第6章 創作・随筆(第5節…創作「病院(仮題)」連載⑫) | 獏井獏山のブログ

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 ここに度重なる失恋に打ち拉がれた1人の男があった。 

「病院は唯一、闘病を行うための施設であり恋するための施設ではない。」

 その男、土森君がその点に気付くには余りにも病院生活に慣れ過ぎていた。

 この色好みの男にとって全ての女は魅力の塊に他ならなかった。これまで数知れず思いが叶わなかった彼にも漸く活路が開けたようなのだ。それは我々がオバケさんと称している18号室の女性との恋である。オバケさんも矢張り何かに飢えた動物と変らなかった。若さが彼女から次第に理性を奪い去って行く。酒とパチンコにウツツを抜かしている土森君という、この女誑しは並の女性には振られたけれども、オバケさんはそんな事に頓着する女ではなかった。

 ある日…それは蒸し暑いドンヨリ曇った午後の出来事である。私は何もする事が無く詰まらないのでテレビでも見てやれと思って面会室に向った。不思議に誰1人居ないらしく面会室はシーンとしていた。しかし一歩踏み入れるや否や私は自分の想像が間違っていたことに気付いたのである。面会室は無人ではなかった。…私は入院以来、1人でテレビを見たことは一度もなかった。夜は必ず誰かが見ていた。昼間はテレビが空いているとしても、私は1人で見るのが嫌いなのだ。だから、その午後も面会室に入って行く必要は無かったのであるが…それはさて措き、私は面会室に人が居ないと想像したに過ぎず、若しや誰かいるかも知れないという幾らかの期待を持っていた。しかし、まさか其処で若い恋人達が語らい合っているとは考えもしなかったのである。私に驚いた土森君は2人の仲が何でもない事を装うために体(てい)を作って煙草をプカプカ吹かし乍ら窓際へ行って外を眺める風をした。私は、これはイカンな、と思ったが今更逃げ出すのも難しい。ワシは目方を測りに来たのだ、とばかりに計量器で目方を測って部屋を出ようとした時、照れている土森君を助ける為に「オオッス」と声を掛けた。不意を突かれた彼は一瞬ハッとしたが、「オオ~、天気悪いな、雨かな。」と濁した返事を送ってきた。私はその言葉を背に聴いて美しい?恋人の為に気を利かせて早々に其処を退散した。

 ところが、この土森君に恋仇が出てきたのである。それは中村君だった。彼は土森君より若く、ドライな性格で積極的に彼女に近付いていた。土森君がこの仇敵を打倒せんと秘策を練ったのは謂うまでもない。

 

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 夏の屋上は入院患者たちで    (続く)