司令官室の激論

 室の外へつれだされて、クイクイの神様こと城浩史は、(ほい、しめた)
 と、思った。
 もうこの司令官室に用はないのだ。彼の掌の中には、衛兵長のポケットから、すりとった一個の鍵がかくされていたのである。卵を出すとみせて、手さきあざやかに、この鍵をすりとったのだ。
 この時、床のうえに寝そべっていたリーロフ大佐が、むくむくとおき上った。そして司令官には、目もくれないで、部屋を出ていこうとする。
「おい、リーロフ大佐。どこへいく」
「どこへいこうと、おれの勝手だ」
「いっちゃならん。日本進攻を前にして最後の幕僚会議を開こうというのに出ていくやつがあるか」
「副司令でもないおれに、会議の御用なんかまっぴらだ。おれはおれの実力で自由行動をとる。あたらしい副司令には、太刀川時夫を任命したがいいだろう」
「なにをいうんだ。リーロフ、少し口がすぎるぞ、貴様は、明日のことをわすれているのか。われわれが、スターリン(ソビエトの支配者)の命令をうけ、これだけの時間と労力と費用とをかけて、この海底大根拠地をつくったのは何のためであったか。明日こそいよいよ恐竜型潜水艦をひきいて、日本艦隊を屠り去り、そして東洋全土にわれわれの赤旗をおしたてようという、多年の望がかなう日ではないか。その明日を前にして、貴様のかるがるしい態度は、一たいなにごとか」
「いや、おれはケレンコ司令官の戦意をうたがっているのだ。いつも、口さきばかりで、今まで一度も言ったことを実行したことがないではないか。君は、要塞の番人にあまんじているのだ。ほんとうの戦闘をする気のない司令官なんか、こっちでまっぴらだ」
「リーロフ大佐、何をいう。近代戦で勝利をおさめるのに、どれほどの用意がいるかを知らないお前でもないだろう。ことに相手は、世界に威力をほこる日本海軍だ。われわれはどうしても今日までの準備が必要だったのだ」
「ふふん、どうだか、あやしいものだね。君がやらなきゃ、おれは今夜にも、恐竜型潜水艦で、東京湾へ突進する決心だ。なあに、日本艦隊がいかに強くとも、東京湾の防備が、いかにかたくとも、あの怪力線砲をぶっとばせば、陸奥も長門もないからねえ。いわんや敵の空軍など、まあ、蠅をたたきおとすようなものだ」
 リーロフ大佐は、いよいよ鬼神のような好戦的な目をひからせる。
「おい、リーロフ。それほど何もかもわかっている君が、なぜ目先のみえない乱暴なふるまいをするのか」
「おれは、日本艦隊を撃滅するのをたのしみに、はるばるこんな海底までやってきたんだ。勝目は、はじめからわかっているのに、いつまでもぐずぐずしている司令官の気持がわからない。明日攻撃命令を出すというが、ほんとうか、どうか、いつもがいつもだから、あてになるものか」
 ケレンコ司令官は、リーロフ大佐のことばを、腕組して、じっときいていたが、やがて顔をあげ、
「よし、わかった。君の心底は、よくわかった。余が君を副司令の職から去ってもらおうとしたのは、大事を前にして、粗暴な君に艦隊をまかせておけないと思ったからだ。君がそれほど戦意にもえているのなら、今後は、粗暴なことをやるまい。なにしろ明日になれば、わが全艦隊は出動して、余も君も、ひたむきに瀬戸内海の水面下を北へ北へと行進するばかりだからね」
「わたしもというと……」
「リーロフ大佐、君をあらためて副司令に任命するのだ」
「なんじゃ。それは、ごきげんとりの手か」
「いつまでも、ばかなことをいうな」とケレンコ司令官は、リーロフをたしなめて、
「そのうえ、もう一つ重大任務をさずける。これを見ろ」
 と、ケレンコ司令官は、テーブルの上の海図を指し、
「わが海底要塞に、今ある潜水艦は、三百八十五隻だ。余はそのうち二百五十五隻をひきいて、これを主力艦隊とし、大たいこの針路をとって、小笠原群島の西を一直線に北上する」
「ふん。そこで、のこりの百三十隻の潜水艦は?」
「その百三十隻をもって、遊撃艦隊とし、われわれよりも先に出発させ、針路をまずグァム島附近へとって、日本艦隊をおびきよせ、そのあたりで撃滅し、次に北上を開始し、紀淡海峡をおしきって、瀬戸内海をつくんだ。そのうえで、艦載爆撃機をとばせて、大阪を中心とする軍需工業地帯を根こそぎたたきつぶしてしまう」
「ふふん。話だけはおもしろい。この遊撃艦隊をひきいていく長官は、誰だ。もちろん、わたしにそれをやれというんだろう」
 リーロフ大佐は、先まわりをしていった。ケレンコ司令官は、いかめしい顔つきで、ぐっとうなずき、
「そのとおりだ。遊撃艦隊司令長官リーロフ少将だ。そうなると、君は提督だぞ。これでも君は、人をうたがうか。いやだというか」
「わたしは少将で、そっちは瀬戸内海連合艦隊司令長官兼主力艦隊長官ケレンコ大将か。ふん、どうでも、すきなようにやるがいい」
 リーロフのことばは、どこまでも針をふくんでいる。
「さあ、そうときまったら、むだないさかいはよして、すぐに最後の幕僚会議だ。さあさあ、全幕僚を招集してくれ」
 ケレンコ司令官は、リーロフの気を引きたてるように、うながした。