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遅刻しそう



投稿ツイッターじゃなくこっちだった…


昨日は駅前でクラッシュした車、今日は消防車、


呪詛の眼差しに追いかけられてるんですねわかります


一生楽して遊んで暮らしてえ
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いつもいつも遅刻ギリギリで走ってる

ランニングもいらないくらい…


子供の時は、バレーボールをやってた母親に、


なぜか自分を投影されて、運動部にはいらされた。

美術部に入りたかったのに。


陸上部に入って朝から晩まで走ってた

競技大会にもでた。


めんどくさかった。
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8月24日、誕生日だった。



二十○年前に私が生まれた日は、台風が上陸して電車が止まって、


父母の田舎の長野から上京した祖母が、


荒れ狂う雨と風の中で電車に閉じ込められ、立ち往生したのだそうだ。



母から聞いただけの話だけど、祖母は、私の誕生に間に合ったのだろうか。

私の誕生のときの写真には、一枚も祖母の写真はない。


まるで、そこに祖母は最初からいなかったように。



私の命は、荒れ狂う風と雨にさらわれ、


私の命を待ち望んだ人の手から、押し流されてしまったのだろう、きっと。



20歳の誕生日のとき、「死の瞬間」「人生は廻る輪のように」などの著者、


エリザベス・キューブラー・ロス氏の訃報を聞いた。





誕生日の日、私は、いつもどこかで、死と不在を悼んでいる。


誰かの死、私の死と不在を悼んで、いつも何かを葬送している。


毎日繰り返される一日の葬送、誕生と死を繰り返す、一日の黄昏を見つめるように。

17歳のとき、人を殺したくてたまらなかった。






今にも通りに踊り出て、手あたり次第に殺して回りたくて仕様がなかった。




殺意を意識したのは、9歳のとき、




最初は、家族を皆殺しにしたかった。






それから、私が不適応を起こしている社会を滅亡させ、




人間を全滅させたくなった。






私は、世界中の人間の、誰一人とも、同じではない、




世界中の人間と、私は、対立する。






私は、物心ついたときから、人間が怖かった。




人間の社会が怖かった。






人間のすべてが怖かった。






家族は、私の意志を食い荒らした。






私にとって、他者は、私が私であることを喰らう、化物だった。











だから、恐怖と闘うために憎悪を武器にした。






これ以上、「私」に侵入したら、殺す。






私の意志、私の感情、私が私であることを、






これ以上、






食い殺したら、






私の殺人もまた、正当化される。








憎悪は恐怖から生まれた自己防衛のためだったけど、






年々肥大し、家族だけではなく、一般人にまで広がった。








17歳のときにピークに達した。











よく、「大人しくて普通のイイコ」だった人が、






突然キレて犯罪を犯す、というけど、






それは不思議でもなんでもない。






「大人しくてイイコ」、






「イイコ」という価値観なんて、他者のものであるはずで、






自分自身の価値観を守って生きてたら、






絶対に「誰が見てもイイコ」の人間なんかできるはずがないのだ。






誰かが誰かを「イイコ」だとか「大人しい」だとか「普通の子」






だとか見てる時点で、






その人の、その人がその人であることの根源は、






他者の価値観に蝕まれ、食い荒らされ、






他者の圧力によって剪定されているだけのことなのだ。











「自己へのレイプ」。






自分が自分であることの価値への侵食。






もし、「私」が「わたし」である価値も、意味も、存在理由もない、






だから、ずっと永遠に、自分以外の誰かにとってだけ正しい






価値観に従って生きていかねばならないとしたら、






「私」が「わたし」として、ここにいる必要はない。






「私」が「わたし」であることの価値も意味も存在理由も、何もない。








自分の存在理由も存在価値も何もない、と教えられるから、




他者の価値観に従って、「他者にとっての」イイコ、






模範的な「大人しく普通のイイコ」が出来上がるのだ。








そういう「自己へのレイプ」と




「自己の存在価値への殺害」をされ続けたとき、






支配下の「自己」は爆発する。






今まで「殺され」てきた、






「自己存在の価値」と同等の、






「他者の命」による「償い」を求める。






今まで、自分には価値がないとされ、






他者の価値観を押し付けられて、殺されてきた自己の復讐。











そういう子は、キレルのではなく、






「キレさせられている」のだ。






誰もその人が本当はどんな人なのか、






本当の名前は何なのか、






そんなことはどうでもよく、






誰もが自分にとって都合のいい投影の中に






存在を押し込めているから。






一度、自己存在の意味を無価値化されたら、






安心して世界に自己を出せなくなり、




その後はずっと、他者の思惑に自ら支配され従うことで






存在意味と価値を見出すことになる。








そうしてどんどん、自分の中の自己、




私の中のわたしがアノニマスになっていく。









私も、それまでニュースで見た、






その類の殺人事件に共感するとともに、






明日にでもそうなってしまいそうな自分が怖かった。








たぶん、だから、






ことさらわかりやすいモラルと






道徳的抑圧を自分に課したのかもしれない。






今にも人を殺してしまいそうで怖かった。








だから、もっとイイコになるように勤めた。








わかりやすい価値観で自分の爆発しそうな殺意と破壊を、






枷にはめ、檻に閉じ込めた。






18歳のとき、ヒトラーの台頭を切望した。






私が9歳のとき、兄に、「ヒトラーを尊敬する」と言われて引いた。








世界で戦争が起きて、






世界が滅んで、人間が一人残らず死滅することを望んだ。






世界に血と苦痛の降り止まない雨が降ればいいと望んだ。






私の心みたいに。






私だけが苦しんでいるのが許せなかった。






そういう自分を一生懸命糾弾した。






糾弾しないと、枷を振り切って爆発しそうな自分が怖かった。










一生懸命、「世間的に正しいこと」を主張した。












自分の中の濁流を抑えるために、












彼らと同じ濁流が流れている水源を断つために。










世界が嫌いだった。






世界を憎んでいた。






世界を絶滅させたかった。










世界は怖かった。






世界は醜かった。






世界は汚かった。







人間も、






私も。



信州の祖母の家は、

私が生まれる前、父や叔父が生まれる前、
100年も前に、祖父が近所の人たちと力を合わせて、

基礎から一から手作りした家だった。
祖母にとって唯一、もうこの世にいない祖父の記憶の拠り所だった。



だから、祖母は倒れて要介護状態になっても頑なに施設に入ることを拒んだ。

祖父は大工で、凝ったタイル張りや戸の細工など細かにされていた。

祖父が脳卒中を起こして寝たきりになったとき、

一番近くて県内で一番代表的な病院に祖父を入院させたら、

寝たきりの入院患者への介護放棄、患者虐待をしている病院だった。


祖父の体は痛めつけられていた。



祖父は私が9才の時に死んだ。
ぼろきれのように。
それからその病院の院長が逮捕された。
その病院の院長には今、逮捕された院長の息子がなっている。



母は、嫁ぐ前から父を嫌い、父の祖父祖母も憎んでいた。
「うちの母ちゃんよくいってたわ。
あんな男に(母)が嫁ぐなんて可哀想だって」
飲酒にトラウマがある母は、たしなむ程度にしか酒を飲まない祖父や父の飲酒を憎悪した。
母が嫁いできてから母と祖父祖母の関係は険悪になった。



祖父が寝たきりになり、病院で事件に巻き込まれ、
祖母が倒れ介護を要したとき母の感想はただ、面倒を起こしやがって!だった。



++++++++++



母は子どものころ、町医者の父とその看護婦をしていた母を持ち、

貧乏人には無償で治療をするので善意の人と見られていた父親は酒乱で、
暴れて刃物を持って追いかけてくる父親から母が村中を逃げ回っていたほど有名なのだと、
父の妹である叔母は話してくれた。

母は、父も父方の祖母も祖父も叔母も叔父も、
バカ野郎!バカ!バカ!といくらでも口汚く罵るが、
自分の親族は決して悪く言わない良くいうことはあっても。
そもそも母から直接、親きょうだいの話や子どもの時の思い出話を一つも聞いたことがない。
まるで母から一切の過去が消えてしまったように。




母の酒乱の父親は、母が高校生のとき、轢き逃げにあって死んだ。
ぼろきれのように。

母の口から唯一聞いた、父親への感想は、

あの時父が死んで呼び戻されなかったら、
あの時私は、バレーボールの大会に出て、
優勝して、オリンピックにも出られたのに。



それだけの実力があったのに。

大学にも行けたのに、いけなくなった。
あの時、父が死んだせいで。


あの時、父が死ななければ。
それだけだった。
母の父を轢き殺した車の犯人は、戦後のどさくさで、捕まっていない。

もう、永久に、誰も知らない。





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大工だった祖父の影響か、父親の職業は、
タイル張りや壁紙のデザインを決める内職工?らしかった。
日曜大工をよくしていた。

そして、祖母の家の庭をよくいじってた。
特にバラなど花々を咲かせる世話をしていた。
祖母の庭は明るい絵の具を撒き散らしたように花々が咲き零れていた。
私はそれが嫌だった。


子供には何一つ関心を向けないどころか、
「人間は機械だ」が持論の父が、花には執着する、
その心理が理解できなかった。
父にとって「人間が機械」ならば、花は、なんなのだろう、と思っていた。



父の目に、生命は、どのように映っていたのだろう。
私が父を知る日は、もう、永遠にこないのだろうか。
父にとって「人間が機械」なら、父にとって、花に生命はあったのだろうか。
父にとって、生命のあるものと生命のないものの区別はあったのだろうか。
どのように区別していたのだろうか。



バラの花に虫がわいた、バラの葉っぱがアブラムシに食い荒らされた、
と大騒ぎしていた父を思い出す。
父に手をかけられて咲いた花々は、私にとって、キレイというよりも、
花ほどにも手をかけられない、ここにいる私の無様さ、
という怨嗟を沸かせ、不可解さを深めさせた。



私はどうして父にとっての花になれないのか・・・・・
いくらアタマを絞っても答えの見つからない知・・・・・
私の無能さ無知が及ばない父という未知への無力感、絶望・・・・・・・
父という知、父という未知・・・・・・・




私にとって、父が咲かせた花々は、私にかけられるはずだった父の愛情を奪って、
父の愛情を私から吸い上げて、初めて美しく咲いている花々だった。

私にとって、禍々しいほどの憎悪の対象でもあっただろう。
きっと、こんな花々なんか、燃やし尽くしたい、と、潜在的にどこかで望むほどの。



++++++++++



親が子供を国家に売れる国家になったら、もしもここがそうだったら、
親の人生は、私などをとっとと売り払って、
少なくとも今よりは、もっと幸せで安泰な人生だっただろう。
そう考えると、見せ掛けだけでも機能している民主主義が、
ある意味どこかで、誰かを不幸にもしているんだな。


そういえば、
「もしも今ここに手元に銃があったら、
お前なんかとっとと撃ち殺してるんだよ!!」
と父に言われたことがあるけど、ある人々にとって、
今、ここ、よりももっと、望ましく、相応しい、
体制、国家、場所、というものがあるんだろうな。


家族を国家に売り払える国、体制・・・・・・・・
今、ここに、手元に銃があって、その気になれば、すぐにでも、
気に入らない目の前の相手にぶっ放せる場所・・・・・・・・
その人たちは、今、ここにいて、幸せなんだろうか?


ある人たちにとっての望み、幸せを、民主主義や、
人権という見せ掛けで見えなくしてしまうのは、
ほんとうなのかな。



民主主義や、人権、というスローガンの水面下で、
潜在的に、今すぐ相手に銃をぶっぱなしたい人がいて、
目障りな子供を閉じ込めたい親がいるわけだし。


独裁国家や体制、というシステムが悪い、
人間はいつも、システムの犠牲、ってわけじゃないんだよね。
そういう体制を作り、望み、維持し、生み出しているのは、人間でしかないんだから。
システムが生まれてくる場所は、人間の中でしかないんだから。



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私は基本的に対人恐怖で緘黙症なのだけど、
あるときから、演技をすることを覚えた。




私が子供のころから親に、何万回も、
おまえみたいな異常でキチガイで狂ってて精神病なヤツは、
世界中でお前しかいない、お前の言うことなど、
誰も理解しない、お前一人だけが、世界中の誰よりも狂ってるんだ、
と言われ続けていたから、


リアルな目の前の光景や、
自分自身から一歩距離を置く演技で生きることで、
現実感を希釈させた演技の中にいることで、
不自然で不器用だけど、かろうじて、ものをいい、なにかすることができた。



全てが演技、全てがうそ、という世界にある時から落ち込んでしまうと・・・・・
もはや、何がうそで本当なのか、何が現実で夢なのか、
どこからが自分でどこからが他者なのか、リアルの全ての色と形と境界線が、
ミキサーにかけられたように、ぐしゃぐしゃになる。



そうでもしなければ、小学生に上がる前から登校拒否になって、
自身を完全閉鎖しているだろう。
いや、今も、私は自分を完全閉鎖しているけれども、
演技でそうでないように見せかけているだけなのだ。
素面でいるよりも、誤魔化しの中で生きることは、
もっと厄介なことかもしれない。




喉の中で声が死ぬ。

母の胎で死んでついに外気を呼吸し産声を上げることがなかった胎児のように、

私の中で声が死ぬ。

私は何も信じていない。