2002年6月







日韓共催のワールドカップが始まると同時に、

俺の就職試験も始まった。


その第一弾は東京消防局。


一番受かりにくいと言われるところだ。


でも、受けてみてわかった。




俺、学科はそこそこできる。



中高大と受験してきた経験がこんなところで活きるとは。



でも、小論文は難しかった。


落ちてるとしたら、きっとそこだろう。



でも、その日の俺はそれどころではなかった。



今日、聖子に告白しようと考えていたからだ。



試験は緊張しなかったが、


こっちの試験は緊張した。




夜、いつものようにウチに遊びにきた聖子にすんなり言えればよかったが、


なかなか切り出せずに夜中になってしまった。



でも、ここは言うしかないと思った。







「あのさ・・・俺と・・・つ・・・







・・・きあってみませんか・・・?」






言えた!



すると、彼女はなにやら考え込み始めた。




え!?




即答イエスじゃないの??




そして暫くした後、我慢しきれず俺が再度口を開く。




「だ、ダメ??」





「あ、ううん。じゃあ、お願いします。」








・・・きたーーーっっっ!!!



うおーーーっっっ!!




ついに彼女ができた!!



今年の三大目標のひとつ、



インカレタップリンのボード、消防、彼女


その一つが叶ったぜーーー!!




聖子がなんで即答じゃなかったのかはあまり気にならなかった。




翌日、部活をしてる時も自然と顔が緩む。



へへへ。


誰もわかんないと思うけど、

昨日までの俺と今の俺は違うんだぜ・・・。



なんせ、今の俺にはカワイイ彼女がいるんだからなー。





二つの試験の次は大会だ。


サーフカーニバル。



就職よりも単位よりも、

今の俺にとっては本業といえるのが大会だ。


今回の大会が行われる千葉の蓮沼は、

全日本、サーフカーニバルを通じて、

過去に4回出て4回とも予選でコケてる相性の悪いところだ。


でも、今は違う。


クレストのエースだ。


彼女もいる。


ここでの予選落ち許されない。




俺は彼女とメールをして気を紛らわせつつ、


心と体のコンディションを整えて本番を待った。




しかし、ひとつ気になることがあった。




最近、聖子からのメールが減ったのだ。



それだけじゃなく、


俺から送ったメールの返事も遅くなったり、


来ても素っ気ない短いものになっていた。




やっぱ違ったから別れよとか言われたりしないよな・・・。




本当は緊張して緊張して仕方なくなるはずの大会3日前も、


そのことが気になってしまってそれどころじゃなくなっていた。





そして迎えた大会初日。



聖子との連絡はあまり取れていない。



ほんとは大会頑張ってねとか言われたかったんだけど、


昨日の返事が来てないから、励みにできない。



会場に到着してみると、海は予想以上に荒れていた。



過去の4回よりも波はぐちゃぐちゃで、

こんな状況でほんとに俺は勝ち抜けられるのだろうかと少し不安になったが、

よくよく考えてみると、


サイズ自体はアタマオーバーとかってわけじゃなく、


ただただぐちゃぐちゃなだけなので、


ワンダでいつもやってたのに比べたら、

大したことはなく、

経験が活かせる俺にとっては有利な舞台なんじゃないかとさえ思えた。



会場には七瀬さんが来ていた。



関係ないが、もうあなたの知っている俺じゃないんだぞというところを見せつけてやりたかった。



そして始まった予選。



1組15人ほどの中で、4位抜けという厳しい条件だった。



俺は後ろのほうの組だったので、


クレストのみんながどれくらい抜けられるのかと思って見ていたが、


みんなことごとく負けている。



やはり、社会人のレベルは高い。



2年生エースの和成も負けてしまった。



そして、ここまでクレスト勢全滅で迎えた俺の出番。



俺の組には去年の全日本のこの種目で3位になっている青山さんや、


去年の全日本のBクラスでうちの3年生エース・武井くんを破って優勝している

東海大海洋学部LOCOのスーパーエース・石垣君がいた。




彼らについていければ俺の予選通過は叶うわけだが、


逆にいうと、13人で2つの枠を争わなければならないということだ。




緊張する・・・。




でも、俺は変わったんだ。


きっと大丈夫。




そして、





ホアーーーンという間抜けなスタート音と共に、


一斉にスタートした。




スタートはまずまず。


そしてここからが俺の土俵だ。




得意の波越え。



一つ一つキレイに波を越えていく。




そして、沖に出た時に気付いた。





今、2番手にいる・・・。




すぐ前にいるのは青山さん。



ちょっと後ろにいるのは石垣君で、



以下は全く見えなかった。




4位以下はみんな波につかまってなかなか沖に出られないでいるようだ。




よし!いける!



必死で青山さんの後を追った。




そして、俺たち3人はそのまま最終ブイを回り、


最後の直線に入った。




なんとしてもうねりを掴まないと!!



そしてやってきた大きなウネリ。




石垣君は乗り損ね、


俺と青山さんだけがそれに乗った。




そのまま並走で砂浜に辿り着くと、


後はボードを持ってゴールまで走るだけだ。



青山さんはもう予選通過が明らかなため、

全力では走らない。




余裕のない俺は全力で走った。






そして1位でゴール!!




やった!



予選落ちの呪縛を解けた!




ゴールすると1と書かれたチップを貰う。



2と書かれた青山さんと握手。




「速いじゃん。次も頑張ろうな。」





声をかけてもらった。




1位のチェックを済ませ、チームのテントに戻ると、



先にレースを終えていた部のみんなが祝福してくれた。




「スゴいな」



「ほんと速かったっすよ」




色々言ってくれたが、喜ぶのはまだ早い。





次のセミファイナルを勝ち抜かないと意味がない。




でも、なんか憑き物が取れたようで、


だいぶ気が楽になった。




なんせ、セミファイナルに進めたクレスト勢は、

俺と武井くんだけなのだから。



もしここで負けたとしても、ある程度の面目は保てた。




でも、やっぱり決勝に残ってみたい・・・。





午後、セミファイナルが始まった。



予選を勝ち抜いた48人で争われ、


1組あたり16人が戦い、5人ずつが決勝にコマを進める。


4人抜けだった予選に比べたらまだ枠は広がったが、


みんな予選を通過したホネのあるメンバーで、

俺の組には青山さんも石垣君もいた。




なんとしても、ここを抜けてみせる・・・。






そして、準決勝のスタート!




今回のスタートもうまくいった。




そして波を越えて沖に出るとまた気付いた。



周りにまた3人しかいない。



俺と青山さんと石垣君だ。



順番も一緒。


少し前に青山さん、


少し後ろに石垣君だ。




しかし、パドル力は石垣君のほうがあるようで、



最終ブイを回る少し前に俺は抜かれてしまった。



でも、勝負はまだまだ。



ついていって、直線でまた抜き返してやる!





3人の差が縮まらないまま波のブレイクエリアに突入した。



そこに大きな波が来た。



これはデカい!




俺は必死でパドルして、なんとか波に乗った。




すると、石垣君が乗り損ね、


ボードを海中に刺してしまい、


大きくボードを吹っ飛ばしてしまった。




これで2位。



前は青山さんだけとなった。




しかし、青山さんは波をしっかり掴んでいたので、


その差は縮まることはなく、


僅かの差でゴール。




俺は2位だった。



の、残った!




決勝に残ったぞー!!




ついに決めた初の決勝進出!!



ほんとに嬉しい・・・。




ゴール後、青山さんと再度握手。




「おめでとう。決勝も楽しもうな。」





俺はハイと返し、テントに戻った。




そしてみんなに祝福してもらい、

最高の形で初日を終えた。





夜、宿舎での夕飯は本当に気分がよかった。



武井くんも残ったので、


クレスト勢は俺と二人だけが明日のレースに参加できる。



ちょっとした優越感。


最終日に出る種目があるのってとても幸せなことなんだと思った。





その夜、昨日の返事が来てないのも気にせず、


彼女にメールした。




明日の朝、メールが来てるといいなぁ。






翌日。



よく眠れた。




メールは・・・





・・・来てない。





マジか・・・




し、仕方ない。


気を取り直して決勝だ。




そういえば、昨日、七瀬さんと会わなかったな。



今日の俺を見てどう思うかな。


少しは成長したと思ってくれるかな。





決勝には新潟の陽光と順大の隆平も残っていた。



俺と武井くんを加えて、


現役学生は俺たち4人だけになっていた。




なんか、誇らしい。




そして決勝の時間になった。



実況のDJが選手一人一人を紹介してくれる。





「東海クレスト・アダチ!」






DJによる紹介と共に、俺が片手を挙げると、


後ろから応援してくれているみんなの声援が聞こえてきた。



決勝っていいなぁ。





全員の紹介が終わると、いよいよスタートだ。



緊張する・・・。






ホアーーーン!!!





レースがスタートした。



決勝にもなるとみんな速い。



出遅れた俺は、波打ち際でのボードさばきも少し失敗し、


なんと最下位スタートとなってしまった。




しまった・・・。




決勝メンバーのパドリングによるうねりは凄まじく、


後ろでレースをする俺にとっては、

とてもパドリングできる状況ではなくなっていた。



それでも、諦めちゃダメだ。




俺は必死で前を追いかけた。





しかし、なかなか追いつけない。



昨日と違い、落ち着いてしまった海のコンディションもあり、


得意の波越えもあまり活かせなかった。





結局、二人を抜いて、13位になったところでゴール。



青山さんは2位、隆平が3位、


武井くんは8位、陽光は10位だった。





失敗だ・・・。



スタートの出遅れさえなければもう少しやれたはずなんだが・・・。



でも、これも実力。


仕方ない。


胸を張って帰ろう。




レース後、七瀬さんと少しだけ話す機会があった。




「お疲れ!相変わらず勝負よえーな。」





うう・・・、そこですか。



悔し紛れに、



「そういえば、彼女できたんすよ。」



と言ってやった。


もう未練はないですよと言わんばかりに。




「でも、今、あんまり連絡が取れてなくて、微妙なんすけどね。」




と言ったら七瀬さんは笑っていた。




俺は笑えない。





大会が終わった安堵感と、彼女への不安感が、

ごちゃ混ぜになった微妙すぎる気分で俺は帰路についた。




翌日、3、4日ぶりに聖子からの返信がきた。






「あれから色々考えたんだけど、

やっぱり付き合うのやめようと思う。

ちゃんと会って話すから、時間ありますか?


まあ、無かったらこれっきりでもいいんだけど」





は?




今なんて??






付き合うのやめようと思うって・・・。






その夜、聖子がウチに来た。



そこで、彼女は、



ずっと前の彼と実家で同棲してて、俺とは別れた直後で、なんとなくだった。



でも、今は自由にやりたい。



なんか流されて付き合っていた。






こんなことを言われた。



いい友達でいこうと言われたが、


それを俺が断ったらもう会わないだけだと言われたので、


俺には選択肢がなかった。



いい友達に戻り、そこからまたヨリを戻していくしかない。



こういうのは嫌なんだけど、

諦めきれないから、俺はそれを呑んだ。



それから、再び一人もん生活が始まった。



ちょくちょくメールは続けた。



話をした後暫くは仲の良かった頃のようなやり取りができたが、


次第にそれも素っ気なくなってゆき、


そして、










「ごめん。やっぱ友達もムル」







と、書かれたメールが来て、それが最後になった。






ってかさ、






ムルじゃなくてムリだろ!!!





最後くれー、ちゃんと書けよ!!






聖子との短すぎる交際が終わった。





最悪な形で最後の夏を迎えることになったのだ。