ドラマ「難尋」
第8集
<第8集>
危うく大火傷するところだった鳳鳶は、とっさに彼女を抱き留めた赫連曦によって無傷で済んだ。
だが鳳鳶の代わりに赫連曦の衣服にろうそくの火が燃え移り、背中と右手を火傷する。
右手に包帯を巻いた赫連曦は、楼の上階から夜空を眺めていた。
ふと、眼下の山道を歩く親子が見えた。ふたりは南枝苑の前を通る道に迷い込んだのだろう。しかも、持っている提灯の明かりが消えてしまう。
少年が怯えた声を出した。赫連曦は樹心をあらわすと、彼らのほうへ飛ばした。
キラキラ輝く蛍のような光が親子の周囲を舞い、提灯に明かりが灯る。親子は安堵して山道を帰って行った。
やはりあの時の刑場にいたのは赫連曦だった。
薬箱を持って赫連曦を捜していた鳳鳶は、親子を助ける彼を見て確信した。いつも怒ったように受け答えする赫連曦だが、本当は性根の優しい人なのだ。
「何だ?」
「手はともかく、背中は自分で薬を塗れないでしょ」
先刻の琴桑の話によると、彼は自分で処置すると言ったらしい。
鳳鳶はためらいもなく赫連曦の衣服をはだけた。男性の赫連曦のほうが戸惑う。
「古い傷跡が多いけれど、誰にやられたの? 今回のようにほったらかしだったんでしょ」
鳳鳶は優しく薬を塗りながら訊く。
「…もしかして、火が怖いの?」
「何故それを?」
赫連曦の居室に燭台や行灯はあれど、ろうそくは一本も無い。鳳鳶が夕食を運んだ時も、顔に近づけられたろうそくの火を吹き消した。
察しの良い鳳鳶が気付かぬはずがなかった。
鳳鳶は患部に息を吹きかけて熱を冷まし、包帯を巻く。
「高い所から星を眺めるのが好きなの?」
「近くに見える気がするのだ」
鳳鳶のおしゃべりが止まらないのを見て、赫連曦は立ち上がった。昔旧が突っかかってきたら面倒だから部屋へ帰れと促す。
「あ、それから」
鳳鳶は薬箱から樹魄の入った小箱を出し、赫連曦に返した。
「煮出していいのか、蒸していいのか分からないから」
この時のふたりの会話も、昔旧は柱の陰から監視していた。今のところ、赫連曦が鳳鳶に危害を加える様子は無い。
問題は鳳鳶が記憶を取り戻してからだ。目的を果たした赫連曦は、彼女を殺害するかもしれない。
阿笙は赫連曦の弱点を押さえれば彼を捕えることが出来ると言うが、その弱点の見当がつかなかった。
翌日、鳳鳶は琴桑におつかいを頼んだ。
琴桑はちょうど樹魄を煮詰めている最中だった。きっと赫連曦の指示に違いない。
頼んでいた物が鳳鳶のもとに届いた。さっそく作業に取り掛かる。
出来上がったのはあたりが暗くなってからだ。赫連曦を驚かせるため、彼のいないあいだに居室に持ち込み、待つ。
薄暗い居室に赫連曦が帰ってきた。
「贈り物があるのよ」
鳳鳶は覆っていた布を取る。天井から吊ったランタンがあらわれた。
小さなランタンは、しかし力強い光を放っている。ろうそくではなく、蛍石の明かりだった。
「他人にばかり光を与えて、あなた自信の周りは暗いままだわ」
これまでの礼を兼ねて、自作のランタンを作ったと言う。
「私はおまえを殺そうとした悪人だぞ」
「でも、あなたが本当の悪人だったら、琴桑があなたに忠実なはずがないわ」
鳳鳶は、記憶が戻って自分が極悪人だったら罪を償うべきだと話す。
「煎じた樹魄を今すぐ飲んでもいいわ」
「…いや、夜に飲んでも効果は無い。明日、話し合おう」
赫連曦は眠いからと言い、さっさと寝台に横になった。
赫連曦は山洞で息を吹き返した。血まみれの体を起こす。
どこからともなく樹心が飛んでくる。彼が掴むと、一気に同化した。
弱った体で霖川へ戻った赫連曦は、凄惨な光景を目撃する。部族の人々は全員、惨殺されていたのである。
赫連曦は地べたにへたりこんで慟哭した。
はっと赫連曦は目を覚ました。
また三年前の悲劇を夢に見たのだ。
寝台を飛び下りた赫連曦は、ランタンを床に叩きつけた。
「赫連曦、おまえは何を考えているのだ! まだ鳳鳶に夢を見ているのか!」
赫連曦の握った拳が震える。
鳳鳶が朝食を取っているところへ、暗い表情の赫連曦がやってきた。
「ランタンが明るすぎて眠れなかったの?」
鳳鳶の問いに答えず、赫連曦は煮出した樹魄が入った小瓶を差し出した。
「心臓や肺の悪い者は飲んではいけない」
「私が飲んでいる薬湯は滋養強壮のためだから、大丈夫よ」
鳳鳶が小瓶を受け取る。その手を赫連曦が掴んだ。
「自分がどんな人物だったか、知るのは怖くないのか?」
「それも私だわ」
ためらいもなく、鳳鳶は樹魄を飲み干した。
直後、うっと呻いた鳳鳶は血を吐いて倒れた。しばらくしないと効果があらわれないと思っていた赫連曦は、あわてて彼女に駆け寄る。
「鳳鳶!!」
<第9集に続く>