試験が始まる。




順序が逆になっちゃったけど、


東京の試験が終わったら、


ちゃんと伝えようと思う。









君が好きと。
2002年4月











4年生になった。



取得単位は114になり、

この春はいよいよ週1回だけ学校に行けば済むようになった。



おかげで練習とバイトと公務員試験の勉強だけすればいい毎日が始まった。



でも、夜中2時3時までバイトをして、

それから6時の朝練に行くのはなかなかしんどく、

そのあとに朝食をとって、すぐ図書館にいって勉強となると、


必ず睡魔に襲われた。


そして必ず負ける。



気付くと昼になっていて、

あわてて昼ごはんとウェイトトレーニングをし、

それから勉強しようと思ってたら、

すぐに夕練の時間がやってくる。



そんな勉強のはかどらない毎日が続いた。



勉強はやや疎かになってたが、

トレーニングは順調で、

特にスイムはひとつの壁を越えたようで、

とうとうA1コースで泳ぐようになっていた。



もう上には七瀬さんが泳いでいたSコースしかなく、


A1といえば、3年前、俺が入部したてのCコースだった頃、

岡村さんがガンガン泳いでいたコースだったりするのである。



そんな「泳げる子」のコースに昇格できたのが、

無性に嬉しかった。





とはいえ、

A1では一番遅いので、

毎日のメニューが自分には地獄だった。




この辛く楽しいスイム練、

この魅力を誰かに話したい・・・。



でも気が付くと4年生。


こんな話、後輩には出来ないし、


同期も最近はみんな就活であまり練習に来ない。



そうなるとどうしても、あの人にメールしたくなってしまうのだ。


すると、




「A1昇格!?やったじゃん。

でも、ミドリコあたりに敵わないようじゃまだまだ。

ミドリコに勝って、良子に勝てるようになったら、

私に追い付いたと思ってくださいな。」




うーん。先は険しい。


ミドリコは手の届きそうなところにいる気はするが、


良子はちょっと、厳しい。





まあ、やっとCREST女子のトップを目標にできるところまできたと考えよう。



七瀬さんは卒業してしまい、


もう当たり前に会うことができなくなってしまったので、


こうやって、なんかしら理由をつけて、

メールのやりとりをすることだけが、

俺が七瀬さんを身近に感じることのできる唯一の手段となっていた。




でも、そんな七瀬さんと久々に会えるチャンスがやってきた。




全日本インドアだ。
(現・全日本プール競技選手権)




俺はボード一本に懸けていて、

プールの大会には出ないと決めていたので、

専らチームの応援なんだけど、


西浜チームの七瀬さんに会えるのが楽しみで仕方なかった。






当日。


会場で七瀬さんを探してみる。



いた。



一言挨拶がしたいと思い、

七瀬さんに歩み寄っていった。




そのとき、誰かが先に七瀬さんに声をかけた。



なんやかんや話が盛り上がってしまっている。


俺は声をなかなかかけられないでいた。




その時、



ふいに思いも寄らない言葉が耳に飛び込んできた。






「ところでさ、七瀬、アダコーとほんとに付き合ってるの??

アダコーがそう言ってたよ。」






「はぁ!?いやいや無いから。

ってか何それ。ほんとキモいからやめてよー。」












俺は耳を疑った。




話している相手が誰だかわかったが、

大事なのはそこじゃない。




俺はそんなこと一言も言った覚えはないが、

大事なのはそこでもない。








ナニソレ、ホントキモイカラヤメテヨ。









俺の中で何かが崩れる音がした。




今まで俺が思い描いてきた七瀬さんとの関係なのか、



それとも、ずっと持ち続けてきた好きだという気持ちなのか。








いや、たぶん、そういうのの全てが崩れた。







俺は七瀬さんと会うのをやめた。





そしてそれから連絡を取るのもやめた。





俺からの連絡が途絶えても、

きっとあの人は何とも思わないだろう。






でも、






なんかスッキリした。




ずっと七瀬さんだけを見ていて、


いつの間にか、


七瀬さんしか見えなくなっていたが、



なんか急に目の前が明るくなり、



視界が広くなった気がした。





こういうのって、なんていうんだろう?




清々したとでもいうのかな?




それとも、卒業したのかな。







とにかく、俺の中の彼女が消えた。






それからというもの、



なんか、心が軽くなり、


人と話すのが楽しくなった。





特に、部のメンバーみんなで食事したり、


たわいもない話をするのがすごく楽しくなった。




パチンコ屋のバイトで一緒の聖子ともよく話すようになった。



今までは他の女子と仲良くしてたら、

七瀬さんへの一途な気持ちを裏切ることになると勝手に思い込み、

そういう機会は作らないようにしていたんだが、


そういうしがらみがなくなった今、

聖子と話す時間は背徳心もなく純粋に楽しめた。





そっか。



こういう感じで色んな女の子と話せていたら、


俺の大学人生も違っていたのかもな。



ずっと手の届かないものに手を伸ばしていて、

時間だけが過ぎちゃったんだな。



もう誰かだけをずっと追いかけるようなことはやめよう。


ロクなことない。



今は毎日を楽しもう。


ずっと楽しめなかった毎日を心から楽しんでやろう。





そして、ゴールデンウィークの白浜合宿が始まった。


4回目の白浜。


もう、新入部員の面倒は後輩たちがみてくれるので、


俺たち4年生はそれをサポートしつつも、


かなり自由に行動することができた。



夜中まで語り合ったり、


無邪気に海ではしゃいだり。




心から笑えた。




こんなに笑ったのはいつ以来だろう。






もう空虚だとも思わない。


なんか、本当に前を向くことができたみたいだ。



4月ももう終わる。



もうすぐ公務員試験が始まる。




心は晴れやか。



どうにかなるさ。


さあ、かかってこい!