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クラシック音楽とお散歩写真のブログ

座右の銘は漁夫の利、他力本願、棚から牡丹餅!!
趣味のクラシック音楽をプログラミングする事に没頭、あとは散歩中に写真を撮りまくること。

中学受験応援しています。

今回は、古典派から初期ロマン派にかけて活躍した大作曲家、ヨハン・ネポムク・フンメル(1778-1837)の非常に貴重な「最初の作品」をデジタル復元し、DTMによる音源として形にすることができましたので、ご紹介したいと思います。
 
今回取り上げるのは、「創作主題による変奏曲 イ長調 S.1」です。
フンメルの作品目録(ザックス番号)において、記念すべき「第1番」にナンバリングされている、まさに彼の輝かしいキャリアの第一歩となる作品です。

難解な自筆譜との格闘、そして岳本恭治さんの協力のもとで

この楽曲はこれまで出版されておらず、私の所有している譜面は30年ほど前に米アマゾンから手に入れたジョエル・ザックス著・編集「フンメルのピアノ作品全集」に収められている自筆譜のファクシミリ画像です。もちろん音源も存在していませんし、公の場では演奏されたことはないと思われます。
 
そこで今回、自筆譜のファクシミリから、楽譜作成ソフト「Dorico」を用いて現代の譜面として清書・復元することを挑みました。

(※「実際の自筆譜。第5~7変奏付近」)

画像をご覧いただくとお分かりの通り、11歳の若き天才の筆致は非常に勢いがあり、インクの滲みや修正跡も生々しく残されています。しかし、その分だけ音符の判別が極めて困難な箇所がいくつもありました。
 
この難局を乗り越えるため、交流させていただいております日本フンメル協会会長である岳本恭治さんに自筆譜の音符の判別や作成した譜面の校訂・監修をご依頼いたしました。岳本会長の多大なるご尽力のおかげで、歴史に埋もれていたフンメルの最初の変奏曲を、ついに正確な現代譜として蘇らせることができました。この場を借りて深く感謝申し上げます。
作成した楽譜は動画内で使用しております。 

恩師モーツァルトの息吹を感じる「S.1」の魅力

1789年頃、フンメルがわずか11歳頃に作曲したとされるこの「S.1」。
当時、彼はウィーンで恩師W.A.モーツァルトのもとに住み込みで学び、その後ヨーロッパ各地へ演奏旅行を始めた時期にあたります。
恩師から受け継いだ古典派の明快で整然とした様式美と、若きフンメルの変奏技法の基礎がストレートに反映されています。非常にシンプルでありながら、和声の骨組みがしっかりとしており、後の華麗な「フンメル・スタイル」の萌芽を確かに感じ取ることができる、瑞々しくも完成度の高い小品です。 

DTMによる「世界初」の音源公開

そして今回、復元したスコアをもとにDTMで音源を制作しました。
おそらく、現代においてこの「S.1」の全貌を音声として聴くことができるのは、これが世界初ではないかと思います。
11歳の神童が単純な主題からどのよう即興で演奏していたのか、という想像を湧き立てます。譜面に残してくれた最初の貴重な変奏曲、ぜひお聞きください。
 
Programming Music
J.N.Hummel/Variations from 

Original Theme in A,S.1

 

 

Score engraving by Hummel Note
Edited and supervised by Kyoji Takemoto

Programed by Hummel Note
Daw & Sequencer:Dorico 5
Sounds:GARRITAN PERSONAL ORCHESTRA(Piano)

次回予告:30年の時を経た「自己リメイク」へ

さて、今回お聴きいただいたこの優美な「オリジナル主題」ですが、実はこれで終わりではありません。
 
フンメルはそれから約30年後、ヨーロッパ最高のヴィルトゥオーゾ・ピアニストとして頂点を極めていた1817~1818年頃に、なんとこの全く同じ主題を用いて、より技巧的な変奏曲(Op.76)へと作り直しているのです。
シンプルな神童の習作が、いかにして絢爛豪華な前ロマン派の大作へと変貌を遂げたのか。
次回は、その後年焼き直された「創作主題による変奏曲 イ長調 Op.76」の音源も、すぐにお届けする予定です。
 
フンメルの音楽家としての30年の進化の軌跡を、同じ主題を通して味わう貴重な機会になると思います。ぜひ、次回の更新もお待ちください!

 
 

 

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「ピアノ四重奏曲 ト長調」は本当に完成作なのか?
~定説への疑問と独自の仮説~

 

今回使用したスコアはドブリンガーから出版されているものです

 

J.N.フンメル/ピアノ四重奏曲 ト長調『序奏とアレグロ』,Op.posth.4(WoO.6)

 

【DTM制作ノート】

Programed by Hummel Note
Daw&Sequencer:Dorico 6 pro
Sounds:Note Performer 5, GARRITAN PERSONAL ORCHESTRA(Piano),

The score in the video is the playback screen of Dorico6. This is different from the original score.
Because I use it as a MIDI data input software and not for typing in sheet music, I place more emphasis on making the dynamics and tempo instructions sound as natural as possible, rather than composing exactly as written.



 

 

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今回は、フンメルが33歳頃(1811年頃)に書いたとされるピアノ四重奏曲 ト長調 Op. posth. 4を取り上げます 。この曲は、彼の死後1839年に遺作として出版されましたが、音楽史上、ある「構造的な謎」を秘めています 。

 

「なぜ、この四重奏曲は2楽章しか存在しないのか?」

 

 

この問いに対し、一般的な定説と、独自の2つの仮説を交えて考察します。

 

 

1. 定説:ヴィルトゥオーゾのための「序奏とアレグロ」

 

 

現在、音楽学の世界で最も有力な説は、この曲が最初から「序奏とアレグロ(Introduction & Allegro)」という2部構成の単一楽章として完結していた、というものです 。

 

 

19世紀前半、叙情的な序奏で聴衆を惹きつけ、技巧的な主部で圧倒するこの形式は非常に人気がありました 。事実、フンメルも「序奏と華麗なる大ロンド(Op. 126)」など、同様の構造を持つ作品を多く残しています 。

 

 

出版社が、死後に見つかったこの「2つのセクション」を、便宜上「ピアノ四重奏曲」という一般的な名称でカタログ化したため、「四重奏曲なのに楽章が足りない」という誤解が生まれた……というのが、教科書的な回答です 。
 

 

 

2. 構造的矛盾:それは本当に「序奏」なのか?

 

 

しかし、楽曲を詳細に分析すると、この定説には無視できない矛盾が浮かび上がります。

 

 

フンメルの他の「序奏付き作品」では、序奏は主部(ロンド等)へ切れ目なく(アタッカで)繋がり、調性も主部の同主調や平行調を取るのが通例です。しかし、本作の第1楽章(Andante cantabile)は、明確な3部形式で構成され、完全に終止符を打って終わっています。

 

 

これは「序奏」というよりも、独立した一つの「緩徐楽章」としての性格があまりに強いのです。ここから、私は別の可能性を考えています。
 

 

 

3. 仮説A:ベートーヴェン WoO 36-1 をモデルとした「緩・急・変奏曲」説

 

 

ここで注目したいのが、フンメルのライバルであり友人でもあったベートーヴェンの初期作品です 。

 

 

ベートーヴェンが14歳頃に書いたピアノ四重奏曲第1番 変ホ長調(WoO 36-1)は、当時の常識を覆す次のような構成を持っていました。

 

 

緩:Adagio assai

 

急:Allegro con spirito
変奏曲:Thema. Cantabile(主題と変奏)

 

本作(Op. posth. 4)の第1楽章(Andante cantabile)と第2楽章(Allegro con spirito)のテンポ設定と性格は、驚くほどこのベートーヴェンの初期傑作と一致します。

 

 

もしフンメルが、モーツァルトの邸宅で過ごした時期にこのベートーヴェンの初期作品に触れ、それをモデルとしていたならば、「幻の第3楽章:変奏曲」が存在した(あるいは構想されていた)可能性は極めて高いのではないでしょうか。
 

 

 

4. 仮説B:壮大な「ニ長調」多楽章構想の一部

 

 

もう一つの可能性は、このト長調の楽曲群自体が、より大規模な「ニ長調の四重奏曲」の中間楽章だったという説です。

 

 

第1楽章:アレグロ(ニ長調)※現在の第2楽章

 

第2楽章:アンダンテ・カンタービレ(ト長調=下属調)
第3楽章:ロンド(ニ長調)

 

第1楽章(ト長調)が下属調で完全に終止すること、そして現在の第2楽章が協奏曲並みの規模を持つことを考えると、これらは元々ニ長調の多楽章作品の中核として書かれたものの、何らかの理由で1811年以降に放置された……という推測が成り立ちます。
 

 

 

5. 出版社の「商業的もくろみ」

 

 

では、なぜこれが「序奏とアレグロ」として遺作出版されたのでしょうか?この作品が作曲されたのは1811年頃とされていますが、その後放置され、フンメルの死後に資料の中からこの充実した2つの楽章が発見されました。

 

 

出版社側からすれば、これを「未完の断片」として出すよりも、当時流行していた「序奏とアレグロ」という体裁をとって「完成された遺作」として出版した方が、確実に楽譜が売れるという「商業的なもくろみ」があったと推測できます(明確なエビデンスはありませんが、当時の出版事情を考えれば十分にあり得る話です)。当時流行していた「序奏とアレグロ」という体裁を整え、「完成された遺作」として出版した方が売れる、と踏んだのではないでしょうか。

 

 

古典的しっかりした構成と形式美、優美な旋律 と、超絶技巧が炸裂するアレグロ を持つこの曲は、たとえ未完であっても一級の価値があるものです。

 

 

 

フンメルのピアノ四重奏曲 Op. posth. 4は、単なる「2楽章の小品」 で終わらせたくありません。

 

 

それはベートーヴェン初期作品へのオマージュとして「変奏曲」を待っていたのか、あるいは壮大なニ長調ソナタの「胴体」だったのか。この美しい「未完のトルソー」に耳を傾けるとき、私たちは1811年のウィーンで華が開き始め、さらなる高みへのフンメルの野心を感じ取ることができるのです。

 

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