ロシア国民楽派合作:ベリャーエフの名前による四重奏曲 | 室内楽の聴譜奏ノート

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室内楽の歴史の中で忘れられた曲、埋もれた曲を見つけるのが趣味で、聴いて、楽譜を探して、できれば奏く機会を持ちたいと思いつつメモしています。

Collaboration : Quatuor sur le nom "B-la-F"

 昨日、ミニ・コンサート+解説という形式の「レクチャーコンサート」の催しがあった。私たちのグループの演奏したのが、表題の「ベリャーエフの名前による四重奏曲」である。

 この曲は19世紀後半、ロシアのペテルブルグ音楽院を中心に活動していた国民楽派の五人組(バラキレフ、ムソルグスキー、ボロディン、キュイ、リムスキー=コルサコフ)に物心両面で支援していた実業家のベリャーエフの恩に報いるために、楽派で師弟関係だった老若作曲家4人が楽章を1つずつ分担して弦楽四重奏曲を作り、ベリャーエフが主宰していた《金曜日の集い》(Les Vendredis)の場で演奏したという。

作曲者は、①リムスキー=コルサコフ(Rimsky-Korsakov, 1844-1908)、②リャードフ(Lyadov, 1855-1914)、③ボロディン(Borodin, 1833-1887)、④グラズノフ(Glazounov, 1865-1936)の分担となっている。

 ベリャーエフのアルファベット表記は、Belaieff になっているが、元々のロシア文字表記で発音すれば「ベリャーエフ」と聞こえたはずで、B-la-F とすることで、ドイツ語の音名 B(ベー)は「シ♭」、la(ラ)はイタリア音名の「ラ」、F(エフ)は「ファ」、つまり「シ・ラ・ファ」の3つの音型を主題とした曲を作ったのである。同じ主題の四人四様の曲が聴ける(奏ける)という面白味があるのは当然だが、1886年作曲当時における彼らの年齢の違いを知ることもまた興味深い。

楽譜は Imslp に収められているが、合作のため、各人のコラボレーション(Collaboration)の項目に入っているので見つけにくくなっている。元々は当時のロシアの宮廷やサロンで用いられたフランス語表記になっている。英文表記は "String Quartet on the Theme 'B-la-F' ". 
 

引用譜例は Imslp のベライエフ社版(Belaieff)を使用。この会社もベリャーエフが設立したようだ。
http://imslp.org/wiki/String_Quartet_on_the_Theme_%27B-la-F%27_(Various)
 
 

Youtube でショスタコーヴィチ四重奏団のロシア風味たっぷりの演奏が聴ける。

 

 

第1楽章: ソステヌート・アッサイ~アレグロ

 リムスキー=コルサコフは当時42歳、代表的な作曲家として、あるいは教育指導者として活躍中だった。冒頭の短い序奏部は(譜例なし)ロシアの森の外れの霧の立ちこめた原野のような幻想的な情景を思わせる。「B-la-f」(シラファ)のテーマがヴィオラの独奏で始められる。

 続くアレグロ部分では、決然と「B-la-f」(シラファ)の音型がユニゾンで登場する。いかにもロシアの国民楽派らしい単純明快なテーマである。


第2楽章: スケルツォ、ヴィヴァーチェ

 リャードフは当時31歳。新進気鋭の作曲家として売り出し中だったと思われる。リャードフには室内楽曲が少なく、特に弦楽四重奏曲はこの曲以外には見当たらない。とは言うものの、なかなか見事なスケルツォ楽章で他の3人の出来栄えに遜色ない。

 

ほとんどプレストに近い速さで演奏される。1小節を1拍に取り、4小節区切りの4拍子のように飛んでいくといい。ここにも(シラファ・ソシラ)の音型があちこちで鳴り響く。

 


 中間部(トリオ)は一転して農民の歌う聖歌のようなゆっくりした神妙なテーマが語られる。ここにも「B-la-f」(シラファ)の音型がある。



第3楽章: セレナータ・アラ・スパニョーラ、アレグレット

 最年長のボロディンはこの時53歳、この翌年には54歳で世を去っているので、文字通り老大家の晩年の作品とされる。「スペイン風セレナータ」 (Serenata alla spagnola) と題された短い楽章。単独の小品としても演奏されるらしい。

 3/8拍子で伴奏部がピチカートで頭拍と3拍目で続くので、まるで隊商の駱駝の歩みのような起伏のあるリズムでエキゾチックな印象を醸し出す。その中でヴィオラが 「B-la-f」(シラファ)のテーマを長音で吐き出す。中間部にヴァイオリンの物憂げな哀歌が歌われる。

 



第4楽章: フィナーレ、アレグロ

 グラズノフは当時まだ弱冠21歳、才能ある青年としてリムスキー=コルサコフの指導を受けていた。彼はその後の管弦楽曲でもスケールの大きい構想力を発揮するが、この楽章でも堂々とした主題の展開を繰り広げる。

 

 

最近 Youtube でもいろいろな演奏団体がこの曲を取り上げている。演奏する立場から見ても、音楽の構成がわかりやすく、技術的にも難しい所が少ないので、楽しめそうな一曲としてお勧めしたい。