夫に先立たれて、独り住まいのスガさんは、
この頃、眠くてたまらない、と言っていました。
近所の安江さんは、心配でならない。
良く眠ってばかりいた祖母を思い出すのだ。
そして、頻繁に顔を見に来ては
「スガさん、寝てばかりいたらボケちゃうよ」
「スガさん、何かしないと、ボケちゃうよ」
それが、挨拶がわりで、何度も繰り返します。
娘のAさんと、その子供達が久しぶりに来た時のこと。
安江さんが帰って行く後ろ姿を見て、スガさんは言った。
「黒いマントを着て、後ろに仮面をつけているようだ」と。
不思議に思ったAさんは、安江さんの後を追った。
「この頃、母に何か変わったことがありますか?」
「ええ、良く眠ってしまうみたいなので、ボケちゃうよ、
どこか出掛けたりすればと言ってあげてますよ」
「アッ ! やだ、そんな恐ろしいこと」
「えっ、なに? 心配して言ってあげてるのに、、、」
「申し訳ありませんが、その言い方だと、母に暗示をかけてるとしか思えません」
「まあ、なんて酷いこと言うの? わかりました。
いいですよ。もう金輪際お宅には来ませんから」
「あ、あの、来て欲しくないと言ってるわけではありません。
すみません。私のほうこそ、酷い言い方をしてしまいました。
いつも、気にかけて頂いてありがとうございます。
ただ、お願いがあります。
”ボケちゃうよ”と言うのだけ、やめて頂きたいんです。
それがちょっと・・・」
「あら、だって、私の祖母が寝てばかりでボケたんですよ。
だから、ボケないように注意してあげてるんじゃない」
「あの、動いた方がいい、ぐらいにとどめて頂けませんか」
「いやだ、あなた、わかってないわ。
恐れがなければ 人間、なにも気をつけようとしないもんなのよ」
怒ったような顔で、踵を返す安江さんの後ろ姿。
Aさんのつぶやき 「黒いマントに仮面かー」
家に戻ったAさんは、スガさんに言いました。
「お母さん、うちに来て、一緒に暮らそう」
「いいよ、独りが気楽で好きなんだから」
「だったら、何か趣味とか軽い運動とかして、仲間を作れるようなサークルに入った方がいいわ」
「そうねー、わかっちゃいるけど、面倒なのよ」
「お母さん、本気の人生は、これからよ。眠ってる時間なんて勿体ないわ」
「わかった、わかった、もういいから帰りなさい」
スガさんは、何もかも、面倒になっていたのです。
つづく