ドラマ「難尋」
第12集
<第12集>
簪を喉に突きつけられているのに、花娥は平然としていた。
「もし私が死んだら、王と王后は…」
「それならおまえの舌を切り、目をくりぬいてやる!」
鳳鳶は簪の先端で花娥の頬を撫でた。
「一切の主導権は私が握るわ。今後、許可のない入室を禁じます!」
毅然とした態度で命じる。花娥は鳳鳶をひと睨みし、乱暴に扉を開け放って母屋を出て行った。
鳳鳶は詰めていた息を吐き出す。
椿婆婆が言うには、永照宮で王を見なかったらしい。愛娘の門出だというのに、見送りにも出て来なかったという。
考え込んでいる赫連曦のもとに、顔色を変えた鶩青がやってきた。まずは、鳳鳶が烏韭将軍に宛てて出した書簡の盗み読みを謝罪する。
勝手に読んでしまったのは赫連曦と霖川を慮ってのことだったが、それにより恐ろしい事実が発覚した。鳳垠による反乱だ。書簡には赫連曦暗殺の理由について書かれていないが、鳳垠が絡んでいることは間違いない。
「どうなさいますか?」
霖川はこれから雨季に入る。書簡が濡れてダメになってしまう可能性が高い。
赫連曦は自ら烏韭将軍に会うことにした。
出した書簡が無事に送られたか知りたいと言うので、赫連曦は鳳鳶を連れて駅站へ出向いた。
駅站は、言わば宿場である。各地への連絡のために張り巡らせた官道をつなぎ、馬の交換や宿の提供を行う。そのため、一日で移動できる距離毎に設置されていた。
永照までは三十二の駅站があるので、天候を考慮すれば鳳鳶の書簡が届くまでに一か月強かかる計算になる。
最寄りの駅站に確かめたところ、書簡はすでに発送されていた。赫連曦は気分転換のため、鳳鳶を川沿いの市場へ連れて行った。
露店が並ぶなか、ひとりの青年が苗木を抱えて立っている。植木を売っているのかと思ったら、彼は石榴の苗木を目印にして妻を募っていた。
しばらく見ていると、女性が青年に近づいた。軽く談笑し、ふたりで仲良く去っていく。
これが霖川における風習のひとつだった。石榴の木は幸福な生活を表し、その果実は子孫繁栄を象徴している。
日暮れにはまだ間があるというのに、霖川の民は次々と店を閉めた。皆で声を掛け合い、どこかへ連れ立っていく。
彼らが向かったのは山中の広場だった。満天の星空の下、大きな焚き火を囲んだ人々は、花冠の取り合いに興じる。花冠を着けた女性を男性が背負い、競争するのだ。
参加してみないかと赫連曦に誘われたが、鳳鳶は星を見るだけでいいと遠慮した。
「特別な星を見に行こう」
赫連曦は、目隠しした鳳鳶を連理樹の丘へと導いた。
目隠しを取った鳳鳶は、その美しさに思わず歓声を上げた。丘にはたくさんの光が飛んでいる。これは螢ではなく、樹心から生ずる夜螢だと赫連曦は話した。
夜螢のひとつが鳳鳶の鼻先にとまる。途端に彼女は眠りに落ちた。
翌朝まで起きることなく、鳳鳶は久しぶりにぐっすり眠った。
目覚めた鳳鳶の枕元に赫連曦の手紙と小箱が置いてある。手紙には赫連曦が遠出したこと、そして夜螢の鱗粉を使って鳳鳶を眠らせたことが書かれてあった。彼は故郷を離れた鳳鳶が眠れていないだろうと思ったのだ。
彼はまた、夜螢の鱗粉の扱いについて注意を促した。あまりに多く鱗粉を吸い込んでしまうと仮死状態になってしまうのである。
もうひとつ、赫連曦は庭に植えた石榴の木の世話を頼むとも書いた。
石榴の花が咲くころ、帰って来る。その時には悪夢は消えているはずだ。
赫連曦の手紙はそう結ばれていた。
花娥が石榴の木に水をやる銀翹に話しかけた。赫連曦がどこへ出かけているのか、いつ帰ってくるのかと問う。銀翹は、彼は鶩青と共に水害に遭った南部の復興を指揮しているので、二ケ月は戻って来ないと話した。
赫連曦が不在ならちょうどいい。
鳳鳶が霖川へ嫁入りする直前、花娥は鳳垠の腕の中である書物を見せてもらった。霖川に関する書物だ。
そこには信じ難い、伝説じみた霖川の風習や伝統が記されていた。
「父王は私に何も与えてくれないから」
鳳垠は書物に書かれた樹心を霖川から奪い、最終的に東陸を、いや天下を支配しようと目論んでいた。
「永照はあなたのものに、私は永照の王后に。天下はあなたのものに、では私は?」
「この世で最も貴い女だ」
鳳垠は花娥に覆いかぶさった。
「だからおまえは霖川へ行き、赫連曦を殺して樹心を持ち帰るのだ」
石榴の木を残して出かけたり、鳳鳶に毎日新鮮な花を届けるよう銀翹に命じたり、赫連曦は出来る限りの気遣いをしてくれる。そんな彼を害することなど出来ない。
鳳鳶はすべてを赫連曦に告白し、両親と共に果てようと決意した。
連理樹の大きな根に体を預けて考えていた鳳鳶は、鳥の泣き声が聞こえてふと頭上を見上げた。
鳥の巣が落ちてくる。鳳鳶は慌ててスカートで受け止め、枝の上に置き直してやった。
そこへ銀翹が走ってくる。手には烏韭将軍からの書簡を握っている。一か月足らずで返信まで返って来たのだ、鳳鳶は驚いた。
書簡には、これから兵を率いて永照宮に向かうとあった。
このところ花娥の機嫌が悪いと、何気なしに銀翹が鳳鳶に話した。憂さ晴らしのためか知らないが、自室に酒甕を置いているという。
おかしい。花娥は酒を飲めなかったはずだ。
「それはそうと、今夜は上巳節ですよ。椿婆婆が、少夫人も参加して霖川の平安を祈願しましょうって」
「分かったわ」
嫌な予感が当たってしまった。もしやと思い連理樹の丘へ行った鳳鳶は、酒を撒いて連理樹を燃やす花娥を発見したのだ。
上着を脱いで火を消そうとするが、勢いが強くて燃え広がるばかりだ。
「椿婆婆ー!!」
枝に吊るした鐘が燃え落ちた。
<第13集に続く>