ドラマ「虚顔」
第3集
<第3集>
小倩の白い手巾は、沈沁殺害失敗の合図だった。
塀を乗り越え、中庭に侵入した黒装束の男たちが、十七のいる新婚部屋へ忍び寄る。
南京錠に気付き、刀を振り上げた瞬間、矢が男の背中を貫いた。
一方、外の争う音を聞いた十七は、扉の隙間から中庭を覗いた。
目の前の廊下で、黒装束の男が蕭府の兵に斬られていた。
息をのみ、後ずさる。窓にも扉にも、血しぶきが飛んだ。
南京錠を叩き壊した男が扉を開ける。逃げようとした十七は、服の裾を踏んで倒れてしまった。
刃が迫る。
不意に男が動きを止め、どう、と倒れた。背中に矢が刺さっている。
倒れた男の向こうには、まだ婚礼衣装のままの蕭寒声が弓を構えていた。
「死体を片付けろ」
すでに侵入した男たちは全滅していた。
軍師を守ってくれなかったと文句を言う雲諾に後始末を託し、蕭寒声は十七を助け起こした。
「もう、休むといい。明日早く、ここを出て行きなさい」
出て行く、とは?
「相国には私から説明しておくから、心配しなくていい」
十七はまた、薄暗がりの部屋にひとり残された。
沈沁の兄である沈沅は、寧王から殴り飛ばされた。寧王に忖度した彼は、余計な事をしでかしたのだ。
今夜の沈沁殺害計画は、沈沅の独断だった。蕭寒声を陥れるための計画だった。
蕭府と沈家の婚姻は、皇帝から許しをもらっている賜婚だ。もしも婚礼当日に蕭府で相国の娘が殺されたら、蕭寒声が罪に問われるのは必至だ。
この短絡的な計画を、沈沅は得々として寧王に語った。しかし寧王の思惑は違った。むしろ蕭寒声を自分の陣営に引き入れたかったのである。
「もしも沈沁が死んでいたら、沈家はふたつの棺を用意せねばならなかったぞ」
寧王に短刀を突きつけられていても、鈍い沈沅はもうひとつの棺の主が自分だと気付かない。よく考えてみろと凄まれて初めて理解した沈沅は、二度と手を出さないと誓うや否や、すっ飛んで逃げた。
しばらくして、蕭寒声の指示を受けた茯苓が、ほかの侍女とともに部屋に入ってきた。十七の着替えと、気分を落ち着かせるための”安神薬”を携えている。
「お休みの邪魔をしてはいけないので、廊下に控えております。何かあれば、お呼びください」
茯苓が話すあいだに、ひとりの侍女が鏡を取り換える。
侍女たちが部屋から下がったあと、十七は鏡を覗いた。
私は十七よ。沈沁ではないわ。
「亡くなる時、なぜ皇太子はこの玉佩を手に握っておられたのだろう」
中庭の後始末を終えて、蕭寒声と雲諾は書斎で話し合った。
「それよりも、皇太子が亡くなった直後だというのに婚礼とは、どういうことなんです?」
沈沁との婚姻が急遽決まった時、蕭寒声は辺境の城郭に駐屯していた。父は詳しい経緯は明かさず、皇帝と話し合った末に決まったのだから、すぐさま都に戻って婚礼を挙げろと言う。縁談は沈家からの申し出だったようだ。
「婚礼は私事です。皇太子死去のような国家の問題とは重さが違います」
しかし父は、蕭氏による辺境守護が国家の大事ならば、蕭家の私事もまた国家問題に通ずると話した。
うまく言いくるめられたように感じる。しかも、これ以上皇太子の死に関わるなとまで釘を刺された。
「完璧に怪しいじゃないか。それなのに、なぜ沈沁を無罪放免で解き放つんです?」
雲諾は不服そうに眉をしかめた。
理由はふたつあった。ひとつは、沈沁の手首に縛られた跡が残っていたことだ。彼女は家のために無理やり嫁がされたのだろう。
そしてもうひとつは、蕭寒声の直感だ。沈沁は悪い人ではないという直感だった。それに、顔も見たことがないはずなのに、何故か彼女を知っている気がする。
「何であれ、罪もない者を傷付けるわけにはいかない」
「いいですか、賜婚ですよ? 相手に万一のことがあれば罪に問われるのですよ」
雲諾の危惧は、さっそく現実となった。
翌朝早く、沈沁の顔を持つ十七は、衣服を借りる旨を書き置いて蕭府を出て行った。そこへ、聖旨を携えた海内監がやってくる。この聖旨は沈沁宛てなので、本人と夫である蕭寒声が揃って頂かねばならない。
蕭寒声は、海内監をひたすら待たせた。
早朝に蕭府を出た十七は、芊影山荘に向かった。
屋敷へ入り、沈沁の名を呼ぶ。
「ここにいるんでしょ! 出てきて!」
「思ったよりも早く来たわね」
屋敷の奥から出てきた沈沁は、顔は十七でも眼差しや態度は沈沁だった。ただ、右目の下にある泣きぼくろは沈沁に移っていなかった。
「私の顔を返して!」
「あら、大変な思いをして取り換えたのに?」
十七は簪を沈沁の顔につきつけた。やってみなさい、と沈沁が顔を突き出す。
「姉さんに会わないつもりかしら?」
十七の姉は屋敷の奥にある広い浴槽に浸かり、こちらに背を向けていた。右肩に彫られた刺青の梅花が鮮やかに咲いている。
「姉さん!」
「彼女を助けたければ、もうひと仕事やってちょうだい」
<第4集へ続く>