何の準備もなしに送られることはない。
イエス・キリストを送るにも
2000年間ユダヤ人を選民として教育し、メシヤ降臨の予言をし、
最後は洗礼ヨハネという人物を通して
何とか人々がイエスをメシヤとして受け入れることができるよう準備された。
神は再び救世主を送られる際にも、
準備をなさって送られるはずであり、
洗礼ヨハネの使命を持った人物は各分野に現れる。
「主の道を備えよ。まっすぐにせよ」という使命を持った人物であり
彼こそは救世主ではないかと、多くの尊敬と支持を受ける人物。
ところで、大川隆法氏は洗礼ヨハネの使命を持っているというと、
幸福の科学の信者、元信者の方々は
「じゃあ前世は洗礼ヨハネということ?」と思われるだろう。
そこがいかにも幸福の科学的発想だ。
生まれ変わりはない、
前世はない、という立場からも十分説明できる。
それはあくまでも
同じ使命をもつ、同じような状況に立たされる人物、ということだ。
だから洗礼ヨハネの使命を持った人物は、無数に存在する。
極端に言うと、ある団体の長たる者が救世主と同時代に生きているとするならば、その者はすなわち洗礼ヨハネとも言える。
たとえば10億人のカトリックの頂点にいるローマ法王なんかは、その代表だろう。
あるいは世界の最強国家であるアメリカ合衆国の大統領もそうだ。
そういう人物が「来るべき救世主はこの方です」と証しするならば、どれだけのスピードで神の救世事業が進むだろうか。
キリスト教の歴史においては、ローマ帝国のコンスタンティヌス大帝が313年公認した。
コンスタンティヌス大帝の母親がクリスチャンであり、晩年に大帝自身も洗礼を受ける。そしてテオドシウス帝が392年、キリスト教をローマの国教とした。
皇帝がクリスチャンになれば、その国民に対する影響は絶大だったろう。クリスチャンを約400年にわたって大迫害したローマであったが、ついにはキリスト教が国教となった。
特に救世主と同時代に生きる人は、あらゆる人が、洗礼ヨハネと同じような立場に立つ。
そして、救世主に正しく出会い、証しするのは簡単ではないし、イエスをいったんメシヤとして証した洗礼ヨハネであっても最後まで信じて、ついていくことは難しかった。
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