ドラマ「山河令」
第10集 前編
<第10集 前編>
静まり返った仁義坊の庭に、四つの遺体が並んでいる。真っ白な敷石の庭に横たえられているのは、安吉四賢だ。
その傍らで、温客行が一心に穴を掘っていた。剣が折れても、その折れた剣で墓を掘る。
どうやって知ったのか、周子舒があらわれた。無言で近づき、剣の柄をつかむ温客行の手に自身の手を添える。
「かれらは悪人では無かった、そうだろう? こんな結果になって、楽しいか?」
「悪人…」
つぶやいて自嘲の笑みを浮かべた温客行は、周子舒の手を払いのけた。
「そうさ、安吉四賢は悪人じゃなかった。でも周首領、きみが今までに殺してきた人々は、その全員が悪人だったのか!?」
温客行のこの言葉は、周子舒に悪夢を思い出させた。ある時は年端もいかない子供を手にかけ、ある時は親しい友人に刃を向けてきた日々が脳裏によみがえる。
訊ねるべきではなかった。
自己嫌悪のあまり、周子舒は酒に溺れた。
温客行もまた、妓女を集めて酒を飲んでいた。徳利の酒を飲み切った者に黄金の粒を与えると言う。あっという間に妓女全員が酔いつぶれた。
「きみは捜し出そうとしてくれなかったのに、時がたったらまたあらわれるなんて」
「あら、無くした物がまた戻ってくるなんて、良いことじゃない」
ひとりの妓女が顔を上げた。
「でも、以前のきみじゃない…」
封暁峰を追った沈慎が、肩を落として岳陽派に戻ってきた。逃げられたのだ。
「必ず仇を討ってやりますよ!」
ところで、高崇は安吉四賢の亡骸を故郷へ帰すように指示していた。だが、趙敬が仁義坊に着いた時には、すでに庭に墳墓があった。温客行が埋葬したことを知らない三人は首をひねる。
「二弟、傲崍子は本当に鬼谷に殺されたのか?」
高崇が妙なことを訊いた。例の童謡は、鬼谷が広めたものではないと言う。
しかしあの宴の夜、沈慎が目撃した光景にはまさしく鬼谷が襲った痕跡が残っていた。大量の黄色い焼紙だ。
「五弟、酔って部屋で休んでいたのではなかったのか!? もしかして琉璃甲を奪うために傲崍子を追ったのか!?」
驚いた趙敬が訊く。
「江湖は弱肉強食だよ、二哥!」
それに、琉璃甲はもともと五湖盟のものである。いくら頼まれたからと言っても、傲崍子が首を突っ込むべきではなかった。傲崍子が五湖盟に琉璃甲を渡していれば、鬼谷に奪われることもなかったはずだ。
華山派の掌門、于丘烽は、四方八方捜しても見つからない息子の于天傑が心配でならなかった。その最中に仁義坊の一件を聞き、苛立ちが爆発してしまう。今後一切、琉璃甲に関与するなと厳命する。すべては命あっての物種だ。
そこへ泰山派の弟子が会いに来た。傲崍子の死と五湖盟の関係について話に来たという。五湖盟ともめたくない于丘烽は、居留守を使って弟子を追い払った。
目覚めた周子舒は寝台に寝かされていた。すっきりと整った部屋だ。壁際には仏像が安置されている。この部屋の主は。
韓英が入ってきた。
「岳陽城には天窗の目が光っているんです。酔いつぶれているところを私の部下が発見したからいいものの…」
周子舒をこの屋敷に連れて来たのは韓英だった。
韓英は七竅三秋釘を打った周子舒の体が心配なのだ。治療できる名医は、韓英が世界中を駆けずり回って捜してもいいと言う。もちろん、周子舒は断った。
「韓英、おまえはいつ神仏を信じるようになったんだ?」
周子舒が仏像をふり返って訊ねた。周子舒が率いていた天窗は、神仏の加護を受け取る資格の無い組織だった。
帯から琉璃甲を出した周子舒は、それを韓英に渡した。昨日、ふたつの琉璃甲を晋王のもとへ送ったばかりの韓英は驚きを隠せない。あのふたつは温客行が作らせた偽物だったのだ。
周子舒は、偽物の琉璃甲が誰の手によってばらまかれたかまでは話さなかった。
いったい温客行はどれだけの偽物の琉璃甲をばらまいたのか。そして、何のために江湖を騒がせているのだろうか。
「もしも荘主がお望みなら、送ったふたつの琉璃甲を取り返して参ります! 私は晋王ではなく、あなたに忠誠を誓ったのですから!」
だが、それをすれば韓英が反逆の罪に問われる。ただでさえ琉璃甲の争奪は激しさを増すばかりだ。韓英には命を無駄にしてほしくない。
「天窗創建当初の八十一人はもういない。私を荘主と呼ぶのはやめてくれ」
もしもこの世の終わりが近づいているなら、血で汚れた手を持つ周子舒は千年の罰を受けても足らないだろう。
周子舒は屋敷を出て行った。
<第10集 後編に続く>