『猪谷の史跡・見学ポイント』
10 善光寺尼宮様お手植えの松(P13)
県道脇の不動明王堂の横に松の木がある。これは昭和三年(一九二八)九月九日に高山市に建立された善光寺別院の落慶式に参列されるため、善光寺智栄尼宮(皇族出身の姫宮)様が長野から富山、富山から笹津まで鉄道を利用され、笹津より乗合自動車で高山までお出でになる際に、乗合自動車の乗り継ぎ点であった猪谷の土田上水館で休憩された時に、自ら鍬を手にしてお植えになった松の木である。
「細入村史」
『猪谷史跡・見学ポイント』
9 神岡軌道猪谷三井鉄橋の橋脚跡(P11)
神岡鉱山から産出された鉛や亜鉛などの鉱石は、大正時代には、高原川右岸、神通川右岸に作られた神岡軌道により、船津から笹津を経由して富山まで運ばれていた。
昭和二年(一九二七)には、馬車からガソリンエンジンの機関車が引く貨車に切り替えられた。
昭和五年(一九三〇)十一月、飛越線が猪谷まで開通すると、三井鉱山は、昭和六年、神岡軌道を猪谷駅構内へ乗り入れた。この時に建設されたのが、猪谷の三井鉄橋である。この鉄橋は、長さ二百八十メートル、高さ三十六メートルで、その後長く付近の景観を引き締め、神通峡の美観の一要素となった。極めて高い橋脚を持つ鉄橋で、高所恐怖症の人は近寄るのも恐れると思われるが、対岸の吉野・伏木・小糸方面の人は、猪谷への通勤・通学によくこの鉄橋を利用したものである。
昭和四十一年(一九六六)、国鉄神岡線の開通に伴って神岡軌道は廃止され、猪谷名物の鉄橋も、その数年後取り払われた。ダムの湖水に残る橋脚が、そのかつての存在を伝えている。
「細入村史」