今日はおうちで…… | 10月の蝉

10月の蝉

取り残されても、どこにも届かなくても、最後まで蝉らしく鳴き続けよう

雨も降っているし、昨日歩きまわってくたびれたので、今日は一日家でまったりすることにしました。
おそらく靴のせいだとは思うんですけど、足が筋肉痛で(*゚ー゚)ゞ
合わない靴で歩きまわるのは、あまりオススメできませんですなあ。


昨日の検索ワードは「山P」一色でした(笑)
なかなかに、静岡市周辺では話題だったようで。
今日は雨ですが、撮影はどこでなさってるんでしょうね。

最近は静岡でも、フィルムコミッション的な活動が盛んになってきたようです。
絶賛公開中の「土竜の唄」でも、クライマックスシーンを清水港で撮影してます。
富士山が画面に写った瞬間、劇場内で「あれ、清水だよね」というざわめきが起きましたっけ。
「踊る大捜査線」でも、香取慎吾さんが犯人役で出演した作品で、ラストのバナナ倉庫が清水の倉庫だったそうです。

妻夫木聡さんの出世作「ウォーターボーイズ」は、相良町や、御前崎を走る150号線がロケ地に使われています。
静岡県民は、あの「バスに乗り込んで海辺を走るバスが鴨川シーワールドに到着する」シーンで苦笑いしたものです。
ああいうのって、自分の知っている場所が出てくるとものすごく奇妙な気持ちになるもんなんですね。
知らなきゃ全然気にならない距離感なんですけどね。

少し前に放送されたNHKBSプレミアムでの地域ドラマで、滋賀の「田上トパーズ」では、琵琶湖の周辺がロケ地になってましたが、そこに住んでいたことのある人は、「あそこからあそこまで、あんなにすぐには行けないのに、って気になった」と言っていました。
私は知らないのでまったく気にならなかった箇所です。
知っている場所というのは、頭のなかにちゃんと地図と位置関係がインプットされているため、映像との齟齬が気になるんでしょうね。

そういえば、伊豆の方でも「大人ドロップ」という映画の撮影をやったんですよね。
もう完成して、橋本愛ちゃんと池松壮亮くんがプロモーション活動をしたというニュースが新聞に載っていました。


日本での「娯楽」の地位は、だいぶ向上してきたんじゃないかなと思うことが増えましたが、まだまだ低く見られていますね。余分なもの、いらないもの、くだらないもの、と思っている人が、年配の人を中心に多いような感じがしています。
NHKのバラエティ番組に苦言を呈した、というニュースをちらっと見かけて、それがどういう文脈であれ、苦言の対象になってしまうというあたりに、「娯楽」や「笑い」を低く見ているという価値観が現れているように思います。
同じエンターテイメントでも、より高尚なもの、芸術的なものを「良し」とする価値観があって、それは別にあってもいいんだけど、返す刀で、いわゆる「低俗なもの」を切り捨てるのはどうなんだろうなと思うんですね。
そういうのもひっくるめて「人間社会」なんですから。


              アート


シャガールさんが、ご自分の作品をどのように位置づけておられたのか、私にはわかりませんが、たくさんの作品から受け取るのは、圧倒的な「楽しさ」です。
さまざまな手法、技巧を試して、いろんな作品を生み出している。その作品のどれからも、「描く喜び」「創りだす楽しさ」を感じるのです。

昨日、二度目のシャガール展に行ってきました。
直前までどうしようか迷っていたんですが、ふと、「もう一度あのステンドグラスの映像がみたいな」と思い、足を運びました。
オペラ座の天井画も良かったし、バレエの舞台美術もよかったんですが、やはり圧倒的にあの映像がよかったです。
2回も見ちゃった。ステンドグラスになると、あの青はいっそう際立って深い色に見えます。
本物のステンドグラスもひとつ展示されていて〈メッス大聖堂内陣北側薔薇窓)、その前のソファに座って眺めていたら、時を忘れてしまいました。

また、晩年の南仏で描かれた絵は、ほんとうに色使いが自由で、見ていると自分も描きたいような気持ちになってくるんですね。それくらい、楽しそうな筆使い、色使いで、じっと見ていると「描きたいものを描きたいように描けばいいんだな」という気持ちになってくるのです。

それが「芸術」になるかどうかは、おそらく他人が決めることなんでしょうね。
たとえ、私が自分の気持ちのままに何かを描いたとしても、それが芸術的価値を持つかどうかは私には決められません。決められないけれども、だからといって、私が絵を描くことを妨げる理由はひとつもない。あるとすれば、ただひとつ、自分の心だけでしょう。
私の心が、私の作品に対して「そんなものはなんの価値もない」と判断するのです。
「他人はそれを芸術とは認めないだろうよ」とせせら笑って。

一度目に観た時、どう言葉にしたらいいのかわからない、モヤモヤした気持ちが生まれました。
昨日見て、それがわかったような気がします。
「私も、こんなふうに色を塗りたい。こんなふうに表現してみたい」という感情でした。

「この程度なら自分にも描ける」というような思い上がった気持ちじゃないですよ。
そうではなくて、「こんなふうに楽しそうに描いてみたい」という気持ち。
ま、御託を並べる暇があったら、さっさと描けよって話なんですけど(笑)

また絵を始めようかな、と思いました。
シャガールの作品で一番楽しかったのは、コラージュを使った下絵でした。
下絵だからコラージュだったのかなあ。色紙や布を、絵の具のかわりに貼り付けてあって、それがまた別の趣を醸しだしていました。
ああ、こんなふうにもできるんだ、と改めて思ったんですね。

今まではなんとなく「幻想的な絵をかく画家」としか思ってなかったシャガールの、いろんな側面を知ることができたという意味でも、実に素晴らしく、心の奥深いところを鋭く刺激された展覧会でした。


そうそう、昨日書いた「時間の潰し方」ですけども、結局いちばん時間を潰せるのは本屋でした。本屋でいろいろ見てたらあっという間に時間が過ぎてしまったんですよね。
本屋、サイコー。
静岡市美術館は下に大きな書店が入っているので、いろいろ便利です。