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日本文化の底力 漫画アニメ 来年のオリンピック パラリンピック 主婦 普通の人々 小説 映画 文化をはじめてとして、経済、科学、その他すべての分野においての底力を感じる日々。

 

 

 

日本人。

2600年以上の時を超えて、ここまでなんとか生き抜いて来た日本。

いつか、三年前の開会式か閉会式か忘れてしまったけれども、リーダーの、椎名林檎が「日本には、芸者・富士山・忍者」という以外のものもあるということを理解してもらいたかったと、少しトンチンカンなることを述べていた。

 

 

椎名林檎は、大好き。

 

しかし。

 

これが、20年前くらいの男性の言葉だったらそのとうりだとおもうが、もはや、日本の富士山が大好きだという世界中からの賛美があり、その美しさのために日々、たくさんの外国人が富士に登る。また、私のような絵を描いているものから見ても、富士は、最高の最後の美である。いつか死ぬ迄に、登って、描いてみたくなる素材なのだ、富士は日本そのものでもある。

 

忍者もそうだ。先日、オーストラリアでなんでこんなにいまでも「忍者ブーム」があるのかという特集をテレビでやっていたが、1960年代にオーストラリアで、「隠密剣士」をやっていたというから驚き。

 

世界の子供達が、日本のアニメを見ながら大人になって、日本に来たがるように。

(たとえば、ドラゴンボールのアニメを見て、おにぎり=ライスボールを日本で食べたいとか、そんなことだ)

 

隠密剣士は、彼らにとって、このような言葉が、ぴったりなのだ。

 

「大瀬光一は、当時、自国やヨーロッパ以外の国で、出逢った、はじめての、東洋の国のヒーローだったのだ」

 

 そこまで、いまでも、日本の忍者の出る番組が愛されている。

 西洋人から見た東洋の不思議。・・・・・・・・・・・

 

芸者も同じく。

彼女たちが、金持ちのダンナの気を引くために、キモノやら、キモノの小物やら、根付けとか、帯締め、帯揚げとか、・・その他、キセルやら、下駄やら、ありとあらゆるものを彼女たちは、日本人特有のアイデアと、工夫と美のセンスで、レベルアップさせている、そのように、日本文化の本流を刺激して、日本文化の幹を太くしている事実を知らねばならない。

 

日本人はどうも自国を過小評価する癖がある。

三島由紀夫は、「おそらく世界一、なんでも反省する国だ」と書いているけれども

そのとうり。だからこそ、小さなことにでも、なんでも、こだわるのだから。

 

たしか、見世物小屋かなにかのおみやげを包むために、つかわれていた春画の版画の紙。

当時の日本人は、笑いながらその行為をしていただけだろう。

しかしながら、結局のところ、その春画の美をあらためて発見したのは、たしか、イギリス人だったろう。

違ったかもしれないが、戦争で、そのほとんどの版画板が他国に、獲られてしまった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

もとにもどります。椎名林檎さん。

 

せっかく素晴しい閉会式の音楽監督としてがんばっていたのに、あの言葉は、トンチンカン、時代とすでにずれている。(本人は軽い意味で使っただけだとは思いますが・・・)

椎名林檎さんよりも、世界中の外国人の方のほうが、日本の小さな美をすでに発見しつつあるのだ。

 

今日の記事の、ファッションでさえ、この記事に描いてあるように、1980年から90年にかけての、三宅・たかだ、かわくぼ、この三人らに代表される日本からのキモノからヒントを得た、独特のシュルエットなどなど、圧倒的に西洋のファッションに驚愕と刺激を与えたことが、今日の記事として特集されていた。

 

日本文化はたしか、記憶は曖昧だが、サミュエル・ハンチントン教授が、日本の文明は、世界の八大文明のひとつと、はっきり書いてくれて、ほんとうに良かった。お隣の、中国の文化とは似てまったく非なるものなのだと!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

An exhibition at the Denver Art Museum shows how Issey Miyake, Rei Kawakubo, Kenzo Takada and other designers turned Parisian fashion ideas upside down in the 1980s

By Alexandra Wolfe

 

Women’s fashion underwent profound changes in the decades after World War II, but by 1980, Parisian styles still often seemed to be all about high heels and red lipstick. Then a set of Japanese designers such as Issey Miyake, Rei Kawakubo and Kenzo Takada burst onto the scene, and everything changed.

A new exhibit opening Sept. 11 at the Denver Art Museum, “Shock Wave: Japanese Fashion Design, 1980s-90s,” showcases the ways these designers disrupted the fashion world with their flat shoes, billowy dresses and bold, unusual shapes.

 

 

 

 

 

 

 

Their style challenged “the whole vision of seduction and the way a beautiful woman should look,” says curator Florence Müller. She adds that these designers also asked, “Why does a woman always have to look so nice and cute and beautiful just for the men?”