パーソナリティー障害の本などを呼んでいると、2歳までの母親の愛情と保護がその後の自我形成に極めて重要なことが記述されていますが、それは人間に限ったことなのか少々思いをめぐらせてしまいます。
 
ペットショップの犬や猫は生後間もなく母親から引き離されて店先のショーケースに出されます。言語を持たない犬や猫にとって、パーソナリティー障害のような深刻な心の問題が発生していなか気がかりです。人間の場合の激しい感情の起伏のようなものが、犬の場合は単に気性が激しいとかわがままだと切り捨てられてはいないでしょうか。

 ペットをいたわるするのであれば、そうした面での社会的なケアも大切なのではないかと思います。

参考書籍

パーソナリティ障害―いかに接し、どう克服するか (PHP新書)/PHP研究所
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 富士山が世界遺産として認められるとの事です。それはそれで喜ばしい事ですが、私は身近にある日本の自然の美にもっと注目すべきだと思っています。
 
 かつて飛行船ツエッペリンがシベリアから日本海を横断して東北地方の上空に到達した際に、搭乗していたツエッペリン社幹部のフーゴーエッケナー博士は「こんな美しい土地に何故ホテルを建てないのだ」と叫んだと聞きます。世界一周旅行を果たしたトーマス・クックも日本を一番に上げています。ラフかカディア・ハーン(小泉八雲)も瀬戸内海の美しさを絶賛しています。いずれも明治から昭和の初期にかけての話です。

 私も海外から帰国して日本の地方都市に滞在するとその自然の美しさと共に、何故公共の建築物の美観をもっと高めないのか、電柱を地下ケーブルにできないのか、派手な看板を規制できないのかと思いをめぐらせます。
 たとえお金にならなくても人間にとって価値のあるものはたくさんあります。経済成長だけでなく、日本の景観における美の復権は将来の日本に大きな価値とゆとりを生み出すと思います。


  日本とは特に生活習慣の異なる国に出かけると、これほどまでに日本とは違う生活のあり方があるのだと驚きを禁じ得ない事があります。そこでは日本のニュースも流れていないし、テレビをつけても日本でおなじみの顔を見る事はありません。地域によってはコンビニにもなければ、ミネラルウォーターを確保するのに苦労することもあります。

 日本に帰国すると再び同じ風景が視野に広がり、新聞やテレビは国内のニュースを伝え、バラエティー番組にはおなじみのタレントが登場します。
 言うなれば、日本にいるときは錨を降ろした船のような意識の自分、海外の見知らぬ街にいるときは波の間に間にただよう小舟のような意識状態になります。さらに言えば日本にいるときも、普段はあまり接点のない中高生に囲まれて話をすると、再び意識は小舟の状態になります。

 私は世界中を旅し、さまざまな人たちに合う中で自分の錨を上げたり下げたりしているのに気づくことがあります。そしてだんだんとこの錨を下ろす機会が少なくなり、東京で生活しているときも小舟で漂うかのような意識でいる時間が多くなりました。先入観を捨てて、自分の眼で観る習慣が昔より身に付いたせいでしょうか。