ああ瀬戸内海魔城

 外は、海水が、海底要塞の照明灯にてらしだされてうつくしくかがやいていた。
「ああ、あそこに水中快速艇がある」
「早く、早く。あともう四分しかない。これでは、安全なところまで、逃げられないかもしれない。たいへんなことになった」
「なあに、ダン艇長。心配は、あとにして、一刻も早くとび出そう」
 太刀川は、エンジンをかけた。ハンドルをしっかりにぎつて、アクセルをふめば、水中快速艇は、矢のように走りだした。
「あと、もう二分!」
「もう一キロメートル半、遠のいた」
 あと二分のちに、なにごとか起るのであろうか。まず、監禁室にのこしておいた火薬箱が爆破するであろう。
 だが、そればかりの爆薬で、あの堅牢無比の海底要塞が、びくともするものではない。それでは……
「もうあと一分だ!」
「三浦、ロロの二人は、うまくやってくれたろうか」
 この二人は、カンナ島で、どんなことをやっていたのか。じつは、これこそすばらしい思いつきであったのだ。
 それはカンナ島の石油の利用であった。無尽蔵といわれるカンナ島の石油は、大きな油槽にたくわえられ、必要なときに、海底要塞へおくられていた。太刀川はこの話をきいたとき、この石油を、海底要塞に通ずる秘密通路へながしこむことを考えついたのである。
 秘密通路にながれこんだ石油は、どうなるか――まずあの監禁室にはいり、それから扉のすき間から外へあふれだし、やがて川のようになって、廊下をながれ、中央発電所の空気窓から、滝のようになって中へとびこむだろう。いや、海底要塞の中、いたるところ、石油びたしになってしまうだろう。
 そのとき、火薬が爆発して火がついたら、どういうことになるか?
 まさに、たいへんである。この世のものとは思えない、おそろしい大爆破だ。――わが太刀川がねらったのはここである。
「ああ、あと三十秒だ! 神よ!」
 と、ダン艇長がうめくようにいった。
「さあ、水面にうきあがるぞ。島だ。カンナ島だ!」
 太刀川は、ハンドルをきりきりとまわした。あっという間に、水中快速艇は、どしーんと、海岸の砂にのりあげた。
 そのとたん、ダン艇長は、艇から、あやうくなげだされようとした。
 十二分はすぎた。時間だ。
 太刀川は、操縦席から、どさりと砂浜のうえになげだされたが、すぐさまはねおきて、月光にうかびあがる大海面をふりかえった。
(はてな?)
 太刀川は、もう立っていられなくなって、ふらふらとそのまま尻餅をつこうとした。その時、前方の海面が、ぱっと、真昼のようにかがやいた。太刀川が生まれてはじめて見たものすごい明るさだった。
「あ!」
 というさけび、ついで、まっ赤な焔が、天をついた。ゴ、ゴ、ゴーッ、ドドドーッ、バリバリバリッ。
 天地もくずれるような大音響! ひゅーうと、嵐のような突風が三人の頬をうった。大地は、大地震のように、ゆらゆらとゆれた。三人は、砂上にはった。その上を、どどーんと、大波がとおりこしていった。大爆発によって生じた津波が、カンナ島にうちあげたのであった。
「とうとう、やった。海底要塞の大爆破だ……」
 太刀川がさけんだ。
 ごうごうの爆音は、それからまだ十四、五分もひっきりなしにつづき、閃光はぴかぴかと夜空にはえた。
 海は一面、すさまじい焔が、もえひろがって、ものすごくかがやいている。
 砂上にたちつくしている太刀川の頬を、あつい涙が、はらはらとつたわっておちた。
 思えばあやういところであった。もしも一隻の恐竜型潜水艦が、瀬戸内海へとびだしたとしたら、こんなことではすまなかったであろう。日本の海軍は、世界にほこる強大な海軍であるが、怪力線砲をもつ恐竜型潜水艦の威力も、われわれは、わすれることはできない。恐竜型潜水艦は、かたく下りたあつい鉄扉にさえぎられ、一隻もとびだすことができなかったのは、何よりであった。
 魔城ほろんで、瀬戸内海はその名のようにふたたび平和にかえった。
 ケレンコ、リーロフの両雄は、おそらく魔城と運命をともにしたことであろう。
 小笠原諸島の南沖を西に進んでいたアメリカの大艦隊は日本の大陸政策を、さまたげる目的でやって来たのだが、途中、恐竜型潜水艦のため、大損害をこうむり、その二日後、やっとのことで、フィリピンのマニラにはいった。ダン艇長の報告で、共産党海軍の仕業とわかり、文句のいいようがなかった。その上、乗組員の士気が、おとろえたので、どうすることもできなかった。
 しかし、これによって、瀬戸内海は、永久に、波しずかなることを得るであろうか。
 無事大任をはたした太刀川時夫は、これについて、原海軍大佐に、次のように語っている。
「日本の将兵はつよい。軍艦もすばらしい。しかし、これだけでは十分でない時代となった。瀬戸内海の平和を永久にたもつには、どうしても正義の国日本が、今までにない科学兵器を発明することが大切である」
     *   *   *
 最後に、太刀川青年と一しょに、はたらいた人々は、どうなったであろう。ロップ島の酋長ロロは、よき酋長として附近の島々の住民たちからも敬われ、城浩史は、郷里平磯にかえり、相かわらず遠洋漁業にしたがっている。わが愛する石福海少年は、東京の太刀川の家にとどまって、昼は軍需工場にはたらきつつ、夜学に通って一生懸命勉強しているということである。