詩⑤「花札」 | 獏井獏山のブログ

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昨日の朝、点けた灯が 防空壕の底から去りもやらず灯り続けている

シンとして外の世界に 花札をくる音だけが生きものだ

空を……飛行機の爆音が響く

「ちくしょう、お前、『サクラ』持っているのか。『マツ』はもう出たか。」と叫ぶ 兄の取り点は『アメ』だけだ あとはゼロに等しい

パチリと力を込めて5点の『アヤメ』をたたく……

サイレンの音が長く尾を引いて唸っている 友軍機が旋回したらしい音…

突如「火事だ、火事だ。」と壕外の声が兄を呼ぶ「来てくれ、消防夫。」

胡散臭そうに生返事の 村の消防団員の兄が立ち上がる

「『サクラ』さえ捲って来りゃぁね。」未練たらしく札を叩きつけて

ポケットに手を入れて出したのが百円札だ……



……俺はだんだん腐ってきた 今日は悪い手ばかり来やがる

相手に『サクラ』の20点が入れば『サンコ』だ

せめて『フジ』と『キリ』でもしなけりゃ100点で落ちてしまう

場には『マツ』の5点と『ボウズ』のカスしか残っていない

外で友軍機の高い音……『マツ』をたたいて捲りが『オニ』

「B29には敵わぬと見えて又、逃げ出しやがる。…チクショウ…『ボウズ』はカスか。」

サイレンは波形で耳の片隅に押し寄せる

火事が長いのか 兄はまだ帰らぬ

空襲警報で待機しているのかも知れない…今度の手は負けないだろう

『ツル』と『ウグイス』と『二重ボウズ』がきてやがる…

腹が減ってきたと思ったら朝からコウリャンもアワもマメカスも食っていない たまには米のお粥でも食いたいものだ

壕外へ出る前に もう日暮れが光を隠していた 辺りは静かだ

時々、遠くで起こる飛行機の音以外は花札をくる音だけが、この世界の主な音のあらゆるものだ

花札を持って彼らは考えていた「アメリカを倒すのに何時まで掛っているのだ。早く甘酒飲んで大通りを踊り回りたいものだ。」と

そして彼らの退屈しのぎが生活として続いた

花札は長い時間 繰られ繰られて 破損するために要求され続けた……

敗戦を知って愕然と目の中心を開け放った あの夏の暑い夜 魂も冷え込む瞬間を身に浴びた時まで……