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何年か振りに雪山に闘いを挑んだ。

ホオジロザメに生身で挑む程では無くとも、大自然の脅威というものに幾らかの危機感を抱いての旅立ちだった。


2月も上旬、春一番はいつぞや?と恋い焦がれた金曜日の夜中。
仕事は片付け、日を跨ぎ、明け土曜日の午前2時、元住吉を発つ。
lev2レベルの睡魔と闘いつつも、朝7時に現地着という大人の常套手段を使ったわけであるが、道中、それはそれはとても大人とは申し上げ出来ぬ程にハシャいでしまったのである。

修学旅行の行きのバスを思い出して頂ければここでの文章は省略出来るのでよろしく。
修学旅行に行ったことがない方はこう考えて頂きたい。

阿呆が集まれば、阿呆なりに阿呆な事をしたがるもんだ。と。


皆さんが考えている間にも、自己中心的原始的思想が皮を被っただけの希薄な俺は、ペラペラと話を進める。

『雪の白さと雲の白さの違いで僕は泣けるんだ。』と思ってはいたが、近年ガヤガヤと騒がれている温暖化のせいなのか思いのほか雪は少なく、雪国に雪が無いだなんて牛丼肉抜きと変わらないではないか!と、日本国、強いては国連加盟国の怠惰な温暖化対策のしわ寄せを寒風と共に痛感してしまってるぜ!なんて思うのも無理はない。

アメリカめ、京都議定書という素晴らしき物に早々に参加したまえ。


さてさて、実に三年ものブランクを抱えた俺は如何なものかと自問自答を繰り返し、その後、何故にあれ程悩んでいたのかを悩む程俺はグングン滑った。

そして、グルングルン転んだのだ。


お日柄も良く、ホモダホモオの様に霜焼けと日焼けをしてしまった鏡に写った俺もなかなかだなと思った事はここだけの話であるが、やはり2日間では本来の眠ったセンスを呼び起こすことは出来ず、いたずらに悪戯に費やす時間だけが過ぎて行った。

2日日目はスノボーやって、温泉入って、ゲロ吐くまで飯を食わせて、高速封鎖されて、道間違えて、一睡もせず帰って、翌月曜に限り早出出勤というおよそここ最近の1日では体験出来ぬ思いをしたのである。

女が食い過ぎで吐くとは、奇怪であり到底考え及ばぬネクストレベルだった。


稜線の白と晴れ渡り射す白い光との違いで泣くとまでいかずとも、少なからず感嘆した今回の旅では、リフレッシュを通り越し有り余る力を貰えた。


(-)+(旅)+(仲間)=(0)≦(+)

といった方程式が成り上がり、ここに単純に飛び込めるうちが華であると思う。
単純明快な性格では無いと自負してはいるが、時に短絡思考を貫く事も楽しむコツである。


以前にも言ったことはあるが、好きな仕事をして、好きなように金を使って、好きな物を食べて、好きな本を読んで、好きな映画を見て、好きな時間に好きな事をやって、たまに好きな娘とやってれば、いつまでたっても『楽しい』でいられるということ。

秤にかけ、悲観するにはまだ幾らか若すぎやしないかい?
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真価を問われるこの時代、夢百八つのうちの一つはどん詰まり無惨にも霧散した。

新年会。ゴルフバー。

そう…

その日、俺はクラブを置いた。


遡ること四年だ、生まれて初めてゴルフの打ちっ放しにいったのは。
鼻に付くかもしれないが初ショットinバンクーバーである。

何故、打ちっ放しに行く事になったか軽く話ておこう。

時は平成、大学二年の冬。
短期滞在ではあったがカナダに遊びに行ったのである。

スーツケースゴロゴロ、お腹ゴロゴロ。

ステイ先は閑静な住宅街にドンと構える一軒家。一人暮らしの姉ちゃんはパパ持ちリッチなセレブレティー。
愛車はBMW。
趣味ゴルフ。


そんな姉ちゃんが『打ちっ放し行かない?』なんて言うもんだから、まんまと下唇に握った手を被せて、横歩きしながらほくそ笑んで行っちまったわけだ。

散々『初めては当てるのが難しいよ』とか、『そんな靴じゃダメだ』とか…
つか靴は先に言えっての!
つか英語あんまわかんねぇっての!
などゴニョゴニョ。

と、いざ始めてみたらこれがどうよ?
バンバン当たるし、ビュンビュン飛んじゃうし、針葉樹と紳士淑女が取り囲む中、俺の無料配布しても有り余る球技センスがキラリと…いや、ピッカーンと光っちまったわけだ。


ここで話は振り出しに戻る。

真剣に読んで頂いた方は既に疑問符が頭の裏辺りに3D形成され、ちらついている事とは思うが、何故そんなダイヤよりも堅く輝くセンスを持ちながら、何故諦めてしまうの?とお思いでしょう。
そうですここからが本題なのです。

時は平成、社会人二年目の冬。
5年で膨れに膨れ上がった自信を引っさげて俺は新年会二次会会場、上野広小路、巻き巻き姉ちゃんが、サラリーマンが、マセた学生たちが、ブンブンいわせてるゴルフバーに行ったのである。

中は思った以上に狭く、思った程むさ苦しさはなく、なかなか小洒落た感じであった。
ただ、ブンブンスパンスパンうるさかった。

大の大人がゴルフ場以外であんなにクラブをブンブン出来るのは、喧嘩上等か精神病棟内かゴルフバー以外他ならない。
ここでは治外法権が適用されているのだろうと1人グラス片手に耽ってみたりもした。

あっちでブンブン、こっちでブンブン。

平日の夜にも関わらず商売繁盛大いに結構だが、俺のくすぶってたゴルフ魂はブンブン野郎共を見ている内にメラメラと業火へと変わっていったのである。
きっと体から煙が上がっていたことだろう。
説明、コンピューター入力なりを軽々済ませた俺は、今か今かとエアーゴルフ。
イメージは固まった。
ハニカミ王子は俺にひれ伏すだろうとエアーゴルフ。

いよいよ俺の番がきたわけだが、始めに結果をお教えしておこう。
シュミレータ-が悪いとか、クラブが悪いとか、靴が~グローブが~などと女々しい言い訳はしない。
一切しない。

俺の夢百八つのうちの一つはどん詰まり無惨にも霧散した。

言い訳は一切しないということで、どの様に霧散したかは言わない。


実に実のない話を長々書いたことをお詫びします。

その皆様の優しさを糧に残り百六つの夢を年甲斐もなく追わせて頂きます。



百六つ?と思いました?
百七つではなく百六つ?と。


実は三次会はビリヤードだったのだ。

そう、その通りである。

その日、俺はキューも置いた。
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『WALL・E』を見てきた。

また、映画評論かよ?って思った方。ブログでありがちな個人的解釈だと思って、読むなり飛ばすなり、好きにしてくれれば幸いである。

俺は元来ミステリーやサイコ、ホラーはあまり好きじゃない。
出来るなら夢が今にも縁日の綿飴さながらに溢れて掴めちゃいそうな、ポップファンタジーや、哀愁ラブストーリー、キリキリ舞うアクションが好きである。
単に難しいのが嫌いなだけなのかもしれないが、それには深く触れない様にしたい。
むしろ映画全般に対して浅い感情しか持っていないので深く語らないし語れない。
だから素人の戯言であるのは理解して頂き、罵倒や賛同をする際は暖かくお願いしたい。

で、今回の『WALL・E』。
ここ最近のロボット映画の中ではかなりほんわか床暖房的な映画であったと思う。
世紀の駄作『AI』に比べたら雲泥の差だ。
スピバーグは『バグズライフ』から見直すべきだ。


さて、本編としては、『未来世紀日本』の様な世界の中、プログラミングされた通りに黙々と働くウォーリー。
そこにたまたままたまたプログラミングされた通り黙々と働くイブが現れる。

あの白いクリオネみたいな奴だ。

ちなみに本物のクリオネは大師のラウンドワンにいるので是非とも見てほしい。

湾曲した話をググッと戻す。

二人は一度は繋がった。しかしその後、近いけれど遠いもどかしい離れを経て、紆余曲折、波瀾万丈、大波小波、焼肉定食の小宇宙船内大どんちゃん騒ぎを起こし、感動のクライマックスに向かうのである。

これは大河の一滴、砂丘の一粒、俺の有り余る感性の一端の様な大まかな内容ではあるが、これだけで満足しちゃったという方は是非ともこの先映画を見ないで頂きたい。
ただ、21世紀以降のスピバーグは許すとして。


さてさて、ほんわかロボット映画のいち押しはやはり『感情』だろう。
人間対ロボットの恋やヒューマンドラマ、『思いは通ずる…信じれば。』的な物がメインである。
ヒューマノイド達の東奔西走に人々が振り回され、最終的に気付かされる。的な~
俺はこの手のストレートなストーリーは嫌いじゃない。的な~

『WALL・E』はそういった物とは違った観点であって、ピクサー×ディズニー特有の人間的な情緒を他の生き物や物体に置き換えたお決まりのスタイルではある。
エンディングが想像出来てしまう点ではあまり期待は出来ずとも、感情の微々たる描写などはやはり素晴らしい。

クリオネにクリソツなイブはとても理想的な女性であり、一途な愛(なのかは分かんねぇけど)と憧れを追うウォーリーは真摯な夢追い人である。

愛に溢れ、涙はホロリと。
この二人に癒やされる事は間違いないので、愛に溢れ、涙はホロリと言った映画を見たい病んだ方にはお薦めである。


近い未来の警告を発しつつもそのなかのきらりとした話。
『WALL・E』はゴミを集めるのである。

そして今日も俺はTSUTAYAに向かい1人悶々と18禁を閲覧するのである。