お疲れ様です。4Sマネージャーの真木優寿です。投稿が遅くなり大変申し訳ありません。
引退まで気がつくと1週間となってしまった。この投稿が引退ブログという形になるのだと思う。
私のHUBC・ボート部での3年半は、偏に同期・先輩・後輩の寛容さに支えられてきた。迷惑を掛けた回数は数えきれない。
本当に申し訳ありませんでした。そして本当にありがとうございました。
この3年半はとても濃密で長く、早く引退したいとさえ思うこともある日々だったが、思った何倍も淡々とあっさり終わろうとしている。それはある意味当たり前で、私がマネージャー生活の中でやっていたのはご飯を作ること、学連での大会運営と練習環境の維持くらいなもので、特段イベントがあるわけでもなく、日常を作る助力をするものだった。しかしながら、その変わり映えのしない毎日に飽きることなく全力を出し、少しの成長があれば喜び、無ければ悔しがることが求められていたのだと思う。
自分の3年半を振り返った時、色々言い訳することは出来るけれど、もう少し頑張れたなと思うことばかりだ。少なくとも全力ではなかったなと思ってしまう。力を残したままゴールした持久走のような感じがする。
入部当初は、自分にはもっと色んなことを同時にこなせるキャパがあると思っていた。ただ、過ごしている中でそうではないということを嫌というほど思い知らされた。その少ないキャパを、もう少しボート部での生活に注げば良かったなと思うし、もっと言えば、優先順位を付けて何かを犠牲にする覚悟を持つ必要があったと思う。私の反省を一言で言えば、今しか出来ないことをもっと見極めれば良かった、ということだ。理想論にはなるが、欲張り過ぎず、ダラダラすることなく、有限な時間の使い方を能動的にコントロール出来れば良かった。
さて、ここまで反省が続いたので、それ以外についても書いておきたい。
まず、自分でも4年のインカレのタイミングで引退という形でHUBCを去ることに驚いている。恐らく多くの先輩たちが「こいつは早く辞める」と思っただろうし、自分もそう思っていた。事実、2年生の後半は休部していて、退部も考えていた。その中で学連の幹部を務めることになり、部活に残る道を選んだ。同期マネージャーが少ない中で、私がHUBCではなく主に外部で活動するという決断を受け入れ、HUBCのために奔走してくれた牧原・奴田原の二人と後輩たちに、この場を借りて感謝したい。
部活に復帰した際は、あと2年という期間の長さと、今の自分がまだ折り返し地点でしかないことに、かなり絶望もした。一番考えたのは、引退を迎えた時に何も得ることが出来ず、4年間を部活動に捧げたことを後悔したらどうしよう、ということであった。ただ、それは杞憂に過ぎなかったと今は思う。上手く言語化できないし、全員が同じ成長をするわけではないので言語化する意味もないだろうが、この4年間を過ごす中で得られたものはあった。実感できるほどに成長もしたと思う。後輩のマネージャーたちの中には、過去の私と同じような気持ちを抱えている人もいるかもしれないが、絶対に得られるものはあるので、なんとか最後まで駆け抜けてほしいし、自分にできることを常に考え、後悔のない引退を迎えてほしい。
最後に、学連で支えてくれたみんな、関係者の方々には、たくさんのご心配とご迷惑をおかけしましたが、本当に楽しく、成長できた日々でした。本当にありがとうございました。
後輩たちからもらったアルバムを読みながら。