2002年4月
4年生になった。
取得単位は114になり、
この春はいよいよ週1回だけ学校に行けば済むようになった。
おかげで練習とバイトと公務員試験の勉強だけすればいい毎日が始まった。
でも、夜中2時3時までバイトをして、
それから6時の朝練に行くのはなかなかしんどく、
そのあとに朝食をとって、すぐ図書館にいって勉強となると、
必ず睡魔に襲われた。
そして必ず負ける。
気付くと昼になっていて、
あわてて昼ごはんとウェイトトレーニングをし、
それから勉強しようと思ってたら、
すぐに夕練の時間がやってくる。
そんな勉強のはかどらない毎日が続いた。
勉強はやや疎かになってたが、
トレーニングは順調で、
特にスイムはひとつの壁を越えたようで、
とうとうA1コースで泳ぐようになっていた。
もう上には七瀬さんが泳いでいたSコースしかなく、
A1といえば、3年前、俺が入部したてのCコースだった頃、
岡村さんがガンガン泳いでいたコースだったりするのである。
そんな「泳げる子」のコースに昇格できたのが、
無性に嬉しかった。
とはいえ、
A1では一番遅いので、
毎日のメニューが自分には地獄だった。
この辛く楽しいスイム練、
この魅力を誰かに話したい・・・。
でも気が付くと4年生。
こんな話、後輩には出来ないし、
同期も最近はみんな就活であまり練習に来ない。
そうなるとどうしても、あの人にメールしたくなってしまうのだ。
すると、
「A1昇格!?やったじゃん。
でも、ミドリコあたりに敵わないようじゃまだまだ。
ミドリコに勝って、良子に勝てるようになったら、
私に追い付いたと思ってくださいな。」
うーん。先は険しい。
ミドリコは手の届きそうなところにいる気はするが、
良子はちょっと、厳しい。
まあ、やっとCREST女子のトップを目標にできるところまできたと考えよう。
七瀬さんは卒業してしまい、
もう当たり前に会うことができなくなってしまったので、
こうやって、なんかしら理由をつけて、
メールのやりとりをすることだけが、
俺が七瀬さんを身近に感じることのできる唯一の手段となっていた。
でも、そんな七瀬さんと久々に会えるチャンスがやってきた。
全日本インドアだ。
(現・全日本プール競技選手権)
俺はボード一本に懸けていて、
プールの大会には出ないと決めていたので、
専らチームの応援なんだけど、
西浜チームの七瀬さんに会えるのが楽しみで仕方なかった。
当日。
会場で七瀬さんを探してみる。
いた。
一言挨拶がしたいと思い、
七瀬さんに歩み寄っていった。
そのとき、誰かが先に七瀬さんに声をかけた。
なんやかんや話が盛り上がってしまっている。
俺は声をなかなかかけられないでいた。
その時、
ふいに思いも寄らない言葉が耳に飛び込んできた。
「ところでさ、七瀬、アダコーとほんとに付き合ってるの??
アダコーがそう言ってたよ。」
「はぁ!?いやいや無いから。
ってか何それ。ほんとキモいからやめてよー。」
俺は耳を疑った。
話している相手が誰だかわかったが、
大事なのはそこじゃない。
俺はそんなこと一言も言った覚えはないが、
大事なのはそこでもない。
ナニソレ、ホントキモイカラヤメテヨ。
俺の中で何かが崩れる音がした。
今まで俺が思い描いてきた七瀬さんとの関係なのか、
それとも、ずっと持ち続けてきた好きだという気持ちなのか。
いや、たぶん、そういうのの全てが崩れた。
俺は七瀬さんと会うのをやめた。
そしてそれから連絡を取るのもやめた。
俺からの連絡が途絶えても、
きっとあの人は何とも思わないだろう。
でも、
なんかスッキリした。
ずっと七瀬さんだけを見ていて、
いつの間にか、
七瀬さんしか見えなくなっていたが、
なんか急に目の前が明るくなり、
視界が広くなった気がした。
こういうのって、なんていうんだろう?
清々したとでもいうのかな?
それとも、卒業したのかな。
とにかく、俺の中の彼女が消えた。
それからというもの、
なんか、心が軽くなり、
人と話すのが楽しくなった。
特に、部のメンバーみんなで食事したり、
たわいもない話をするのがすごく楽しくなった。
パチンコ屋のバイトで一緒の聖子ともよく話すようになった。
今までは他の女子と仲良くしてたら、
七瀬さんへの一途な気持ちを裏切ることになると勝手に思い込み、
そういう機会は作らないようにしていたんだが、
そういうしがらみがなくなった今、
聖子と話す時間は背徳心もなく純粋に楽しめた。
そっか。
こういう感じで色んな女の子と話せていたら、
俺の大学人生も違っていたのかもな。
ずっと手の届かないものに手を伸ばしていて、
時間だけが過ぎちゃったんだな。
もう誰かだけをずっと追いかけるようなことはやめよう。
ロクなことない。
今は毎日を楽しもう。
ずっと楽しめなかった毎日を心から楽しんでやろう。
そして、ゴールデンウィークの白浜合宿が始まった。
4回目の白浜。
もう、新入部員の面倒は後輩たちがみてくれるので、
俺たち4年生はそれをサポートしつつも、
かなり自由に行動することができた。
夜中まで語り合ったり、
無邪気に海ではしゃいだり。
心から笑えた。
こんなに笑ったのはいつ以来だろう。
もう空虚だとも思わない。
なんか、本当に前を向くことができたみたいだ。
4月ももう終わる。
もうすぐ公務員試験が始まる。
心は晴れやか。
どうにかなるさ。
さあ、かかってこい!
4年生になった。
取得単位は114になり、
この春はいよいよ週1回だけ学校に行けば済むようになった。
おかげで練習とバイトと公務員試験の勉強だけすればいい毎日が始まった。
でも、夜中2時3時までバイトをして、
それから6時の朝練に行くのはなかなかしんどく、
そのあとに朝食をとって、すぐ図書館にいって勉強となると、
必ず睡魔に襲われた。
そして必ず負ける。
気付くと昼になっていて、
あわてて昼ごはんとウェイトトレーニングをし、
それから勉強しようと思ってたら、
すぐに夕練の時間がやってくる。
そんな勉強のはかどらない毎日が続いた。
勉強はやや疎かになってたが、
トレーニングは順調で、
特にスイムはひとつの壁を越えたようで、
とうとうA1コースで泳ぐようになっていた。
もう上には七瀬さんが泳いでいたSコースしかなく、
A1といえば、3年前、俺が入部したてのCコースだった頃、
岡村さんがガンガン泳いでいたコースだったりするのである。
そんな「泳げる子」のコースに昇格できたのが、
無性に嬉しかった。
とはいえ、
A1では一番遅いので、
毎日のメニューが自分には地獄だった。
この辛く楽しいスイム練、
この魅力を誰かに話したい・・・。
でも気が付くと4年生。
こんな話、後輩には出来ないし、
同期も最近はみんな就活であまり練習に来ない。
そうなるとどうしても、あの人にメールしたくなってしまうのだ。
すると、
「A1昇格!?やったじゃん。
でも、ミドリコあたりに敵わないようじゃまだまだ。
ミドリコに勝って、良子に勝てるようになったら、
私に追い付いたと思ってくださいな。」
うーん。先は険しい。
ミドリコは手の届きそうなところにいる気はするが、
良子はちょっと、厳しい。
まあ、やっとCREST女子のトップを目標にできるところまできたと考えよう。
七瀬さんは卒業してしまい、
もう当たり前に会うことができなくなってしまったので、
こうやって、なんかしら理由をつけて、
メールのやりとりをすることだけが、
俺が七瀬さんを身近に感じることのできる唯一の手段となっていた。
でも、そんな七瀬さんと久々に会えるチャンスがやってきた。
全日本インドアだ。
(現・全日本プール競技選手権)
俺はボード一本に懸けていて、
プールの大会には出ないと決めていたので、
専らチームの応援なんだけど、
西浜チームの七瀬さんに会えるのが楽しみで仕方なかった。
当日。
会場で七瀬さんを探してみる。
いた。
一言挨拶がしたいと思い、
七瀬さんに歩み寄っていった。
そのとき、誰かが先に七瀬さんに声をかけた。
なんやかんや話が盛り上がってしまっている。
俺は声をなかなかかけられないでいた。
その時、
ふいに思いも寄らない言葉が耳に飛び込んできた。
「ところでさ、七瀬、アダコーとほんとに付き合ってるの??
アダコーがそう言ってたよ。」
「はぁ!?いやいや無いから。
ってか何それ。ほんとキモいからやめてよー。」
俺は耳を疑った。
話している相手が誰だかわかったが、
大事なのはそこじゃない。
俺はそんなこと一言も言った覚えはないが、
大事なのはそこでもない。
ナニソレ、ホントキモイカラヤメテヨ。
俺の中で何かが崩れる音がした。
今まで俺が思い描いてきた七瀬さんとの関係なのか、
それとも、ずっと持ち続けてきた好きだという気持ちなのか。
いや、たぶん、そういうのの全てが崩れた。
俺は七瀬さんと会うのをやめた。
そしてそれから連絡を取るのもやめた。
俺からの連絡が途絶えても、
きっとあの人は何とも思わないだろう。
でも、
なんかスッキリした。
ずっと七瀬さんだけを見ていて、
いつの間にか、
七瀬さんしか見えなくなっていたが、
なんか急に目の前が明るくなり、
視界が広くなった気がした。
こういうのって、なんていうんだろう?
清々したとでもいうのかな?
それとも、卒業したのかな。
とにかく、俺の中の彼女が消えた。
それからというもの、
なんか、心が軽くなり、
人と話すのが楽しくなった。
特に、部のメンバーみんなで食事したり、
たわいもない話をするのがすごく楽しくなった。
パチンコ屋のバイトで一緒の聖子ともよく話すようになった。
今までは他の女子と仲良くしてたら、
七瀬さんへの一途な気持ちを裏切ることになると勝手に思い込み、
そういう機会は作らないようにしていたんだが、
そういうしがらみがなくなった今、
聖子と話す時間は背徳心もなく純粋に楽しめた。
そっか。
こういう感じで色んな女の子と話せていたら、
俺の大学人生も違っていたのかもな。
ずっと手の届かないものに手を伸ばしていて、
時間だけが過ぎちゃったんだな。
もう誰かだけをずっと追いかけるようなことはやめよう。
ロクなことない。
今は毎日を楽しもう。
ずっと楽しめなかった毎日を心から楽しんでやろう。
そして、ゴールデンウィークの白浜合宿が始まった。
4回目の白浜。
もう、新入部員の面倒は後輩たちがみてくれるので、
俺たち4年生はそれをサポートしつつも、
かなり自由に行動することができた。
夜中まで語り合ったり、
無邪気に海ではしゃいだり。
心から笑えた。
こんなに笑ったのはいつ以来だろう。
もう空虚だとも思わない。
なんか、本当に前を向くことができたみたいだ。
4月ももう終わる。
もうすぐ公務員試験が始まる。
心は晴れやか。
どうにかなるさ。
さあ、かかってこい!