ドラマ「山河令」
第22集 後編
<第22集 後編>
桟橋に立ち、周子舒は物思いにふけりながら温客行を待っていた。
「何を考えているんだい?」
笑顔でやってきた温客行は、周子舒のとなりに並んで立つ。
沈慎と話をしているうちに、周子舒はあることを思い出した。”薬人”である。龍孝が作った”薬人”を制御するため、伝説の技術である”攝魂蟲”の技術を誰かが応用したのではないか。
趙氏義荘で襲ってきた”薬人”を制御していたのは長舌鬼だったが、その陰には毒蝎の存在があった。毒蝎の分舵でも”薬人”はあらわれた。
「阿絮、天窗にいたとき、毒蝎の親玉を見たことがあるか?」
周子舒は影すら掴めなかったと言う。あれだけ諜報能力に優れた天窗でも判明しなかった。温客行は趙敬だと言うが、可能性が高いだけで確たる証拠はない。
もしも趙敬が毒蝎の親玉なら、あの出来事も説明が付く。二十年前の容炫毒殺である。高崇の剣に”三屍毒”を塗布し、容炫夫妻を殺害したのもかれではないか。”三屍毒”はひとを生ける屍に変える毒だ。
もう一つ、周子舒には温客行に対するある疑念を持っていた。正面から温客行を見つめる。
「だれが長舌鬼なんだ?」
趙氏義荘で目撃した長舌鬼ではなく、本当の長舌鬼のことだ。一瞬、言葉に詰まった温客行は、慌てて言い繕う。
長舌鬼は吊死鬼の配下である。長舌鬼の武功が進歩したので、吊死鬼は纏魂絲匣をかれに与えたのだと温客行は話した。その纏魂絲匣を使用して、長舌鬼は鏡湖山荘で殺戮を行った。
「さすが、博識だな」
それだけ言って、周子舒がそばを離れる。
温客行は周子舒の態度が心に引っかかったものの、失言に気が付いていないと思って胸をなでおろす。
夜になってから、蝎王が報告にあらわれた。趙敬は興味無さそうに、蝎王が言う良い報せと悪い報せを聞く。
良い報せは、龍淵谷へ派遣した密偵が張成嶺を発見したことである。かれのそばには前天窗首領と鬼谷谷主、そして剣仙の姿があったという。
悪い報せは、龍家父子の死である。蝎王は龍親子がいなくては武庫の扉を開けられないと思い込んでいた。だが、それは龍孝を騙すためについた、趙敬の嘘だ。まだそんなことを信じているのかと蝎王を怒鳴る。
「この二十年来、武庫の鍵は最も危険で、最も安全な場所にあるのだ!」
鬼谷だ。鍵が鬼谷にあると知った趙敬は、だからこそ鬼谷を挑発したのだ。鏡湖山荘の殺戮しかり、三白山荘の琉璃甲盗難しかり、傲崍子の殺害しかり。これらはすべて、鬼谷が琉璃甲を狙っていると世に知らしめるためだ。
偽物の琉璃甲の出現は誤算だったが、うまく高崇を陥れることが出来た。
「義父、何故それほどに高崇を憎むのですか?」
瞬間、空気が変わった。
「おかしいとは思わないか? 同じ義兄弟なのに高崇だけが盟主の座に就き、ほかを見下すなど! 五湖盟は私の手中にあって、はじめて輝くのだ!!」
激しい感情を露出する趙敬を見て、蝎王は呆然とする。
「…それで、張成嶺の行方は?」
訊かれた蝎王は、蝎たちが機を見て襲撃する予定であると話した。だが、張成嶺を保護する男たちは手練れだ。蝎王は自らの出動許可を求めた。
「罠を仕掛けてやります!」
「…もういい、私の方で対処する」
蝎王にあまり派手な行動をしてほしくない趙敬は、襲撃に加わる提案を却下した。
ようやく気持ちが落ち着いた趙敬の手に、蝎王は手を重ねる。趙敬はその手を除けて、蝎王の頭を撫でた。
「蝎児や蝎児、いつになったら蛮行をやめて、大人になってくれるのだ?」
眠れない顧湘が庭に出てみると、周子舒が立っていた。星空を眺めて考え事をしている。
「ご主人様から聞いたんだけど、自分で余命を縮めたんだってね」
遠慮がちに顧湘が訊ねる。
「あんたが死んじゃったら、きっとご主人様は悲しむわ」
まだ生きているというのに、温客行の嘆きは並みではなかった。もし、周子舒が死んでしまったら…
「死んじゃったら、あんたを黄泉路まで追いかけて、絞め殺してやる!」
「その口調、だれかとそっくりだな」
「阿湘、だれとしゃべっているんだい?」
顧湘とそっくりな口調の温客行が庭へ出てきた。顧湘が徳利を渡すも、ほとんど酒が入っていない。しゃべっている間に周子舒が飲んだのだ。
「向こうに酒倉があるようだから、見ておいで」
顧湘が離れると同時に、今度は沈慎と張成嶺が部屋から出てきた。
「…温殿、きみはもしかして衍児なのか?」
じっと温客行を凝視した沈慎が訊く。張成嶺が話したのではない、沈慎が気付いたのだ。
「ご両親は健在か?」
とたんに、沈慎を睨みつけていた温客行は眩暈を覚えた。頭を抑える。
「手足の腱を切られて破門になったんだぞ…!」
武林の正道と邪道に挟まれ、両親は義の一文字のために倒れた。五湖盟の義兄弟たちは真相究明に目をつぶり、それでふたりが安らかに眠れると思うのか!
沈慎ががっくりと膝を折った。
「すまない…」
沈慎の頬を涙がつたう。
なにを今さら…! 両親とともに、甄衍は死んだのだ!
吐血して温客行が倒れた。支えた周子舒は、袖口で口元の血を拭いてやる。
「…ごめん」
つぶやいて、温客行は気を失った。
翌朝になっても、まだ温客行は目覚めなかった。脈に異常は認められず、周子舒には原因が分からない。
「周殿、衍児の具合は…」
「師弟の名は温客行です。尊重してやってほしい」
「師弟?」
周子舒は四季山荘の秦懐章が師父であったことを話した。
「ああ、かれが師父だったなら安心だ」
「その口ぶりでは、師父とお知り合いのようですね」
そのわりに四季山荘で見かけたことがない、とわざとらしく周子舒は言うが、沈慎は気付いていない。青崖山の役ののち、秦懐章は五湖盟と交流を断ってしまったと沈慎が話す。そのため、沈慎は四季山荘のその後や甄一家の悲劇を知らなかった。
「なぜ、理由は?」
断交について、沈慎は詳細を語らない。ただ、秦懐章は当時の五湖盟の不義不忠を理由にしたという。
「かれの言い分は間違っていなかった。我々は…私は卑怯者だ!」
「まさか、沈叔叔が容伯伯を…!?」
「何だと!?」
つい口を滑らせた張成嶺に沈慎がかみつく。
違う。容炫の死と甄如玉の苦難を傍観していた、そして今も真相を究明しようとしない自分に腹が立ったのだ。
「高大哥を陥れたヤツは、見つけ次第殺してやる!!」
「犯人が分からないのか? 今の五湖盟の盟主は誰だ?」
陰謀に気付かない単純な思考回路の沈慎は、まさか趙敬が、と絶句する。
衍児が言ったのか? 証拠はあるのか?
無理やり温客行を起こそうとした沈慎を、周子舒が止めた。
「あなたがた五湖盟は、幼くして辛酸をなめた師弟のことなど、気にも留めなかったではないか」
「我々には余裕が無かったんだ!!」
「私への言い訳はいらない! これ以上、師弟を悲しませたくない。ここから出て行ってくれ」
できれば二度と顔を合わせたくない。
そこまで拒絶された沈慎は、肩を落として廃屋から出て行く。
温客行はまだ眠っていた。
<第23集に続く>