【絶対名曲】シューベルト:弦楽四重奏曲 イ短調「ロザムンデ」D.804 | 室内楽の聴譜奏ノート

室内楽の聴譜奏ノート

室内楽の歴史の中で忘れられた曲、埋もれた曲を見つけるのが趣味で、聴いて、楽譜を探して、できれば奏く機会を持ちたいと思いつつメモしています。

Schubert : String Quartet in A minor, D.804 “Rosamunde”

「文句なしに」という言い方があるが、世の中にはそうした名曲が存在する。ある作曲家が作った曲の中に十指に余る名曲があればその人は大作曲家と呼べるのだろうと思う。フランツ・シューベルト(Franz Schubert, 1797-1828) の場合はモーツァルトよりも短命の31歳で早逝したため、有名になったのは没後になってからのようだ。死後30年以上経過した19世紀半ばに出版されたフェティスの『音楽家総監』においてさえも、記述は後輩格のメンデルスゾーンと比べても少なく、並の音楽家同様に簡略であり、膨大な作品の体系的な整理もまだまだ行われていないように見える。(参照:Fétis 仏語サイト

実際、シューベルト研究は19世紀後半から20世紀にかけて大いに進捗した。
 


 彼が亡くなる4年前の1824年は、才能の開花という点では「何が彼に起きたのか?」と思わせるほどの果実が出ている。室内楽だけで見ても「八重奏曲」、「アルペジオーネ・ソナタ」、弦四の「ロザムンデ」と「死と乙女」が作曲された。今回取り上げる「ロザムンデ」に関して言えば、それまでの12曲の弦四とは一段も二段も違う完成度の高い作品にいきなりなっている。当時27歳の彼にとってみれは、この曲が弦四の「第1番」の自信作であり、生前評価され、出版された唯一の曲だった。当時有名なシュパンツィヒ四重奏団によって初演され、献呈している。時間軸で見ると、偉大なベートーヴェンは存命中であり、後期の弦四(No.12~16)はまだ完成も発表もしていなかったことになる。1820年代とは、まさに古典派とロマン派が汽水湖のように並存していたことが驚きでもある。

 楽譜は、スコア、パート譜ともに IMSLP に収納されている。
IMSLP : String Quartet in A minor, D.804 (Schubert, Franz)
 

 

第1楽章:アレグロ・マ・ノン・トロッポ
Schubert: String Quartet No.13 In A Minor, D.804 - "Rosamunde" - 1. Allegro ma non troppo

                                           Hagen Quartett   

(2017年9月に書いていたメモ1)
 今月は久々にシューベルトの弦楽四重奏曲「ロザムンデ」を奏く機会が続くので、パートの練習をしている。折りしも秋の長雨で、うっとうしい空模様だが、この曲の冒頭の滅入るような第1ヴァイオリンの旋律にはぴったりである。よく例えられるのが日本歌曲の「城ヶ島の雨」だが、若い世代の人にはピンと来ないかもしれない。だがシューベルトの描く旋律は、どれもが太い黛で目鼻立ちを際立たせるように強烈な印象を与える。やはり天才だ。

     「城ヶ島の雨」北原白秋・作詞/梁田貞・作曲(Tadashi Yanada) IMSLP所収


(2017年9月に書いていたメモ2)
 さて伴奏音型のことを書き留めたい。第2ヴァイオリンの分散和音も絶妙だが、低音部の「ザーー、ザガザガ、ザーー」は独特のリズムで、

この楽章の舞台背景を整えている。ヴィオラとチェロのシンクロでこの4拍目の4音を乱れずに合わせる必要がある。それには伸ばしている音の3拍目を「ウン」と意識することが大事で、第2ヴァイオリンの分散和音の5音6音を聞き流さないのが肝要だ。雨で視界が白く見通せないような「薄絹効果」とでも言えそうな伴奏音型である。
 

 今になって感じるのだが、この第2ヴァイオリンの伴奏音型は、ギリシア美術のメアンドル模様(蛇行する川に由来)を連想する。シューベルトの音型にはしばしば無限反復を感じさせるものがある。

 ロマン派では、古典派のソナタ形式のような第1主題、第2主題とそれらの展開ではなく、いくつかの異なるテーマが次々に登場するように思う。ここでは高声部の2拍目にアクセントが入るリズムの鳴き交わしがある一方で、低声部では縄をなうような3連音符の応答が続く。

 次のテーマも主旋律も副旋律も絶妙なハーモニーで歌えるのが楽しく、そして美しい。


第2楽章:アンダンテ
Schubert: String Quartet No.13 In A Minor, D.804 - "Rosamunde" - 2. Andante

                                         Amadeus Quartett  

 ハ長調のゆったりした2/2拍子。余りにも有名で、心がなごむ「ロザムンデ」のテーマである。

Schubert: Rosamunde, D.797 - Entr'acte No. 3 Andantino · 

                                       Wiener Philharmoniker · Karl Münchinger
 もともとは前の年に完成した劇『キプロスの女王ロザムンデ』の付帯音楽D.797 の間奏曲第3番の冒頭部分のテーマを再利用している。

 


 この楽章でもテーマが様々に展開していくが、古典派の変奏曲形式で第1変奏、第2変奏と仕切りをつけるのではなく、中心テーマを即興的に展開させて流れていく。

 

 次のチェロから始まる変奏を受けての各パートの多彩なリズムの動きも見事と言うしかない。


 この楽章の根底にあるリズム音型がブランコか揺りかごのようにゆったりと反復される心地よさ。これはシューベルトが好んで使った音型の一つ(つまり所謂「シューベルト節」) なのだと思う。
 

 

Schubert: Rosamunde, D.797 - Chorus of Shepherds

                               Chamber Orchestra of Europe · Claudio Abbado

 劇音楽「ロザムンデ」の中でもよく知られた羊飼の合唱「野原を越えて」でも使われている。

 

 

Schubert: Fantasy in C Major "Wanderer", D. 760 - 1. Allegro con fuoco ma non troppo

                                                     Maurizio Pollini

 また「さすらい人幻想曲」D.760 の冒頭のリズムもこの形になっている。

 

 

第3楽章:メヌエット、アレグレット
Quatuor No. 13 in A Minor, D.804 "Rosamunde": III. Menuetto (Allegretto)

                                 Wiener Konzerthaus Quartett

 イ短調のメヌエット。チェロが先導し、他の3パートは一緒に動く。梃子の原理のように先に動いて他を動かすのも結構重い。

 

 トリオでは同主調のイ長調に変わる。第1ヴァイオリンの明るく美しいテーマが歌われるが、途中からチェロによる「稲妻の光」のように空を駆け抜けるパッセージが印象的だ。



第4楽章:アレグロ・モデラート
Schubert: String Quartet No.13 In A Minor, D. 804 "Rosamunde" - 4. Allegro moderato

                                     Emerson String Quartet      

 イ長調、2/4拍子。古典派の曲ならば、フィナーレで頻用される2/4拍子はロンド形式が多かった。シューベルトはこの楽章ではもっと自由に、即興性を重んじて曲を繋いでいったように思う。冒頭は明るく軽快だ。


 次のパッセージでは、第2楽章で出ていた(♩♪♪)のリズム音型がここでも出てくる。やはり「シューベルト節」だった。