HUMAN LOG -67ページ目

ときどき、自己嫌悪

ときどき、自己嫌悪

自分で決めたことができない。
自分が作ったものが何だか納得いかない。
ささいなきっかけで自信をなくし、
ついでに自分がちょっと嫌いになったり。
期待する自分と、現実の自分のギャップが
そんな気持ちにさせるのでしょうか。
でも結局、自分は自分にしか戻っていけない。
それは最初からわかっているけど、
自己嫌悪はそれを納得するための
散歩みたいなものなのかなと思います。
そしてまた性懲りも無く、自分に期待したりして。
でも次は期待に応える自分に成長してるかもしれません。


卒業するということ

卒業するということ

学校からだったり、親からだったり、夜遊びからだったり、
会社からだったり、ひとつの恋愛からだったり…
ある一定期間が過ぎて、いままで居た場所から
去らなくてはならないというのは、ある種の切なさを伴います。
そこにはもう戻れないという観念がそうさせるのでしょうか。

そこを去らなくてはならなくなったということは、
その場所で何かを得た証拠。
そこに留まっていると、その場が与えてくれるものを
待ってる人に順番が回ってこない。
だからその切なさを振り切って、次の場所へ行かなくては。


喰って眠ればなんとかなる

喰って眠ればなんとかなる

骨を筋肉が守っているように、
精神を肉体が守っているんじゃないでしょうか。
精神の方がめげそうな時、体をケアしてあげるといいようです。
体の方に力がつくと、気持ちも少し強く持つことができる。
ぐっとこらえるとか、もう一踏ん張りきかせられるようになるのは
体が心を支えてくれるから。だからなんとかなると思える。
すごく粗野な言い方なんですが、ほんとにそうです。