凡庸な市民ほど、恐ろしい存在は無い | 富裕層戦略・建築コンサルタントのブログ

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凡庸な市民ほど、恐ろしい存在は無いと思う。

 

 

「凡庸な市民」

 

※一定の社会や組織の中で、個々の市民が単なる従順や追従に徹する傾向があるという意味で使われることがある。例えば、政治的な決定に対して無関心であり、社会的な問題に無関心であったり、自らの判断や主体性を持たず、既存の価値観や権威に従って行動する人々を指すことがある。

 

 

この「凡庸な市民」という言葉を世に知らしめたのが、政治哲学者のハンナ・アーレント。

 

そのハンナ・アーレントが書いた「エルサレムのアイヒマン」(悪の陳腐さについての報告)

 

 

アイヒマンは、第二次世界大戦中のナチス・ドイツの高官であり、ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を実行した人物。

 

戦後、アイヒマンは逃亡し、南米などで身を隠していたが、1960年にイスラエルのモサド(イスラエルの情報機関)によって捕らえられ、イスラエルで裁判にかけられた。

 

戦争犯罪や人道に対する罪などの罪状で有罪判決を受け、1962年にイスラエルで絞首刑にされた。

 

 

しかし、

 

 

その裁判を通じてアイヒマンは一貫して、反省や後悔の念はカケラも見せなかった。

 

世間は「数百万人を虐殺した極悪人」と決めつけていた。

 

それどころか、「私はナチス・ドイツの命令に沿っただけ」と、悪びれた様子は全く無かった。

 

 

ハンナ・アーレントによれば、アイヒマンは一般的に凡庸で平凡な人物であり、自己の判断や道徳的判断を犠牲にして、単に指示に従って行動したとされている。

 

彼は自らの行為についての独自の倫理的判断を欠き、制度や組織の中での役割を演じることに従順であったとされている。

 

この裁判は「アイヒマンは凡庸な市民であった」という論文で発表され、世間に衝撃を与えた。

 

 

一般的に「悪人」とされる人物は特定され、世間の批判の集中砲火を受ける。

 

そしてその悪人は確信犯的であり、当然、自覚をもっている。

 

しかし、アイヒマンにはそれらが全くと言っていいほど無かった。

 

 

確信犯的悪人は時として、リーダーになる。

 

そのリーダーに導かれるのが「凡庸な市民」だと思う。

 

自己の判断や道徳的判断が欠落し、単に指示に従って行動する。

 

自らの行為についての独自の倫理的判断を欠き、制度や組織の中での役割を演じることに従順なる。

 

 

 

 

本当に怖いのは「凡庸な市民」

 

アイヒマンは我々の周りにもいる。。。

 

 

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