幸福の科学を統一教会の信者が見ると -17ページ目

幸福の科学を統一教会の信者が見ると

幸福の科学も統一教会も、同じカルトじゃないかって?まあそうかもしれないけど、幸福の科学を見てるといろんなことを考えさせられるんですよ。「真実は小説よりも奇なり」

神は救世主を地上に送るのに
何の準備もなしに送られることはない。

イエス・キリストを送るにも
2000年間ユダヤ人を選民として教育し、メシヤ降臨の予言をし、
最後は洗礼ヨハネという人物を通して
何とか人々がイエスをメシヤとして受け入れることができるよう準備された。

神は再び救世主を送られる際にも、
準備をなさって送られるはずであり、
洗礼ヨハネの使命を持った人物は各分野に現れる。

「主の道を備えよ。まっすぐにせよ」という使命を持った人物であり
彼こそは救世主ではないかと、多くの尊敬と支持を受ける人物。


ところで、大川隆法氏は洗礼ヨハネの使命を持っているというと、
幸福の科学の信者、元信者の方々は
「じゃあ前世は洗礼ヨハネということ?」と思われるだろう。

そこがいかにも幸福の科学的発想だ。

生まれ変わりはない、
前世はない、という立場からも十分説明できる。
それはあくまでも
同じ使命をもつ、同じような状況に立たされる人物、ということだ。

だから洗礼ヨハネの使命を持った人物は、無数に存在する。

極端に言うと、ある団体の長たる者が救世主と同時代に生きているとするならば、その者はすなわち洗礼ヨハネとも言える。

たとえば10億人のカトリックの頂点にいるローマ法王なんかは、その代表だろう。
あるいは世界の最強国家であるアメリカ合衆国の大統領もそうだ。

そういう人物が「来るべき救世主はこの方です」と証しするならば、どれだけのスピードで神の救世事業が進むだろうか。

キリスト教の歴史においては、ローマ帝国のコンスタンティヌス大帝が313年公認した。
コンスタンティヌス大帝の母親がクリスチャンであり、晩年に大帝自身も洗礼を受ける。そしてテオドシウス帝が392年、キリスト教をローマの国教とした。

皇帝がクリスチャンになれば、その国民に対する影響は絶大だったろう。クリスチャンを約400年にわたって大迫害したローマであったが、ついにはキリスト教が国教となった。

特に救世主と同時代に生きる人は、あらゆる人が、洗礼ヨハネと同じような立場に立つ。

そして、救世主に正しく出会い、証しするのは簡単ではないし、イエスをいったんメシヤとして証した洗礼ヨハネであっても最後まで信じて、ついていくことは難しかった。


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大川隆法氏は洗礼ヨハネの使命を持っている。
そのことについて、もうすこし洗礼ヨハネの歩みを追ってみることにする。

洗礼ヨハネがイエス・キリストのことを「見よ、神の子羊」と弟子たちに証したことで
イエスのもとに行った弟子たちも多くいた。

ヨハネによる福音書 第4章
イエスが、ヨハネよりも多く弟子をつくり、またバプテスマを授けておられるということを、パリサイ人たちが聞き、それを主が知られたとき、(しかし、イエスみずからが、バプテスマをお授けになったのではなく、その弟子たちであった)ユダヤを去って、またガリラヤへ行かれた。

洗礼ヨハネは、ひとつの寂しさを感じたようだ。
「彼は必ず栄え、私は衰える」とも語っている。

神の啓示を受け感動的にイエスを証ししたヨハネだったが、
時間の経過とともにだんだんとイエスのことを
人間的に見るようになってくる。

聖書にはヨハネとイエスの関係は親戚(従兄弟?)だったと記されている。

 ↓ ↓ 聖母像に描かれているイエスとヨハネ
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親戚ということで、幼少時から交流があった可能性もある。
先入観もあっただろう。

洗礼ヨハネは、神霊に満たされ感動のなかにあったときには、イエスを救世主として証した。
しかし、霊的な摂理が切れて(幸福の科学的に言うと「天上界の指導が得られなくなって」)
人間洗礼ヨハネに立ち戻った時、
イエスに対して不信するようになってしまった。

(マタイ11-2、3)
さて、ヨハネは獄中でキリストのみわざについて伝え聞き、自分の弟子たちをつかわして、イエスに言わせた、「『きたるべきかた』はあなたなのですか。それとも、ほかにだれかを待つべきでしょうか」。

イエスはこの知らせを聞いて失望する。
(11-6)
「私につまづかないものは、さいわいである」

(11-10、11)
『見よ、わたしは使をあなたの先につかわし、あなたの前に、道を整えさせるであろう』と書いてあるのは、この人のことである。 あなたがたによく言っておく。女の産んだ者の中で、バプテスマのヨハネより大きい人物は起らなかった。しかし、天国で最も小さい者も、彼よりは大きい。

イスラエル民族が選民として選ばれ、
イエス・キリスト誕生までの2000年の歴史のなかで
救世主の到来を預言した人物は、旧約聖書に数多く記されている。
しかし、直接的にイエスに出会って証しする使命をもった人物は、洗礼ヨハネだったのである。
そのようにバプテスマのヨハネより大きな使命をもった人物はいなかった。
しかし、不信して失敗したいま、霊界にいる預言者たちの中で
彼は最も小さい人物になってしまった(恥かしい姿になってしまった)
そんな意味であろう。

洗礼ヨハネはその後、領主の結婚を非難し斬首されてしまう。
本来は、自ら一番弟子としてイエスと共に歩むように準備された人であったが
あっけない最期を遂げることになる。

 ↓ ↓ サロメと洗礼者ヨハネ
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証し人洗礼ヨハネの不信は、ユダヤ人たちの不信を招き、
その後、イエス・キリストの行く道は極めて困難になる。
十字架への道を決定づけた事件である。

イエス・キリストが生きて救世事業を果たすために
洗礼ヨハネの使命は大きかったが、
使命から外れたとき、その最期は悲惨なものであり
霊的な役事もなくなった。


大川隆法氏が、「神理の学習団体」であった幸福の科学を
宗教法人としたのが1991年。

宗教法人化に、善川顧問は反対されたと聞く。

そして宗教法人の申請にはご本尊が必要なんだが、
なんと、自らをご本尊にしてしまった。

本人は「これで幸福の科学という団体が1000年後もあるということになった」
と意味不明のことを宣っていたが、
洗礼ヨハネとしての使命を誤った大きな一歩だったと思う。

1980年代から何度となく行事に参加させてもらってきたが、その頃が幸福の科学にとって一番のピークだったようにお見受けする。
(あとは下り坂・・・)


参照 wikipedia「洗礼者ヨハネ」

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イエスを見たヨハネは「まさしくこの方が来るべき方だ」という神の啓示を受け、「この方こそ神の子だ」と証言する。

ヨハネによる福音書より
(1-29)その翌日、ヨハネはイエスが自分の方にこられるのを見て言った、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊。
(1-30)
『わたしのあとに来るかたは、わたしよりもすぐれたかたである。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この人のことである。
(1-31)
わたしはこのかたを知らなかった。しかし、このかたがイスラエルに現れてくださるそのことのために、わたしはきて、水でバプテスマを授けているのである」。
(1-32)
ヨハネはまたあかしをして言った、「わたしは、御霊がはとのように天から下って、彼の上にとどまるのを見た。
(1-33)
わたしはこの人を知らなかった。しかし、水でバプテスマを授けるようにと、わたしをおつかわしになったそのかたが、わたしに言われた、『ある人の上に、御霊が下ってとどまるのを見たら、その人こそは、御霊によってバプテスマを授けるかたである』。
(1-34)
わたしはそれを見たので、このかたこそ神の子であると、あかしをしたのである」。



洗礼ヨハネがイエスを証しすることで、弟子たちはイエスのもとに行くようになる。

(1-35) その翌日、ヨハネはまたふたりの弟子たちと一緒に立っていたが、(1-36) イエスが歩いておられるのに目をとめて言った、「見よ、神の小羊」。
(1-37) そのふたりの弟子は、ヨハネがそう言うのを聞いて、イエスについて行った。

(1-41) 彼はまず自分の兄弟シモンにに出会って言った、
「わたしたちはメシヤ(訳せば、キリスト)にいま出会った」。


洗礼ヨハネの弟子たちは、
自分たちがメシヤではないかと思うくらいに尊敬していた先生から
「彼こそが神の子である」と証しされたので
素直にイエス・キリストのことをメシヤとして信じることができたのだ。

このように、神は救世主を送るまえに
洗礼ヨハネという人物を通して、道をまっすぐにする準備をなされた。

1980年代、バブル景気に浮かれ酔いしれる日本のまっただ中で
物質的な幸福には飽き足らない、
本当の心の幸福、精神的な充実感を求める純粋な人々が
幸福の科学に集っていった。

これは大きな神の計画であったように思う。
地球規模の救世事業が始まろうとしていたのだ。

しかして、大川隆法氏は洗礼ヨハネの使命を果たすことができたのだろうか?

彼は来るべき真の救世主を探し出し、自分に従ってくる弟子たちに対して
証ししなければならなかったのだが。

洗礼ヨハネに神の啓示が下り、イエスの上に
「御霊がはとのように天から下って彼の上にとどまるのを見た」ように
1990年頃、大川隆法氏にも
「この方がきたるべき方である」という啓示は
まちがいなく降りたはずである。

それを謙虚に受け入れるか、受け入れないかは
神も干渉できない大川隆法氏自身の責任なのである。

それが、その後幸福の科学という神理探求の団体がどうのような道を行くかを
決定づけることになる。


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聖書を見ると、救世主イエス・キリストが人々の前に現れるまえに、ヨハネという人物が登場する。

バプテスマのヨハネとも洗礼者ヨハネとも呼ばれる。

祭司の息子であり、誕生時の奇跡があり、その人格と修道生活から、人々が「もしやあなたがキリストでは?」と問うてくるほどの人物であった。

ヨハネは「わたしはキリストではない」と告白する。

ではヨハネの使命は何なのか?


(1-15)ヨハネは彼についてあかしをし、叫んで言った、「『わたしのあとに来るかたは、わたしよりもすぐれたかたである。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この人のことである」。

(1-23)彼は言った、「わたしは、預言者イザヤが言ったように、『主の道をまっすぐにせよと荒野で呼ばわる者の声』である」。

(1-26)ヨハネは彼らに答えて言った、「わたしは水でバプテスマを授けるが、あなたがたの知らないかたが、あなたがたの中に立っておられる。(1-27)それがわたしのあとにおいでになる方であって、わたしはその人のくつのひもを解く値うちもない」。

ヨハネ自身が証言している。自分のあとに来る方のほうがすぐれた方だ。自分のあとにくる主の道を、まっすぐに整えるが私の使命だと。

そして翌日、イエスを見たヨハネは「まさしくこの方が来るべき方だ」という神の啓示を受け、「この方こそ神の子だ」と証言する。


私は、大川隆法氏が洗礼ヨハネと同じ使命をもっていたと考える。

一部の者からは、「もしや、あなたこそが来るべき救世主ではありませんか?」
と言われるほどの人物。しかし救世主ではない。

来るべき救世主の前に、道を整えて準備する者だ。

霊界の存在を証し、善良な人々の心を神に向ける。

1980年代、幸福の科学が「神理の学習団体」のころは、たしかにそうだったのではないか?

既成の宗教や思想では満足できない純粋な求道者たちが集っていたのではないか?

それらの者を来るべき主につなげるのが、神から見た大川隆法の本来の使命だったのだ。


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幸福の科学の支部へ行った時のこと。

支部長から「統一教会も色々問題になってますね」と言われるから、
「そうですね。目的のためなら手段を選ばずとなってしまったかもしれない。
いき過ぎたところもあったと思う」

自重気味に言ったんだけど、
そうしたらその支部長、鬼の首を取ったみたいに
「そうでしょう~!だから邪教だと言ってるんですよ~」だって。

アンチサイトを見てると
いやいやどっこい、
幸福の科学さんのほうがずーっとエゲツないと思うなあ。

統一教会信者であればいちおう神と霊界は信じているし、
天法に反したらいけないという強い自制心がある。
たとえば不倫はダメとか。

悪事が誰にも知られず、この世では裁かれなかったとしても
あの世で裁かれてはいけないというブレーキがかかる。

多少この世の法を外れたとしても、あの世の法には触れてはいけないと。

だから無茶はあっても、絶対に越えない一線がある。

しかし幸福の科学の内情を知ると・・・。
本当に信仰者?と思う話が多い。

この世の法どころか、
あの世の法にも完全に反してしるんじゃないかと。

あまりに刺激が強くて、
幸福の科学アンチサイトのチェックが癖になったこの頃。


この世の法もしっかり守らなければ、世の中からは認められないのは当然で
統一教会もその通りだと、一信者として自らを戒める。


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