詩㉒「団欒」
暖炉に手を翳して 家族七人の団欒は
ブリキの騒音であってはならない 雷鳴の雑音であってはならない
煙に満ちた玉手箱のような口から吐かれる議論であってはならない
それは 流れて空気を暖かくし
空飛ぶ薄雲のような調べでなければならない
市㉓「河内野の冬」
ペタンペタンと餅を搗く音が村の方の煤けた煙突から聴こえてくる
野原の片隅から姿を現わした五~六人の子供らは
手に手に猫柳の枝を持ち
その木に餅花を付ける楽しみを隠しきれないでいる
はしゃぎながら自分達の家を目指して駆けていった
風は温かさを脱皮して木枯らしに変わりつつある
金剛山の麓まで続いている広い野の中で藁塚だけが風に吹かれている
芽生えかけの豆の木や麦や菜っ葉らは頸を垂れて揺れもしない
「水雀」や「じょう」は貯水池のほとりで
飛び上がったり 草にしがみ付いたりしている
天の一角から青い空が覗く以外は
雲が太陽の光をぼかして覆い被さっている
時々 水鳥がチッチッと鳴いて頭の上から山の方角に姿を消してしまう
「久しぶりだなぁ、こんな景色を見るのは」…
大阪市内へ勤め出してから なかなかこんな機会がないのだ
詩㉔「世界」
百万人の人間が俺の死を要求するように 俺は彼らの死を願い続ける
悩みと疑いの葛藤 しかし百万対一では相手にならない
きっと俺の方が先に殺されるだろう
俺は殺されずに生きるため 努力に努力をしてきたのだ
そして今日まで生きのびてきた…自殺をしようとしたあの日から……
誰も気付かない儘に 世界はあらゆる生活より先に存在した
俺がそれに気付いた時 以前に認め且つ見つめ続けてきた世界よりも
明瞭に縁取られた 動かぬ世界を見出したのだ
「死んだと思って生きよ。生きている為の苦しみを心から除外する為に。」
何時か 誰かがそう云ったのを思い出して 新しい生活の第一歩を踏み入れた時…生きた俺を変えている世界があるではないか
世界は俺が生まれる先から既にあった
それは動かすことも消すことも出来ない
最初に眼で見 足で立った俺の周りに世界があるのではなく
世界の中に俺が擁護されて生まれてきたのだ
生命以外の何者も この「世界」を持つことができない
若い時代に何かを残し 年老いて天に召される者だけが
世界を後に従わせることが出来るのだ
詩㉕「自然」
この窓の中から 窓の外を眺める時 私の心に窓はない
窓の中に居る私は 大自然の感興に触れた瞬間 窓の外に居る
自然よ ありがとう
自然を愛する私の心を愛する自然よ
詩㉖「冬」
俺の障子に 日に日に穴が開いているのを
君は知らないのか…心よ!
近付く冬は どうやら 暖冬ではないらしいのだ
詩㉗「春」
また 悩ましい春がやってくる
針で刺したような キビキブした身体の張りと
すっきりした心の緊張を
僕から抜き取りにやってきた
…ああ 僕は冬が好きだった
(完)