銃声

 廊下にいた衛兵が、それに気がついた。
「おや」
 と思ってのぞくと、この有様だからぴりぴりぴりと、警笛をならした。
 酋長ロロは、腰をぬかし、三浦は、立ちすくんだ。ダン艇長は、腰におびていたピストルを手にとって、身がまえる。
 とたんに、轟然たる銃声がひびいた。
「うーん」
 と、さけんだのは、ダン艇長だった。彼の体は、後にのけぞって、どすんと床にころがった。衛兵が、真先にねらい撃ったのである。
「ひゃー」
 と、酋長ロロは、こんどは腰がはいったのか、ぴーんととびあがった。
 そこをまた、だーんと一発!
 ぎゃっという妙な悲鳴、酋長ロロも、そこへたおれてしまった。そのつぎは、三浦須美吉と、太刀川時夫だ。
 衛兵は、銃口を三浦の方へむけた。
「あっ、あぶない。三浦君、そこへ伏せ」
 太刀川は、さけんだ。
 ところが三捕は、伏せをするどころか、衛兵の方をみて、げらげらと笑いだしたのである。
 衛兵はびっくりして鉄砲をひいた。よく見ると、黄いろい顔をした妙な風体の男が、長いひげをひっぱりながら、こっちをむいてあはははと笑うのである。
 三浦は、気が変になったわけではない。例のクイクイの神様に、ちょっと早がわりをしただけのことである。神様になると、妙に気がおちつくのであった。
「待て、ポーリン」
 という声とともに、入口に、どやどやと足音がきこえたが、いきなりとびこんできたのは、衛兵長であった。
 クイクイの神は、すばやく両手をあげて、降参の意をしめした。
「生き残ったのは、こいつだけか」
 と衛兵長は、いって、
「おい、ポーリン。しばっちまえ」
 と、命令した。
 三浦がしばられている間に、部下の衛兵たちは、ぞくぞくあつまってきた。
「こいつら、一たいどこからまぎれこんだのだろう。それとも、前から、この要塞の中にいたのかな。どうもふしぎだ」
 衛兵長は、つぶやいて、
「とにかく司令官のところへ、こいつを引立てよう。さあ、歩け。この長ひげめ!」
 三浦は、衛兵長に腰をけられて、いやいやながら歩きだしたが、その時、とつぜん、妙な節まわしで、唄をうたいだした。
「いまにイ、たすけるかーら、たんきを、だアすナ」
 それは三浦のとくいな磯節だった。
 太刀川は、それをきくと、三浦の方に向かって、自分の足を指さし、
「君をけとばした奴が、鍵をもっている!」
 といった。日本語だから誰にも分かるはずがない。うまくいったら、鍵をとってくれというのだが、すこぶる無理な注文である。
 三浦が、引立てられていったところは、司令官室であった。
 しかし一同は、衝立のかげで、しばらく待っていなければならなかった。
 というのは、奥で、しきりにケレンコ司令官のあらあらしい声が聞えているからであった。
「……日本攻略の日は、明朝にせまっているのに、貴様は、酒ばかりのんでいる。少しつつしみがたりないではないか」
 その声は、三浦に聞えたが、ロシア語だからその意味を知ることはできなかった。もし太刀川が、これをきいたとしたら、どんなにおどろいたろう。一たいあの恐竜型潜水艦に勝てるような防禦兵器が、わが日本にあるのだろうか。
 危機は、もう目と鼻との間にせまっているのだ。
「うーい。日本攻略は攻略、戦争は戦争。酒は酒ですぞ。リーロフは、戦闘にかけちゃ、ふん、お前さんたあ、第一この腕がちがうよ」
 そういっている相手は、やっぱり副司令のリーロフ大佐だった。
「無礼なことをいうな。よし、ただ今かぎり、貴様の副司令の職を免ずる」
「なに、副司令の職を免ずる」
 酔った勢いも手つだって、リーロフも負けていない。
 とつぜん椅子がたおれ、靴ががたがたとなる音がきこえた。司令官ケレンコとリーロフ大佐とが、日本攻略を前に、大喧嘩をはじめたのだった。