![花粉症になり始めた時、なかなか認めたくなかったよね?](https://stat100.ameba.jp/common_style/img/home_common/home/ameba/allskin/ico_kuchikomi2.gif)
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ブログネタ、一読してちょっと意味わかんなかったっす。
「認めたくない」っていうのは、どういう心理なんだろうって。
老化現象について、がんとして認めないタイプの人っているよね。
老眼だとか、白髪だと、シミシワたるみ、あとなんだ、疲労回復の遅さとか。
老眼を認めないっていうのが私にはよくわからなくて、実際問題自分は見えにくくなってるわけでしょう? それを「認めない!」って言いはるのはなぜなんだろうってずっと思ってる。
まあ、メガネをかけたときに、若干からかい気味な口調で「老眼?」って言われると、ちょっとむっとするけど、それは要するに「あんた年寄りなのね?」って言われてるような気がするからで、もっと言えば、「年をとる=よくないこと」っていう価値観が透けて見えるからなんだろうと思う。
アンチエイジングの熱狂ぶりたるや、すさまじいものがあって。
とにかく、年寄りっぽく見られたくないらしい。どんな手段を使ってでも、シミシワたるみをなくし、いつもつやつやふっくらお肌、いつもキラキラ美しい髪をめざすのが正しい生き方であるかのような風潮。
そのうち、「生きていながらのエンバーミング技術」みたいなのが開発されちゃうんじゃないだろうか。
冗談はさておき。
私が花粉症を発症したのは、今を遡ること35年の昔。
静岡にやってきて、大学1年生を過ごして迎えた春のこと。
ある朝目が覚めたら、完全に鼻が詰まってた。粘土でも押し込まれたかというくらい、まったく息ができない。じゃあ寝てる間どうやって呼吸してたのかといえば、パカっと口をあけて息をしてたらしく、口の中が尋常じゃないほどカラカラに乾いていた。
舌が完全に干上がったスポンジ状態だったのだ。
慌てて水を飲んだら、ほんとに音がしたんじゃないかと思うくらいジュッと水を吸い込んだよ。
いったいなにが起きたのか全然わからなかった。
当時はまだ、「花粉症」なる病気は一般的に認知されてなかったのだ。
病院へ行ったら、医者は「うーん」とうなり、グラフ用紙を渡されて一日のくしゃみと鼻を噛んだ回数を記録しろ、と言った。
くしゃみをするたびに記録し、鼻をかむたびに記録した。信じられないほどめんどくさかった。
だって、のべつまくなしにくしゃみがでるし、鼻をかんでたんだから。
そして「アレルギー性の鼻炎だと思われます」と診断された。
薬も出してもらったけど、あのころの薬はあまり効かないくせにめちゃくちゃ眠くなるものだったから、飲んでても辛さの要因が増えるだけだった。
人前でくしゃみをしたり、鼻を噛んだり、鼻づまりの声をしてると「風邪?」と聞かれた。
「いえ、アレルギー性の鼻炎なんです」と答えても、「なにそれ。そんなの聞いたことがない」と言われ、傍観者的な哀れみの視線を投げかけられるだけだった。
あれから月日は流れ、花粉症はぐっと大衆に認知された。まだ発症してない人はいても、知らない人はいないんじゃないかというくらいに。
この疾患の辛さを訴えてもさほど異な顔はされないくらいになったのに、なぜ認めない人がいるんだろうな。
自認しようがしまいが、目は痒くなるし、鼻は詰まるし、水っぱなは垂れるし、くしゃみは止まらない。気合でなんとかなるもんでもない。ま、私くらいのベテランになると、ちょっとくらいの反応は気合で収められるときもないわけじゃないが(笑)
そういう意味では「病は気から」ということはあるんだろうが、実際に症状が出てるのに認めないというのは実に非合理的な態度だと思う。さっさと対処すればいいのにな。
老眼になって小さい字が見えにくくなったら、さっさと老眼鏡を作ればいいのだ。
無理して裸眼で見ようとしたって、目元が醜くすぼめられてるだけなのに。
シミはともかく、シワはある程度しょうがないと思うんだよね。だってその皮膚、何十年使ってる? いや、表皮は入れ替わっているとしても、本体自体がすでに何十年も使用してるんだから疲弊してるに決まってるし。
体の内部に発生する病気にしたって、確かに認めるのは怖いし、癪に障るかもしれないが、あるんだからしょうがないじゃないか。
……と思うんだけどね。
私は、外側に明らかに現れる現象に関してはわりとあっさり認めてしまうのだが、内部というか精神的な面に関してはなかなか認めることができない。
見えない分、難しい。
たとえば、私はほんとは寂しがりで、怖がりで、ええかっこしいで、ヘタレだということは、一応認めるふりはできる。でも、ほんとに認めてるかどうかは、実は怪しい。
そんなことない、とどこかで思ってる気がする。
それこそ、「認めなければ存在しない」という考え方で。
しかし、現実は容赦なく事実を突きつけてくる。
認めなくてもくしゃみは連発するし、鼻水は垂れるし、目が痒くなる。
認めなくても、何かのときにはすぐに心が折れるし、ダメさ加減をつきつけられる。
そんなもんだよ(笑)