詩⑫「決闘」 | 獏井獏山のブログ

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仁義……一言も云ってはならないのだ

この時刻に このビルの谷間を選んでしまったからには

二三言の不気味な会話が惹き起こしたイザコザから 

人目を恐れる僕の心の原因……この事件の成立を考える時

後頭部が苦り切るのを感じる

仁義……ジャックナイフの音が合図である

一歩一歩が白熱していた 男の誇りが燃えたぎるのも この時だった

相手の足が三歩 前進する 相手が立ち止って構えをとる

……思考が働くのはここまでである

身は情熱に代わる 油を含んだ紙片に点火された火であった

目は目で見 手は手自身で方向を窺がう

思考という邪魔者が去った時 初めて 最も強くなれる手足が機敏に動く

刻む時間 白い空気 光らない星

二つの物体は次第に間隔を狭める 三メートルと見たのは目である

右足が出 左足が百万分の一秒の差を置いて前進する

右手が相手の襟元を取る 股を蹴ったのは右足

瞬間…目から星が散ったのは気の所為か

…一人の人間が血を吹いて道路に寝ている

足が早かったのか 手か? それは問題ではなかった

手は相手より早ければよかった

足は相手より早ければよかった

僕の目が死んだ人間を見ている

僕の目が死人の事実を見ている

彼の死を認めも否みもしない 事実だけを見ている

思考は感情である

彼の死を認めたのは思考である

僕に勝利の歓喜を呼び覚ましたのは感情である

星は闇を照らさなかったが 死んだ男は僕の脳髄に侵入する

人を殺めた恥辱を身に浴びたのはその時だ

星は闇を闇のままにして自身で光っていた

空気は闇の中に白く嘲笑っていた

時刻は時間を除外して通り過ぎていた

僕は見回したが 目ではない 足ではない 身動きもしていなかった

過ぎた時刻は 燃え上がった火を僕から奪っていったのだ

僕はその時 動く人間になっていた 故に…僕は身動きも出来なかった

若しもその時 僕の目が(助けを求め乍ら 天上に神の姿を見出すために瞠る目が)空の一点を凝視していなかったとしたら

涙を浮かべて嗚咽しなかったとしたら

或いは 止めどもない この身震いに慄く事をしていなかったとしたら

僕という悪人は まさに悪魔であった