毎日、授業は午前中だけです。
今日は、午後の私の行動をお伝えいたします。
午後はよく、空き教室で一人、勉強する。
この時間が結構好き。
まずはご飯食べたり、本を読んだりして、休憩。
それから勉強。
気付いたら寝てる。
起きてまた勉強。
時々、空き教室を求めて、学生がやって来る。
私が陣取っているのを見て、諦めて去って行く。
ドアが開く。
また教室難民か?
と思って、顔を上げると
掃除のおばさん。
「………何してるの?」
おばさんは聞いてくる。
見てわからんかな、と思いながら
「勉強してます」
と言う。
「掃除しますか?どうぞどうぞ」
そう言うと、おばさんは
「いいのいいの、勉強してて、勉強してて」
と言って去って行った。
なんだったんだろう。
次の日。
ドアが少し開き、隙間からおばさんが覗いてくる。
「…何してるの?」
と聞いてきて
「…勉強してます」
と答える。
そんなやり取りが、ほぼ毎回ある。
ある日、私は思いっきり寝ていた。
ぐーぐー寝ていた。
起きてもしばらく、頭が冴えない。
ぼーっとしながら、思う。
「…最近、寒くなってきたな。
教室でも肌寒い。」
引き続きぼーっとする。
そして、聞きなれない音に気付く。
ゴー、という機会音。
きょろきょろして、気付く。
クーラーがついている。
「そりゃあ寒いはずだよ」
と思いながらクーラーを消し、考える。
…誰がつけたんだ?
私が爆睡している間に。
教室難民の学生が、クーラーをつけて行くことはないだろうし
あの掃除のおばさん?
いつも掃除の邪魔をしている私への
「肌寒くして起こしてやろう」という
ささやかな仕返し?
それとも、なんなら
「私、来たわよ」アピール?
わからない。
仕方ないから、とりあえず
勉強しよう。
そして、次の日も、おばさんは現れ、聞いてくる。
「…何してるの?」
昨日、クーラーつけました?とも聞けず
答える。
「勉強してます」
午後、私は
寝たり、勉強したり
掃除のおばさんと戯れたりしています。
うちのクラスの先生は
自称「民族大学のお茶博士」
昨日、私達を
お茶っ葉のお店に連れて行ってくれました。
大学に集合して
そこからタクシーに乗り、「中国茶城」というところへ。
「中国茶城」は、別にお城ではないけれど
大きな建物で、中は色んなお店に分かれている。
一階は主に茶器のお店。
よくわからないけど、コップとか、急須とか
象牙で作られた、何かとか。
二階は茶葉のお店。
先生は馴染みのお店らしいところへ入っていった。
「ちょっとうちの学生たちに、お茶試飲させてあげてよ」
そんなことを言って、試飲開始。
中国茶を買うときは、やたらと試飲させてくれる。
すごく小さいコップだけど
お茶は、淹れた回数によって味が変わるので
何回も淹れてくれる。
そして、茶菓子も出してくれる。
タダでお茶を試飲し、茶菓子を食べ
お店のおっちゃん相手に中国語の練習をする。
おっちゃんは気前よく、一番高い烏龍茶なんかも出してくれた。
500gで3万円ぐらいするらしい。
正直、私なんかは、安いのとの違いがイマイチわからなかったけれど
「う~ん、こっちの方が香りが甘いかな?」
なんて言ったら
「そう!その通り!」
と言われ、ちょっと嬉しくなる。
中国紅茶も飲んだ。
おっちゃんは、紅茶の歴史を語り始める。
「昔、中国は八つの国から攻撃を受けたんだ。
イギリスが一番すごかった。
それで―」
おっちゃんは、何ら悪意なく言ったが
クラスのイギリス人が二人とも、少し背中を丸めた。
先生が笑いながら言う。
「まぁ、歴史の話だからね
そんなん言ったら日本だって、なぁ?」
そう言われ、私も少し背を丸める。
でも、そうやって笑い飛ばしてくれて良かった。
おっちゃんの話は続く。
「そのとき、イギリス人が
中国で有名なお茶の専門家を数人、イギリスへ連れて行ったんだ。
それで、イギリスで紅茶作りが始まった。
だからイギリスの紅茶はもともと、中国の紅茶なんだ。」
先生が言う。
「イギリスの紅茶って有名だよね。
リプトンとか。」
するとイギリス人が猛反発。
「あれは有名なだけだ。
イギリス人はあんな紅茶、誰も飲まない。
勘違いしないでくれ」
私、なんなら、リプトンって
日本の会社かと思ってた。
最後に、先生が冗談めかして言う。
「お茶は、淹れた回数によって味が変わる。
一回目は、17歳ぐらいの女の子。
二回目は、27歳ぐらいの女性。
三回目は、37歳ぐらいのオバ…女性。
人によって好きなのが違う。
先生は二回目が好きだな。」
私はというと
どうも、三回目が一番おいしいような気がした。
お茶の世界は深いです。
深くて、よくわかりませんが
おいしいお茶を飲んで、お茶菓子を食べて
お店のおっちゃんと話しているのは、とても楽しいです。
さて、そろそろ私にも
選択の時が迫ってきました。
今後、どうしましょう。
大学四年の頃から
自分で選択する機会が増えた。
親が台湾へ行くことになったとき
私は、自分も行くと選択した。
自分も行くと選択したので
そのために、日本語教師になることを選択した。
更にそのためには、資格を取る学校を選択し
その後、就職先を選択する。
親が北京へ行くと決まったとき
私はこれまた、自分も行くと選択した。
少し貯金できていたので、留学生になることを選択し
仲介業者を選択し、学校を選択した。
私の留学生活も、そろそろ終わりが見えてきた。
さて、今後、どうしたものか。
また、選択の時がやってきた。
今までは、日本に帰って仕事を探そうと思っていたけれど
最近、中国でまた日本語教師をやろうかと考えている。
台湾だと、大卒の人が大学で働くのは難しかったけれど
中国では、大卒でも大学の講師になれる。
以前は塾で働いていたので
大学で教えるということも経験してみたい。
自分に合った大学から、いい返事がもらえたら
もう少し、中国に留まってみるのもいい。
自分が選択すると、その道へ進んでいく
当たり前のことだけれど、つくづく、そのことを感じる。
全ては自分の選択にかかっている。
例えば、最近、なぜかキルギスタン人が求婚してくるのだけど
その人と結婚すると選択したら、一体全体、どうなるのか。
中国に来るまで名前も聞いたことがなかった国へ移り住み
また一からロシア語を勉強し
イスラム教に改宗。
生まれた子供をロシア語であやしながら
「久しぶりに豚肉も食べたいなぁ」
なんて、ぼんやり考える自分。
もちろん、その道を選択するつもりはないけれど
自分の意志で、未来はどうにでもなってしまうんだなぁということに
最近、少し驚いている。
自分の選択と、あとは運やら縁やら、目に見えない何か。
はてさて、私は一体、どこへ流れていくのやら。
何かを選択できる
そのことへの感謝の気持ちを忘れず
今後も、いい選択をしていければと思います。
ただ、基本的には、いつでも
「棚からぼたもち」を夢見ている私です。