あおによし、鹿はなし・後編 | 10月の蝉

10月の蝉

取り残されても、どこにも届かなくても、最後まで蝉らしく鳴き続けよう

三蔵法師は女性ではありません。

いきなりですけど、案外そんなふうに思ってる人もいるらしいですよ。
テレビドラマなどの影響なんですかね。「西遊記」が書かれた時に、三蔵法師を女性に変えたという話もあるみたいですけども。

本物の玄奘三蔵法師は、がっちりした顎の、いかついお顔をされていたようです。

$10月の蝉-玄奘三蔵院伽藍

このお堂(玄奘三蔵院伽藍)の中に、写経中の玄奘三蔵法師の像が収められています。

このお堂の後ろに、大唐西域壁画殿があります。
ここには、平山郁夫画伯の壁画がお祀りされていて、その素晴らしい絵画を鑑賞するとともに、玄奘三蔵法師の厳しい旅への思いを馳せることができるようになっています。
ラピスラズリの碧を使った絵は、うっとりするような美しさでしたよ。

中庭の石畳には蓮の模様が彫り込まれています。
これは、敷かれた石を池に見立てて、その上に蓮の花が咲いているという意匠なんだとか。

$10月の蝉-中庭


さて、薬師寺の各所を案内していただいたあとは、お写経道場へ行って、写経をしてきました。
般若心経は中学の時に覚えたんですけど、字を書いたことはなかったんですね。
硯に水を落として墨をするところから始める写経は、非常に新鮮な体験でした。
そもそも、墨をすって筆で字を書くなんて、いったい何年ぶりだったことでしょう。
漢字で全文書くか、ひらがなに書き下した方を書くか選べたんですけど、せっかくなので(笑)漢字の方に挑戦しました。
帰りの電車の時間が迫っていて、ちょっとせわしなかったのですが、なんとか最後まで書くことができました。ちゃんと納めてきましたよ。
字を書いている時はなんにも考えられません。最初は読みながら書いてたんですけど、とうてい追いつかないので、いつしか読むのはやめてひたすら字を写しとっていました。
あの無の境地がいいんでしょうかね。いっぱい書いたんですけど、なんにも覚えてませんわ(笑)


さてさて。
ちょっと順序が前後しましたが、今回の旅のメインイベント。
「水煙降臨展」でございます。
レオパレス風の養生シートが掛けられた東塔の横に、急ごしらえの会場があります。
その中に、天から舞い降りた水煙や相輪などが展示されていました。
まずは水煙、全貌から。


$10月の蝉-水煙

4枚の水煙に、3体の飛天がいます。一人だけ完全に逆立ち状態になってるんで、余計なお世話なんですけどちょっと心配になりました。だって1300年もずっと下向きになってるんですよ?
真ん中の一枚は端が歪んでしまったとのこと。若干カーブしてるのがおわかりでしょうか。

この水煙を支えているのが相輪。

$10月の蝉-相輪


この輪っかの棒の先に水煙が取り付けられているわけです。
相輪の一つはこんな感じ。

$10月の蝉-相輪 部分

これ、棒に通して乗っかってるだけなんですって叫び

柱の根本には銘が刻まれています。天上におられる神や仏にむけての決意表明。

$10月の蝉-銘


これ、実際には地上30数メートルのところに設置されているものですから、人の目には触れることは想定されていません。たまたま今回は地上に降りてきているので見ることができたわけです。

さらに、歴史と時の重みを感じさせてくれるのがこちら。

$10月の蝉-1300年の土台

1300年の時を経た銅の土台です。ところどころ磨り減ったり欠けたりしているのが、時の流れをはっきりと教えてくれます。

水煙も、驚くような仕組みで組み立てられていました。

$10月の蝉-結合部分

真ん中のロケット形の支柱に水煙が嵌めこまれているのですが、引っかかっているのがほんの数センチのくぼみ、そして、1枚につき2箇所のボルトで止められているだけなのだそうです。
そのボルトはこちら。

$10月の蝉-ねじ


銅のねじは、棒の部分が曲がってました。これで止めてただけなんて、ほんとびっくりです。

相輪にぶら下げてあった飾りはこちら。



$10月の蝉-飾り


イヤリングみたいなもんですな。穴を開けてひっかけてあるので、風でゆらゆら揺れる。揺れてどんどん銅が削れていくので、相輪には涙型の穴が開くのだそうです。


会場の真ん中にどでかい丸太が置いてありました。台湾産の樹齢1000年のひのきだそうです。触ったらほんのり温かかったですよ。


$10月の蝉-樹齢1000年
$10月の蝉-年輪























めったに見られないものを見ることが出来て、ほんとに有難い気持ちになりました。
そして、古の人々の技術力の高さにも驚かされました。
直径1mくらいの穴(石に開けられている)に太い丸太を立てる方法、銅の精製技術、細工の技術などなど、かつては大変高度な技術が存在していたんですねえ。

現代は現代でそれなりにすぐれた技術がありますが、薬師寺でお堂や仏像を拝見していると、果たして本当に進歩したのかどうか、ちょっとわからなくなります。
筆ペンの色はだんだん色あせていきますが、墨で書いたものは1000年経ってもくっきりと読み取れるんですよね。


一口に「古都」と言っても、京都と奈良ではまったく違うのだ、ということを、今回ひしひしと感じました。

そうそう、「芝居」というものの本質にもちょっと触れられたような気がします。
かつては大講堂の前で、弥勒菩薩に向けてさまざまな芸能を奉納しました。
人々はそれを横から見ていた。
「横には何がありますか?」
$10月の蝉-小さい秋

「芝生です」
「芝に居て見るから、芝居、なのです」「ほお~~~~」
百聞は一見に如かず、を地で行くお話でありましたよ。



2日間にわたってお届けした、薬師寺弾丸ツアーのご報告は以上でございます。
読んでくださった方、ありがとうございました。
奈良も思いの外近うございました。案ずるより産むが易し、というのはこういうことかもしれませんね。これからは、京都へ行くのと同等の気安さで旅立てそうです。
今回は気のおけない人たちとの楽しい旅でしたので、家に帰るのが久々に嫌になりましたよ。このままずっと旅していたい、せめて京都に泊まってゆっくりしたい、と思いました。
家に帰れば日常が待っている。そのことがなんとも気の重いことに感じられました。
水煙の飛天とともに、天に舞い上がっていきたいような心持ちでありましたよ。

$10月の蝉-庭