もう20年前くらいのことです。ロンドンで買い物をしていたときのこと。お店を入ろうとしたら、2人の老婦人が連れ添ってお店を出るところでした。私はふたりがドアをくぐるまでずっとドアを持って待っていました。歩く速度が遅いので随分時間がかかりましたがにこやかにふたりを待ち受けました。すれ違い様にそのひとりが「何て紳士的で礼義正しい男性なんでしょう!」と言って満面の笑みを私に向けてくれました。



 決して大それたことではありませんし自慢できることでもありません。しかし私は自分がかっこよかったと振り返ることができる数少ない瞬間はこんな場面です。かっこよさは本来理屈ではありません。歩きながら飲食をしたり、電車の中で化粧をすることは理屈抜きにかっこ悪いです。最近の若者は「それが何故悪いのか」と聞かれる事もあるので、あえて理屈を申し上げましょう。それは飲食や化粧はプライベートな行為だからです。プライベートな行為をパブリックな場で見せるからものすごくかっこ悪いのです。お芝居で楽屋裏を観客に見せないのと同じです。



 かっこよさは時としてやせ我慢を強いることがあります。少々暑くてもドレスコードによってはジャケットを着用しなくてはならないこともあるでしょう。その決まり事を守る事で皆がパーティーを気持ちよく過ごせるのであれば、少々のやせ我慢に甘んじるのが紳士、淑女というものだと思います。