パーティの帰り道、男女10人くらいの参加者と一緒に会場を後にしました。途中で急な下り階段に出くわしました。私は参加者の女性のひとりが持っていた大きなキャリバッグをひょいと持ち上げて、階段の下まで運んであげました。もうひとりの女性が私に向かって「海外生活がお長いのですか?恥ずかしがらずに女性の荷物を持って差し上げるなんて」とおっしゃいました。私にとってはすごく当たり前のことだったのですが、日本の男性の多くはこんな場面で躊躇するのでしょうか。
前置きが長くなりました。レディーファーストという言葉を聞く機会が昔に比べて少なくなったような気がします。女性も広く社会進出を果たし、男女雇用均等法などの法律も整備され、昔のようではなくなったからかもしれません。しかし言うまでもなく男性と女性はいつの世も違います。同じ権利や機会を有している事とは別の次元の話です。一般的に男性ほど腕っ節は強くありません。そもそも違うものを同じと言うのは無理があるでしょう。だとしたら、その違いを認めて男性らしく、女性らしく振る舞った方がかっこいいのではないでしょうか。レストランを入る時は男性がドアを開けてあげるなど、してあげる方もされる方も、豊かな気持ちになれるのではないでしょうか。
最近家内とレストランやカフェに入ると、男性がテーブルの奥の席に座っているのを見かけることがしばしばあります。体調が悪いなどの理由があればともかく、かっこ悪いと思います。
もう20年前くらいのことです。ロンドンで買い物をしていたときのこと。お店を入ろうとしたら、2人の老婦人が連れ添ってお店を出るところでした。私はふたりがドアをくぐるまでずっとドアを持って待っていました。歩く速度が遅いので随分時間がかかりましたがにこやかにふたりを待ち受けました。すれ違い様にそのひとりが「何て紳士的で礼義正しい男性なんでしょう!」と言って満面の笑みを私に向けてくれました。
決して大それたことではありませんし自慢できることでもありません。しかし私は自分がかっこよかったと振り返ることができる数少ない瞬間はこんな場面です。かっこよさは本来理屈ではありません。歩きながら飲食をしたり、電車の中で化粧をすることは理屈抜きにかっこ悪いです。最近の若者は「それが何故悪いのか」と聞かれる事もあるので、あえて理屈を申し上げましょう。それは飲食や化粧はプライベートな行為だからです。プライベートな行為をパブリックな場で見せるからものすごくかっこ悪いのです。お芝居で楽屋裏を観客に見せないのと同じです。
かっこよさは時としてやせ我慢を強いることがあります。少々暑くてもドレスコードによってはジャケットを着用しなくてはならないこともあるでしょう。その決まり事を守る事で皆がパーティーを気持ちよく過ごせるのであれば、少々のやせ我慢に甘んじるのが紳士、淑女というものだと思います。