ベートーヴェンのライバルであり、モーツァルトの愛弟子。そしてショパンが憧れたピアノの巨匠、ヨハン・ネポムク・フンメル(J.N.Hummel)。
今回は、そんなフンメルの晩年の「ピアノ三重奏曲 第8番 変ホ長調 Op.96」をDTMで制作しました。
同時代のベートーヴェンが「苦悩と構築」の道を歩んだのに対し、フンメルが目指したのは「洗練と優雅」、そして当時のピアノの性能を極限まで引き出す「ヴィルトゥオジティ(名人芸)」でした。
モーツァルトのような歌うアレグロ、美しい旋律と、フィナーレのロシア風ロンド。フンメルならではの煌びやかな世界をご紹介します。
■楽曲解説:ピアノ三重奏曲 第8番 変ホ長調 Op.96
この作品は1822年、フンメルがヴァイマル(ワイマール)の宮廷楽長として名声を確立していた時期に出版されました。
フンメルのピアノ三重奏曲の中でも、Op.12、Op.93と共に「変ホ長調」で書かれた作品の一つですが、このOp.96は円熟期の筆致が冴え渡る、非常に洗練された「大三重奏曲(Grand Trio)」です。
聴きどころと楽章構成
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第1楽章:Allegro con spirito(変ホ長調)
冒頭から流麗なピアノが駆け巡ります。指示にある「Con spirito(精神を込めて、活気を持って)」の通り、力任せな情熱ではなく、知的な快活さが特徴です。ピアノのパッセージは華麗ですが、決して騒がしくならず、貴族的な品格を保っています。 -
第2楽章:Andante quasi Allegretto(変ロ長調)
この曲の隠れた宝石です。深刻な緩徐楽章ではなく、「クワジ・アレグレット(アレグレットのように)」という指示通りの、少し足取りの軽いインテルメッツォ(間奏曲)風の趣きがあります。
オペラのアリアのように歌うピアノの旋律は、過度な感情移入を避けつつも、優美な装飾音(フィオリトゥーラ)で彩られています。 -
第3楽章:Rondo alla russa. Allegro vivace(変ホ長調)
「ロシア風ロンド」と銘打たれたフィナーレです。当時流行していた民族的な舞曲のリズムを取り入れ、執拗な反復と加速するピアノの技巧がスリルを生み出します。華やかで、演奏効果抜群の幕切れです。
■フンメルのピアノ三重奏曲について
フンメルは生涯にわたってピアノ三重奏曲を作曲しましたが、これらは音楽史において「古典派からロマン派へのミッシング・リンク(失われた環)」として重要な位置を占めています。
ベートーヴェンとは違う「美」の追求
同世代のベートーヴェンがピアノ三重奏曲(「大公」など)で楽器間の対等性や哲学的な深みを追求したのに対し、フンメルは「ピアノ主導型の華麗な協奏的スタイル」を貫きました。
これは欠点ではなく、当時の最新式ピアノ(ウィーン・メカニック)の軽やかでクリアな響きを最大限に活かすための戦略でした。
最高傑作は「Op.83」
フンメルのトリオ全体を見渡した時、最も規模が大きく充実している最高傑作は、第6番 ホ長調 Op.83(1819年)であるというのが定説です。
このOp.83は、若き日のフレデリック・ショパンが愛奏したことでも知られています。ショパンのピアノ協奏曲に見られる煌びやかなパッセージの源流は、間違いなくこのOp.83や、今回紹介したOp.96などのフンメルのトリオにあります。また弟子達にもバッハ、モーツァルト、フンメルを学ぶように勧めています。
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初期(Op.2a):最初期の作品群(3曲ずつのソナタ集、変奏曲集)などと同様にモーツァルト、クレメンティに従順に準じた作品。
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中期(Op.12, Op.22など): モーツァルトの影響が色濃い、軽快な古典派スタイル。
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円熟期~後期(Op.83, Op.93, Op.96): ピアノの技巧が極限まで高まり、ロマン派的な叙情と「ベル・カント」の歌が融合した独自の様式。
■制作後記(DTMの視点から)
フンメルのトリオをDTMで再現する際の面白さは、やはり「ピアノ・パートの多弁さ」にあります。
現代のスタインウェイのような重厚な響きではなく、少し減衰の早い、コロコロとした真珠のような音色をイメージして制作しました。
Op.96は、最高傑作とされるOp.83に比べると少しコンパクトですが、その分、後期様式特有の「枯れた味わい」と「遊び心」が凝縮されています。特に第2楽章の、変ロ長調の温かい響きと軽やかな装飾音のバランスを楽しんでいただければ幸いです。
ベートーヴェンだけではない、もう一つのウィーンの巨匠の響きを、ぜひお聴きください。

