友人からアドバイスを受けました。

「家族愛で支えましょう」、「それが特効薬だよ」と。

本当に、効きました。^^


父親の認知症、最近結構落ち着いてきました。
ちゃんと現実世界に関わるような会話ができるようになってきましたし、
先日、私に嘘までつきました。
その嘘の背後にある動機が見え見えだったので、
微笑ましくて、騙されるふりをしました。

父の嘘は、嬉しいです。
妄想と嘘は、どちらも事実と異なることですが、
嘘をつくためには、
「現実」を認識していないと無理なので、
妄想の世界から全然出てこられなかったときの父を思うと、
いまの状態がとても嬉しいです。

そして、礼儀正しい父に戻っています。
キスもハグも拒否しなくなりましたし、(笑)
何かしてあげたら必ずお礼を言ってくれます。
今日は自分で水を飲もうとしたらしく
コップごと床に落としちゃって、
私が駆けつけると謝りました。
怪我していないのを確認し、
笑顔で「全然いいのよ、気にしないで」といい、

またキスキスマーク
(↑しつこいかな?~笑)
実は発病してから、自分でコップをとろうとしたのは初めてでした。
時計も見たりするようになりました。

前はめちゃくちゃ怒っているか、怖がっているか、
生きる意欲が全くなく、何事にも無関心で、
ただぼ~っとしているかのどれかでした。
これも1つの進歩だと思って本当に嬉しかったです。

当たり前だったことが、
いま1つ1つ、幸せに感じます。

認知症と薬の副作用両方の影響で、
飲み込みが困難になってきたようですし、
ずっと寝ているので、何かを飲むとすぐにむせちゃいます。
それで、スープや麺類は水溶き片栗粉でとろみをつけ、
ジュースとハーブティー、牛乳などは寒天でゼリーにし、
リンゴはおろして食べさせます。
そのほうがむせなくて飲んでくれます。

さっきは、出かけている母のことを、
ちょっと愚痴っぽく言った後、
「あ、でもお母さんにうるさく言ったりしないでね。」と、
「二人だけの秘密にしようね」的な表情をしました。

なんだか、これだけで嬉しくて涙が出てきそうでした。
昔のお父さんでした。
今日の父の表情の豊かさに乾杯したい。

そして、謙謙。
わがままだからおばちゃんはよく厳しく叱るし、
夕べも一緒に遊べなくて謙謙が勝手なことばかり言ったので、
怖い顔をして怒鳴りました。

が、今日学校から戻ってきた謙謙が、
一直線に私の部屋に駆けつけて、
プレゼントをくれました。↓



kenkara

写りは悪いですが、
花束の包装紙に当たるところに、
「おばちゃんへ、謙謙より」と書いてあるので、
作った当時から「おばちゃんに」と決めてあったらしいです。

最近謙謙が甘えてきてもなかなか付き合えなかったのに。
嬉しいのと、ちょっとだけ疚しさ、
そして、不思議な感じがしました。
自分は根に持つタイプあせあせなので、
子供にこんな接し方をされると不思議で癒やされます。

下の兄の子供で1歳4ヶ月の甥宗ちゃんからも、
最近色々と感動をもらっています。

毎日家族愛に支えられて生きています。^^

この前、下の兄嫁のCちゃんと二人で
鍋を食べに行ってきました。

兄嫁が選んだ店で、私は初めてでした。↓
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川巴子餐館<復南店>
http://cbz.buyben.com.tw/bossco1/front/bin/home.phtml
住所:台北市大安區復興南路一段144號1,2樓
=============================

「麻辣火鍋」という辛いお鍋の店で、
おいしかったです。

Cちゃんはその日、右手に怪我を負い、
割り箸を使うと、ちょうど先端が傷口に当たってしまいます。
本人は大丈夫だと言い張りますが、
痛々しくて、私は若い男の店員に事情を説明し、

「菜ばしとか、長めのお箸は調理場にないでしょうか。」

とたずねてみました。
すると、店員さんは頭を傾げて、

「申し訳ありません。ちょっとございませんが。」って。

「そうですか、ありがとう。」と、にこっと笑いながら、

内心では

「調理場にあるはずでしょうが若いから知らないんだろうな。ちぇ!」

と文句を言っていました。

仕方なく食べ続けて10分ほど。
店員さんが照れくさそうにあるものをCちゃんに渡し、

「これをお使いください。」と去っていきました。
渡されたのは・・・↓

hasi

つ、つくってくれたぁ!長めのお箸。
ものすごく感動しちゃいました。
このちょっとおばかでかわいらしいやり方にやられました。揺れるハート

使い心地、最高だそうです。ウインク

その後、その店員さんと目が合ったとき、
大げさにウソ泣きのまねをしちゃいました。( ´艸`)
ああ~「おばはん」になっちゃったな。

こういう場合は照れながらもちゃんと褒めるというのは、
年をとってからの方針なので、
帰り際には、店のオーナーに簡単に伝えました。

「調理場には(菜ばしが)ありますが、
あの子知らないんでしょうね。」とオーナーも苦笑い。

「こんなサービスの良い店だから、
絶対にほかの友達もたくさん連れてきます!」と、
その店員さんの親切さは
直接に売り上げに繋がるものだということを匂わせました。
オーナーは

「わかりました。ご褒美をあげましょう。」と笑いました。

ちゃんと、ご褒美がもらえたかな?

2005年に起きた甥の溺水事故で、
6人が起訴されたという結果が出ました。


一昨日の夜から、たくさんの記者が家に来ました。
昨日の新聞やテレビニュースにも出ました。

新聞に載っている、私には初めて見た6人の名前を眺めて
ぼ~っとしました。


起訴された。


色んな複雑な理由で、事故に関して、
家族の間でも素直に気持ちを語り合う機会は
ずっとありませんでした。
あるいは、「家族の間だけでは」
素直に気持ちを打ち明けることができなかった
というべきかもしれません。
(私も、アメブロやmixi日記で事故の経緯をまだ述べていません。)


テレビ越しに、兄の気持ちを聞けてよかったと思います。
一緒に暮らしていますが、なかなか他人の手助けがないと聞けません。
やっと、兄の近くにいられた気分で涙しました。
甥が歌いながら踊っている、事故前の映像もありました。
いまの植物人間に近い状態の映像ももちろん放送されました。
どちらも、かわいい。


2年以上経ったいまでも、
起訴された人たちは一度も謝りに来ていません。
どんな顔の人たちかな?
その人たちの家でも、小さい子供がいるでしょうか。
起訴されてこれからどうなるんだろう…


なんだか、もうどうでもいいような気もします。


ただ、似たような事故はもう起きないように
安全対策はしっかりとってもらいたいものです。

2008年の始まり。

体調が悪い中、歳不相応なことをしてしまいました。

友人の誘いで、一晩寝ないで、

台湾の東北の海岸まで、 初日の出を求めてドライブしてきました。


友人曰く: 「こんなことをするのは、人生で最後なのかもしれない。」

その通りちょっときつかったです。


昔は、大学の写真部仲間でよくやっていたのにな。

当時は夜景撮影に夢中な先生について、

北の海岸線に沿ってドライブし、

夕焼けを撮って、おしゃべりしながら星も撮って、

そして朝焼けを撮ってから台北に戻る。

それでもまだまだ解散しない。

あるいは、4泊3日の合宿で、

毎晩のように2時すぎまではしゃいで、

それから3時半起きで、

4時半にはもう山のてっぺんに三脚を立てて

日が昇ってくるのを待っている。


若かったな。楽しかった。


今回はあいにくの曇りで、

海を眺めているといつのまにか空が明るくなっていました。


初めて太陽を見たのは、帰り道でした。

hi

久しぶりにNHKニュースを見ました。

末田正雄アナの顔が懐かしくて、

なんだか昔の友人に再会したような錯覚にとらわれて、

一瞬喜んじゃいました。

おかしいですよね。 σ(^_^;)


日本は普段雪が降らないところでも降るので、

スリップに充分ご注意くださいって。

充分ご注意くださいね。


ちなみに台北は、ようやく20℃を切ったところです。

41年前のイブ、両親が結婚式を挙げました。
1

↓これは婚約のときの写真。

3

母のチャイナドレスの中でいちばん気に入ったもの。

いまは私のものになっていますが、

そのままのサイズじゃ…入らなかったので、

直してもらいました。

それでもちょっときついくらいです。

2

日曜日に、私の友人3人が家に遊びに来てくれて、
みんなでプチお祝いをしました。

人を喜ばせるのが上手なMちゃんは、
花束を持ってきてくれただけではなく、
母に三十年くらい前のチャイナドレスを着させちゃったりして、
(きゃ~!!!)
記念に写真まで撮ってくれました。

4

「すごいな、私には、30年前の服なんか全然入らないんだから…」って

その横で、もう一人の友人のTちゃん(30代)が呟いていました…
こんなごますり上手な友人たちがいて、幸せなのか不幸なのか…(^^;)


ちなみに、「お母さんは41年前とほとんど変わりませんね」なんてお世辞は
ありがたいですが、お断り致します。(* ̄Oノ ̄*)

これからお父さんの昔の彼女にクリスマスカードを書きます。クリスマスツリー

昔の彼女って、もちろん結婚する前の、です。(笑)

そのおばさんは、いまアメリカ人と結婚し、向こうで暮らしています。

毎年クリスマスになるとカードが届きます。

なのにいい加減な私たちはいつもおばさんのカードが届いてから、

初めて「あっ!こちらからも送らないと!」と、 遅れて出しています。


父は母に気を遣ってか、 自分から返事を書くことはありません。

昔は母に書いてもらっていましたが、

その後しばらくは私が代筆していましたが、 留学の間はまた母の仕事に。


父親を妄想の世界からこちらへ引っ張り出そうと、

選んだカードを見せ、 おばさんに何を書いたらいい?と聞いてみました。

そうしたら、

「ご一家元気でいらっしゃることを嬉しく思っています。

家もみんな元気です。 いつでもおばさんご一家の幸せを祈っています。」

と書いてくれと。^^


別れた恋人同士は、

年月が経って、年老いても、

こんな風にでやりとりができるのが、

とても素敵なことだと思います。


お父さんの恋人だった人。

いまでも覚えてくれていて、気にしてくれていて、

きれいで、優しい方。

心から、いつまでも幸せでいらしてほしいです。

感じることが多い近頃です。

誰かとシェアしたい、ちゃんと報告したい、感謝したいことなど

書き留めておきたいことはたくさんありますが、

書きかけてハプニングがあったり、いまいちエネルギーが足りなかったり、

どこからどう書けばいいのかわからなかったりして、

結局語れなくなってしまっています。


みなさんのブログやHPもあまり訪問していなくてごめんなさいね。


きついこともあれば、嬉しいこともたくさんありますよ。

悲しい涙よりも断然嬉し涙のほうが多かったです。

相変わらず、周りの人々の優しさに甘えて元気に生きています。


幸せを感知するセンサーは正常作動中。(^-^)

大丈夫なのだ。チョキ

棚にある本を整理していたら、大昔買ったエッセー集が出てきました。

久しぶりに読んだ張曉風 の文章がよかったです。

「從你美麗的流域」という題で、

彼女が半年滞在した香港を離れる前に、

その土地へのプレゼントとして献血した話でした。

その中で、《後漢書・襄楷傳》の一節が引用されています。


「浮屠不三宿桑下者、不欲久生恩愛」*


日本語に訳すと


「僧侶は情が移らないように、同じ木の下に三日以上宿ることはない。」


という意味かな。


なるほどと思いながら、私は僧侶ではなく、俗人ですから。


献血が終わって、

「あなたの血液はどなたにあげるか、ご指定になりますか?」と聞かれ、

張暁風は「いいえ、誰にでもいいです。」と答えました。


「幽微的星光,不過想用最温柔的方式説明自己的一度心事,

又怎有權利預定在幾千幾百年後,落入某一個人的視線?」


星のわずかな光は、

いちばん優しい語り方で自分のそのときの気持ちを説明したいだけなので、

何千、何百年後、誰かの視線に入れたいなんて

予定を立てる権利あるわけないでしょ?


ついつい傲慢になっちゃう自分のために、

ここに記しておきます。


そして、自分が大事にしている人や、

ペットや、植物や命のないものとは、

いつか耐えなくちゃいけないお別れの痛みを覚悟して、

それでも同じ木に宿り続ける勇気を持つように祈りつつ、

俗人として生きていきます。

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*原文:「浮屠不三宿桑下、不欲久生恩愛、精之至也。」

友達運が本当にいいんですね、私って。

心配かけてしまってすみません。

それからメールをありがとう。

そのうちちゃんと返信しますね。

君たちのメールがないと、上手に泣けなかったんだろう・・・

泣かしてくれて(笑)ありがとう。

たくさんの、優しい友達がいてくれるから大丈夫です。

毎日元気ですよ。

みんなも、体に気をつけてね。