ドラマ「難尋」
第16集
<第16集>
鳳鳶が永照宮に軟禁されて四か月近くたった。まだ八か月にもならないが、お腹は大きくせり出している。
この子が生まれたら王宮から脱出させたい。
窓を敲く音がして、鳳鳶はそっと開けた。上等な衣服を着た少年が立っている。彼は永照国国王であり、実質鳳垠の傀儡となった鳳慶だ。監視の目が厳しくて、彼は今まで鳳鳶に会うことすら出来なかった。
窓から鳳鳶の部屋に入った彼は、数年ぶりに会う彼女の前でひざまずいた。そして父の所業を詫びる。
「生まれてすぐ母を亡くした私に、叔母上はよくしてくださいました。それなのに、こんな辛い思いをさせてしまって申し訳ない」
まだ話したいことが沢山あるのに、花娥が扉を敲く音がする。鳳慶を窓から逃がし、何事も無かったかのように鳳鳶は絵筆を取った。
「目障りだと言ったでしょう? 何をしに来たの?」
「公主の子は可哀想ね。父親の顔を見れないのだもの」
花娥は鳳鳶の問いを無視して言う。
「赫連曦が永照宮の大殿で歓待を受けているわ。彼の心臓を届けてあげるから、心待ちにしていて」
「なぜ赫連曦が…!?」
その時、突然陣痛が始まった。痛みで鳳鳶は顔をゆがめる。
「生まれたら大殿に連れて行ってあげるわ。もしかしたら、赤子に父の顔を見せてやれるかもね」
無情にも花娥は居室を出て行く。鳳鳶はひとりで出産の激痛に耐えた。
大殿に舞姫や重臣たちはいるが、国王、鳳鳶、烏韭将軍の姿は見えなかった。
向かいに座っていた雲暮が赫連曦に近づき、酒を満たした杯を渡す。雲暮は烏韭将軍の部下を名乗った。
「残念なことに、将軍は戦死いたしました。亡くなった将軍に」
雲暮が杯を掲げる。赫連曦は躊躇なく酒を飲み干した。
酒を飲むふりをする雲暮が、じっと様子を窺う。酒を飲んだ人々が次々と倒れた。舞姫や飲んでない人々が悲鳴を上げ、大殿から逃げていく。
酒を飲んだ赫連曦が吐血した。
「霖川少主、赫連曦… 捕えろ!」
いつの間にあらわれたのか、鳳垠が命じる。赫連曦は、剣を抜いた禁衛に取り囲まれた。
必死に立ち上がり、抵抗する。
産声を上げて赤ん坊が生まれた。
たったひとりで産み落とした鳳鳶は、霖川から持参した青い粉を布に塗した。
これは安眠を誘う夜螢粉だ。大量に吸い込めば仮死状態になる。
一か八かだ。鳳鳶は泣きながら赤ん坊の顔にその布を押し当てた。
このあとの処置は鳳慶に任せてある。生死を問わず、赤ん坊を医館の女医である石罌に預けてくれと、鳳鳶は頼んでいた。
阿曦、ごめんなさい。私が霖川に嫁入りしたのが間違いだったわ。
身支度を整え、鳳鳶は石榴の簪を髪に挿した。
薄暗い大殿の真ん中で、赫連曦は拷問に耐えていた。十字に縛り上げられ、にやにや笑う雲暮から絶え間なく斬りつけられる。
けれども彼は一度も悲鳴を上げなかった。
赤ん坊を抱いた鳳鳶は、薄布一枚隔てた王座の前から、その様子を見せつけられた。隣に立つ鳳垠は楽しそうに眺めている。
「妹よ、霖川に入る方法を教えてくれるかな?」
「…いいわ。その代わり、赫連曦を私に引き渡して」
涙を落とす鳳鳶は、たとえ死んでいても家族三人で一緒にいたいと訴えた。
鳳垠が赤ん坊を取り上げ、机に置く。鳳鳶は気が気ではない。
血まみれの赫連曦が気絶した。命じられた禁衛は、塩水を彼に掛ける。赫連曦は目をむいて呻いた。
薄布をはねのけた鳳鳶が赫連曦に駆け寄る。
「…阿鳶、逃げろ…」
鳳鳶が赫連曦を抱きしめる。そして、護身用にと彼に渡された短刀を抜いた。
ごめんなさい…!
鳳鳶が振り上げた短刀は、赫連曦の左胸を突いた。信じられない赫連曦は、鳳鳶と短刀の刺さった左胸を交互に見る。
鳳鳶は短刀を左胸から抜いた。
「阿鳶、何故…」
鳳垠が拍手を送った。
「聞けば、霖川では楽しく過ごしたそうじゃないか。それでも、おまえにとって奴らはどうでもいいのだな?」
「私は永照公主よ! 霖川がどうなろうと、知ったことではないわ!」
絞り出すように鳳鳶が叫ぶ。
赫連曦の瞳から光が消えた。
鳳鳶は細工を施した左腕の鍵を短刀で削ぎ落し、鳳垠に突き出す。そして赤ん坊を腕に抱き、呼吸の止まった赫連曦の前へ行く。
「さっさと縄をほどきなさい!」
鳳鳶は雲暮を思いきり平手打ちし、命じた。見開いた赫連曦の目を閉じてやる。
鳳鳶は赤ん坊を抱き、赫連曦を肩に担いでよろよろと大殿を出て行った。
すべての発端はこの永照宮だ。霖川への償いは私の命で贖う。
うなされて飛び起きた鳳鳶は、何を置いても赫連曦を捜した。
朔雲の南枝苑は雪が深々と降っていたが、構わず裸足で駆け出る。
飛び石を踏み外し、河に落ちる。すぐに立ち上がり、濡れた衣服をたくし上げて走った。
赫連曦は橋の上に立っていた。二日間も昏睡状態の続く鳳鳶のため、民間の医者を捜してこいと琴桑に命じたばかりである。
「阿曦!!」
鳳鳶は泣きながら赫連曦に抱きついた。
<第17集に続く>