『細入地域の史跡・見学ポイント』ガイドブック  企画・編集 佐田 保 | 神通峡ふるさと創生物語ブログ1:「神通峡かいわいの昔話」・「集落ガイド」・「神通峡のわらべ歌」・「神通峡民話物語」等

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『猪谷史跡・見学ポイント』

 

9 神岡軌道猪谷三井鉄橋の橋脚跡(P11)

 神岡鉱山から産出された鉛や亜鉛などの鉱石は、大正時代には、高原川右岸、神通川右岸に作られた神岡軌道により、船津から笹津を経由して富山まで運ばれていた。
 昭和二年(一九二七)には、馬車からガソリンエンジンの機関車が引く貨車に切り替えられた。


 

 昭和五年(一九三〇)十一月、飛越線が猪谷まで開通すると、三井鉱山は、昭和六年、神岡軌道を猪谷駅構内へ乗り入れた。この時に建設されたのが、猪谷の三井鉄橋である。この鉄橋は、長さ二百八十メートル、高さ三十六メートルで、その後長く付近の景観を引き締め、神通峡の美観の一要素となった。極めて高い橋脚を持つ鉄橋で、高所恐怖症の人は近寄るのも恐れると思われるが、対岸の吉野・伏木・小糸方面の人は、猪谷への通勤・通学によくこの鉄橋を利用したものである。
 昭和四十一年(一九六六)、国鉄神岡線の開通に伴って神岡軌道は廃止され、猪谷名物の鉄橋も、その数年後取り払われた。ダムの湖水に残る橋脚が、そのかつての存在を伝えている。 
「細入村史」