日本で犬を飼っている人を見たことが無い人は


少ないと思います。


私の友人にも犬を飼っている者が数人いますが


そんな中に『うちの犬は馬鹿だから芸を覚えない』と


言う人がいます。


もしかするとそんな言葉を聞いた事がある人も


いるのではないでしょうか?


私に言わせれば馬鹿な犬はいない。


芸を覚えないのは覚える気のない犬か


飼い主の芸の教え方が下手なのかのどちらかだと


思う。


これは教師にも言えるだともおもいますが。


自分の能力の低さを他人のせいにするのは簡単だ。


一つの教え方で全ての人に理解させるのが難しいのは


個々の理解するプロセスが違うために起こる問題です。


例えば車好きの人が車の車名ならいくらでも覚えるのに


対し英語の単語なら全く覚えられない。


ということはよくあることです。


これは好きなものと嫌いなものでは記憶のプロセスが


違うからです。


覚え難い記憶のプロセスを使って覚えようとするのは


効率の悪い作業をしているのと同じです。


例えば五キロ離れた目的地に行く時に一人は自動車、


一人は自転車、全速力での到着までの時間をこの二人で比べた時、


自転車に乗っている方は人間として劣っているのでしょうか?


またこの二人が小回りが利くの自転車ですがそれは


自動車を運転している人が劣っているのでしょうか?


長所と短所の違いでどちらかが劣っているというのは


間違っているのではないでしょうか?


また扱っている物が違う。


そこを性格となると見え難いものになり、


馬鹿だとか劣っているというのは正しいことでしょうか?


自分を馬鹿だと思うことは自分に制限をし、学ぶことから


遠ざかることです。


人に馬鹿と罵られようが気にする必要はないということです。


勉強が苦手だと言う人は学び方を変えればいいんです。


自分の中で一番自分が詳しいものは何か?


それを学ぶ時にしている学び方が一番自分にあった覚え方では


ないでしょうか?


また他人の最適な学び方を見ぬく事は成功に繋がることが


多くあります。


自分を理解しようと思わない人に他人を理解する事は


難しいかもしれません。


人を見る目が無い人は自分の才能にも気付かないことが


あるからです。才能は磨かないと輝かない。


輝いているものを見つけるのは簡単ですが


磨かないと輝かない物を無視していれば


それを磨いた人にはかなわない。


私は人の分まで磨きたいと思う。







命って一言でいいますがその定義は不確かなものですよね。


このブログはビジネスについて書いているものですが


何故『命』について書くか?


それには私的なことですが私が命の定義として


物体に与えられた時間だと思っているからです。


ビジネスにも命があると考えています。


ビジネスにも新しい命が生まれる一方で


無くなって行く命もあるといえます。


絶対に死なない人がいないのと同じように


ビジネスもいつかは亡くなってしまうかもしれません。


起業する人はある意味で親とも言えると思います。


命を奪う事というのは簡単で時間もあまりかかりません。


しかし命を育てることはとても時間がかかります。


起業する人のみならず全ての人が命について考えて欲しいと


思い、今私は書いています。


命が尊いものだと思う人は世の中には沢山います。


しかし命を大切にしていない人も沢山います。


命が大切だと思っているのに何故大切にしないのか?


命というものの実態が目には見えないからではないでしょうか?


例えば見ず知らずの人が亡くなったと知っても


ほとんどの人はそれほど悲しまない。


しかし身内が亡くなれば悲しむ。


また後悔することがあると思います。


今私達は肉を食べたりしますが


大抵の人はすでにパックにつめられた状態の


肉に対して肉というイメージを持っていると思います。


もしも目の前にいる生きた牛や豚、鶏を殺して解体し


料理してたべなさい。と言われると何人の人がそれを


できるでしょうか?


もしもその動物を自分が育てていたとしたらどうでしょうか?


これを読んで不快な気持ちになったらすいません。


しかし命を奪うということはそういうことです。


悲しい気持ちになる人がいます。


起業することは会社を生み、育てる義務を持つ事と


同じだと思います。


親が子供を育てるには子供を育てる知識を身につける


必要がある。


会社を育てるには会社を育てる知識を身につける必要がある。


どれだけの愛情があろうと間違った教育は間違った育ち方をする。


最悪の場合子を死に追いやることさえあります。


愛情も大切です。しかし愛情だけでは足りません。


なぜなら愛情は万能ではないから。


例えば栄養不足の人がビタミン剤だけ飲めば


栄養不足を改善できるとは限らないということと同じです。


会社も体調管理というと変ですが


何が足らないのかを把握することはとても大切なことです。


命を大切に思うなら、どう大切にしなければいけないのかを


しっかり考えることは現代人にとって重要なことではないでしょうか?


当たり前を当たり前な事ととらえず、何故当たり前なのかの


理由を考える事で、大切なものをより大切にできると私は


思っています。

未来を変えることはできません。


変えることができるのは現在だけです。


過去も変える事ができない。


しかし未来を変える事はできなくても


自分の歩む人生の道の方向を変える事は


できます。


私は何かしようと思ったらプランを持つほうがいいと


友人やこのブログでもすすめています。


それはプランは地図のようなものだからです。


初めて何処か知らない土地を歩く時、地図を持って歩き


目的地に行こうとするのが普通ですよね?


それと同じようにプランは地図と同じような効果を


持っています。


目的地が変ればもちろん地図を変える必要があります。


持っている地図が違う場所の地図だとしたらほとんどの人は迷って


しまうでしょう。


地図を作ったら次はナビケーションしてくれる人を


探しましょう。


道に迷った時は普通は目的地を知っている人に


道をたずねますよね?


夢や目標も成功している人に聞くのが当然のはず。


しかし夢や目標になると目に見えない事や具体性に


欠けるように感じるためか、自分でなんとかしようと


してしまう人が多くいます。


地図も持たず、ナビもなく目的地に着ける人は


そうはいません。


単純な道なら別として夢や目標というのは


現在の自分の力ではたどりつけない場所に


あるから夢や目標にしているはずです。


そんな道が単純な訳がありません。


複雑だからこそプランを作り、


確実に目的地に着くためにナビケーションして


もらう必要が私はあると思います。


友人にこのことを話したところ、


ナビケーションしてくれる人なんていないと


いわれました。


確かに友人にはいません。何故なら探さないからです。


実在しないと思う人には実在しない。


探さなければ見つからない。


当然の結果といえます。


簡単に見つからないから探すのでは


ないでしょうか?


また探し方が分からないとも友人はいいました。


自分と同じ夢や目標を持った人と交流をまず持つ事から


始めればいいと友人にはアドバイスしました。


友人の多くは頭が硬く、先入観に侵食されているため


私の言葉は届きません。


頭を柔らかくし、先入観を捨てて学ぼうとする気持ちが


無い人に何を言っても否定されるだけだということは


わかっています。


友人だからこそ夢を叶えて欲しいと心から思います。


私の友人のように新しい考え方を取り入れず、


自分の考えがベストだと思っている人は沢山いますが


自分の考えでどれだけの成功を収めたのかを考えて


欲しいと思います。


また自分が多くの成功を収めた人は


自分より多くの成功を収めている人が


何故自分より多くの成功を収めているのかを


考えて欲しいとおもいます。


否定すると人間は正しいか間違いかを考えなくなります。


判断が出来なくなってしまうと大きなミスを犯しかねません。


自分の使う言葉に少し耳を傾けて見て下さい。


否定ばかりしていませんか?


否定する事ばかり考えていませんか?


何もかも鵜呑みにするのもよくありません。


判断をすることが大切なのです。


分からないことは質問し、全体を把握した上で


判断しなければいけません。


タイトルの通り未来は誰にもわかりません。


しかし未来に向けて歩んでいるのは自分です。


必ずしもたどり着けるとは限りません。


だからといってそれが無駄になるかどうかは


自分自身がきめること。


無駄にならない努力をすれば結果として


目的が遂げられなくても、次の目標を達成する


ために役立たせることはできるはずです。


無駄は無駄として切り捨てる必要もありますが


無駄をいかして成功することもできます。


正しく判断せずに勿体無い勿体無いと


無駄を抱え込んだり、捨ててしまったりと


偏った判断が結果として無駄を更に生みます。


判断力、頭の柔らかさなどをみにつければ


より良い生活がおくれるとおもいます。





成功者によく起こる小さなミスが大きなミスになることが


意外と多い事がある。


成功は慢心を生む。つまりビジネスであれば


自分は金儲けの天才だとか失敗するはずが無いと


思ってしまうことがある。


それは結果として事実でも未来もそうであるという


ことは100%言いきれるものではない。


もちろん自信を持つ事はいいことです。


しかし慢心にならないようにすることは、とても重要な


ことなのです。


これは恋愛でも言えます。例えば恋人の事を理解していると


思う人は沢山いるとおもいます。


しかしそんなことを思う人でさえ最終的には別れてしまうことも


多々あると思います。理解しているつもりでいるとそれ以上理解する


ことをしなくなってしまうことがよくあります。


ある夫婦は『こんな奴とこれ以上やっていけない』とお互いに


思い、離婚しました。しかしその数年後に偶然再会した時に


離婚する前の本音を話し合ったところ、お互いに間違った理解を


していることがハッキリし、もっとお互いについて理解するように


なり、再婚をしたそうです。


理解したと思う事は自分に制限を作る言葉です。


より深い理解を目指す心を失ってしまいがちです。


成功者にもこのような言葉を使うにも関わらず、


成功し続けている人はいます。それはその人の


理解の基準が高いということや強運の持ち主だったり


する場合です。


しかしこんな人でも自分の理解の上をいく問題に直面すると


どうする事も出来なくなってしまうでしょう。


私は理解したと思った時にほんとにこれが全てなのか?


まだ学ぶことはないのか?と自分に問い掛けます。


そうすることでいくつもの見落としや自分の過ちに気付き


沢山のことを学ぶことができます。


真の成功者とは追及心や向上心がとても強いことが


この事からも言えます。


真の成功者は失敗してもそれも成功の内だと考え、


その失敗を生かします。


成功出来ない人はただ悲しむだけで、失敗を失敗に終わらせます。


成功者だって悲しみますがそれを成功に変えるバネにするのです。


失敗は沢山のことを学ばせてくれます。


私も失敗をすると落ち込むこともありますが、


その失敗を成功に変えた時、失敗にとても感謝します。


迷惑をかけた人達には申し訳無い気持ちになりますが、


失敗をしようとして失敗したわけじゃないので


謝罪するしかありませんが、その失敗を生かし


成功した時には感謝の気持ちを伝えます。


理解という言葉の他にも自分に制限を作る言葉は沢山ありますが、


理解は前向きな言葉に聞こえてしまうことが多いので


少し書いてみることにしました。

    自分を変えようと思ったら環境を変えなくてはいけない。


    人はいくつかの環境の中で生きている。


    例えば家族との環境、友達との環境、学校での環境、


    職場での環境など様々あるとおもいます。


    私はお金について学び出した頃から


    環境を変えることが必要だと思いました。


    お金について自ら学ぼうとするまでに


    どのように学んでいたかというと、家族の


    お金の使い方や友人との付き合い、テレビでの


    お金に対する考え方など生活をする中に


    お金について見聞きすることが真実であり


    現実だと思っていました。


    しかし現実は違いました。


    しかしそれが私にとってのお金の環境だったのです。


    お金の勉強をするうちに家族とのお金に関する考え方が


    変り、家族にその考え方を話したところ、そんな話は聞きたくないと


    いわれてしまいました。


    『もうお金の話をこれ以上するな』と言われたのです。


    私は善意で話たのにも関わらずそんな考えは


    自分たちには必要無いといわれました。


    お金の話はそれ以来あまり家族には話していません。


    私は不快に思いましたが何故家族は話を聞こうとしないのか?


    と言う事を考えました。


    私の言葉は家族の環境内では汚い言葉だったことに気付きました。


    お金について話す事が汚いことだと考える環境なのです。


    私はこの環境でお金については話さない事にし、


    お金について話せる環境を探さなければいけないと思いました。


    何故ならこの環境でお金について話すことは


    恋人の前で異性との楽しい出来事を話すことと同じような


    ことだからです。


    自分は楽しい出来事も相手にとっては不快な事なのです。


    人間には新しいことに対する反応は三つあります。


    一つは学ぶこと、二つ目は抵抗、反対すること、


    三つ目は傍観、何もしないことです。


    家族の環境ではお金について話すことは自分達の考えの


    中では全く未知の物で抵抗が起こったのです。


    また私は友人にもお金について話ました。


    友人はお金のことを話ても怒りもせずに

  

    ただ話しを聞いていました。私の話には


    真剣に聞いてくれていましたがそれは


    お金の話としてではなく、友人の話として


    聞いていたためにお金について学ぼうとは


    しませんでした。


    つまり傍観者と同じで私がそれを学んでどうなるのかを


    見届けるだけ。自分で学ぶ気がないことを意味していました。


    私は自分の生きている環境にはお金について学びたいと


    思っている人が限りなく少ないことがわかったのです。


    そのためにお金について学びたいと思っている人や


    すでに学んでいる人達を探しました。


    そういった人達と話す事はとても学ぶことが


    沢山あります。


    何故ならそこが自分に合ったお金の環境だからです。


    もしもお金の環境を変えずに家族や友人達との付き合いが


    私のお金の環境だとしたら、間違った考えを教わり、


    お金について学ぼうとはしない人になっていたことでしょう。


    環境を変えたことにより私はお金と言う面では大きく変りました。


    お金について学ぶことによりビジネスに興味を持ち、


    自分のビジネスがしたいと思うようになりました。


    環境を変えなければ起業するためのプランをつくることも


    なかったでしょう。多分学校を卒業し、就職し、


    退職して老後を迎えるだけのつまらない人生を


    歩んでいたかもしれません。


    環境を変えるといいというと『嫌だ』と言う人が


    多いと思います。何故なら今の環境が楽だから。


    今より悪い環境になると嫌だという人もいるはずです。


    環境に留まろうとするからそう思うだけです。


    留まろうとしなければ良い。


    自分に最適だと思う環境を探せばいいんです。


    そんなに難しいことでしょうか?


    歩かなければ環境は変らない。


    まずは初めの一歩を踏み出すことから


    はじめればいいんです。


    全く変らないでいい完璧な人なんていないのでは


    ないでしょうか?


    また今の自分から変りたいと思ったことが


    ある人は多いのではないでしょうか?


    変らないのは変化に抵抗する心です。


    出来ないと思う人はできないにではなくしないのです。


    また出来る人は出来なくてもやろうとするんです。


    あなたはどちらの人ですか?


  

    私はよく『頑張れ』と言う事を耳にする。


    得に何も無い時でも『頑張れ』といわれる。


    私が捻くれているからなのか


    『なにを?』と聞いてしまう(笑)


    私の小学生の頃の通知表には


    『よくできる』『できる』『がんばろう』という三段階の担任の先生の評価が


    書かれていた。


    頑張れとは無責任な言葉だということを聞いたことがある。


    親が子供の『勉強を頑張りなさい』というのをよく見るが


    はっきり言って無責任な言葉だと私も思う。


    子供は親が勉強している姿を見ることなどあまり無いでは


    ないでしょうか?また勉強していたとしても内容が違いすぎる。


    親も確かに子供のころは勉強していたでしょうが


    その姿を子供は見てはいない。親が『自分は勉強していた』というのは


    更に逆効果だと思う。


    子供に親が勉強しなさいということは机に向かいなさいと


    いうことを指していることを子供は知っている。


    勉強していないように見える人から


    勉強しろと言われて大抵の人は


    お前はしたのか?と疑問を持ったりするものです。


    勉強を子供にさせたい親は勉強をしなさいと


    言ってはいけない。


    また勉強は自分のためにする物というのも


    あまり賢い事には思えない。


    何故ならそれが事実でも自分の為に


    出せる力というのは人の為に出せる力よりも


    小さいことが多いからだ。


    どうせ苦労するのは自分だからいいと思ったり


    楽なほうがいいと思ったりする。


    日本は昔から精神論ばかりを述べる国のように感じる。


    頑張ればできる、努力が足りないだけだ、我慢しろなど、


    普段からよくこれに似た言葉を聞く事は無いでしょうか?


    また使ってりしていないでしょうか?


    確かに我慢や努力、頑張ることは大切です。


    しかし意味のない努力や我慢はする必要が無いと


    私は考えています。


    努力をすれば必ず何かは身につきます。


    しかしそれが意味の無いもの、ましてや自分の邪魔を


    する物だと大変なことになります。


     私の体験から一つ例をあげましょう。


    私は小学生の頃勉強が嫌いで宿題を


    一切やりませんでした。しかし担任の先生は


    私の父に宿題が出来ているか毎日確認をとるように


    いったため私の生活は地獄となりました。


    宿題を強制的にさせられることにより、更の勉強が


    嫌いになったことです。中学生になると宿題どころか


    勉強を一切しなくなりました。


    これから言えることは、学ぶ気ややる気の無い人を


    無理矢理学ばせようとしても、学びはしたとしても


    やる気は更に失せます。また学ばないでしょう。


    私は宿題を強制的にする事で身についたのは


    勉強ほどつまらない物は無いという事です。


    私がこの勉強はつまらないという感覚を取り除くのに


    かかった時間は七年間です。


    この七年という時間を取り戻すことはできません。


    つまり七年間の勉強しあてたはずの時間が無駄に


    なったのです。


    無駄は時として恐ろしい怪物にも変ります。


    例えば食べ過ぎ、飲みすぎ、タバコの吸いすぎ、


    全て死に関連しています。これらが楽しいのは


    私も知っています。


    しかし楽しむ程度が良いのです。


    度を越えると無駄になる。


    楽しむはずが楽しめない体にしてしまうからです。


    自分の行動は全て身になることを忘れないことが


    大切だと私は考えます。


    何故なら良い事も悪い事も身についてしまうからです。


    良い癖、悪い癖というのもこれに入ります。


    良い努力は沢山するといいと思います。


    しかし悪い努力はしないようにする事を


    お勧めします。


    悪い努力には苦しいだけで自分にプラスに働く


    要素がほとんど含まれていない物があるからです。


    無駄に努力していることに思い当たるものがある人は


    その無駄な努力を思いきって捨ててしまい、新しく


    意味のある努力に変えてみてはどうでしょうか?


    

    今日は弟の部屋に入り浸ってました。


    なんでかって俺の部屋は寒い・・・。


    部屋の温度が11度しかない。


    それに対し弟の部屋は19度・・・。


    何故同じ家でしかも暖房器具を


    何もつけていないのにこんなに


    温度差があるんだ!!


    ただ日の当たる部屋かそうでないかと言うだけの


    違いでこんなに温度が違うとは!!


    何故かは分からないけれども


    弟の部屋は夏は涼しいのです。


    逆に俺の部屋は真夏は蒸し風呂状態・・・。


    こんなの不公平だ!!


    と言ってみても温度は変らない・・・。


    俺の部屋は家の中で一番場所が悪い部屋のようです。

 

    どおりで他の部屋が住みやすいわけだ。


    ということで将来マイホームを持った時には必ずや


    住み心地の良い部屋を自分の部屋にしようと思った。


    なんかこれ書いてて自分が物凄くちっちゃい奴だと


    思えてきた・・・。


    ん~(-”-;)


    大金持ちになって住み心地の良いいっぱい部屋つくるぞ!!


    少し大きな奴にみえるかな?


    いやより小さい男にみえるぞ・・・。


    いや俺はデカイ男だ!!そう言い聞かせてれば


    いつか俺も・・・っつうかいつかなんてゆってるやつは


    結局なられへんのや。


    ということで五年後に起業することに決まりました!!パチパチパチ


    それが言いたいが為にこんな回りくどいことをかいてたわけですね。


    何故五年後かというと投資について勉強したり


    資金を稼いだりしてるからちょうど五年後くらいが良いかと


    おもいましてん。


    ビジネスパートナーも確定してないので・・・というか


    候補でしなくもっと沢山の人と出会わないことには


    判断しかねるので時間を置いてじっくり考えている最中です。


    

    全ての事柄において言えることなのですが


    『ゴミ箱にゴミを投げても必ず入るとは限らない』ということです。


    多くの人は一攫千金を狙う博打好きか、恐くてできない博打嫌いかの


    どちらかです。


    何か大きな事をしようと思うけれど成功しない、または失敗が恐くて何もしない


    人が多いと言い換えてもいいでしょう。


    大きな事を成功させるには小さな事から始めなければいけません。


    『ゴミ箱にゴミを投げても必ず入るとは限らない』と言ったのは


    距離や環境が変れば入る確率は高くも低くもなります。


    ビジネスや人間関係にもこの事は同じことが言えます。


    例えば人間関係では自分が話している言葉が伝わるとは


    限らないことです。もしも相手が異国の人であったなら


    日本語でいくら説明が上手い人であろうと外国の人には


    伝わらないことがあります。


    ビジネスであれば何か大きな事をしようとしても


    上手くいかない、失敗することがあるということです。

   

    ゴミ箱にゴミを投げる時、その人には入る確立の高い距離、環境が


    あります。入らない距離からいくら投げても入らないのは当然です。


    何故ならその人はその環境でゴミをゴミ箱に入れる能力がないからです。


    ビジネスで成功したい人がビジネスについて全く知らずに


    成功できる可能性が高いと言えますか?


    普通に考えれば難しいことでしょう。


    ゴミ箱にゴミを投げ入れるためには練習が必要です。


    何かを練習をする時全くできない事を練習しますか?


    確かに何もできない状態からなら全くできないことも練習します。


    ですが低いレベルから行いますよね?


    縄跳びを普通に跳べない人が二重跳びから練習したりするのを


    私は見た事がありません。まずは跳ぶ事を練習し、だんだんと


    難しい技を跳べるように練習するはずです。


    頭で理解しら何でもできるなら運動音痴はもっと減るはずです。


    簡単に言えば無駄な努力は身につかないということです。


    身になる努力をする事をお勧めします。


    いきなり100メートル離れたゴミ箱にゴミを投げようとするのは


    無駄な努力です。


    1メートルから少しずつ距離を伸ばして投げ入れるような努力が成功への近道です。


    宝くじが当たる確率にかけてはいけない。


    宝くじが当たる確率を変えることは難しいけれど


    ビジネスが成功する確率を高くすることはできる。


    役に立たない努力を続けて時間とお金を失う必要は無いはずです。


    もっと役に立つ物の為にお金と時間をかけましょう。


    苦しいだけの人生を望む人はいないはずです。


    人間は快適なレベルにとどまろうとする。


    自分のできる範囲内での生活は楽だからです。


    例えばダイエットをしようと運動を始めたとしましょう。


    自分の生活において全ての行動に①~⑩というレベルに


    分けた時自分の生活レベルは⑤が快適レベルだとして


    自分にとってダイエットが⑥以上の時大抵の人は


    習慣付けにできない。


    その理由は快適レベルに戻りたいと思うからということと


    快適レベル自体が非常に低く、ダイエットのレベルが高いことに


    あるのです。


    快適レベルが③の人にとってレベル⑥のダイエットをしようと


    しても当然ついていけません。ストレスが溜まり止めてしまう


    のは目に見えています。


    まずはレベル④を快適レベルすることから始める、あるいは


    レベル④程度のダイエットから始めることが重要です。


    このレベルは個人差があるので他人に決めてもらっては


    意味がありません。必ず自分でレベルの設定をしましょう。


    また自分はレベルが上がってきた時本当に最初に決めたレベルが


    正確だったのか検討してみましょう。


    レベルが上がる内にレベルの感覚が変ることがあるからです。


    例えば始めはレベル⑥だと思っていた事がレベル③に感じるようになる


    なんてことはよくあります。


    これを私はコップがバケツに変る法則と呼んでいます。


    ひとつのレベルが始めはコップ程度の容量しか持っていなかったのに


    いつのまにかコップからバケツに変ったということです。


    これは筋肉トレーニングと同じです。最初は重くて持てなかった


    オモリも持てるようになると前に少し重いと思った物が軽く感じる


    のと同じです。筋力のレベルを上げるには楽に持ちあがる物ではなく


    少し苦労するくらいの重さで筋トレしないとなかなかレベルアップしない。


    つまり快適レベルの一つ上のレベルを目指すことにより自分の


    可能性を広げることができます。


    まずは自分のレベルを知りレベルを上げることを目指しましょう。


    夢を叶えるにはレベルアップは必須です。


    快適レベルで叶わないから夢なのですから。


   今日はプランについて書こうとおもいます。


   タイトルの通り大きな樹になるにはどうすればいいか?


   これが良いプランの基本だと私は考えています。


   プランをたてるには先ず根について考える。


   樹は種の状態から根を地面に生やしているから立っていることを


   忘れてもしも根よりも樹になることに心血を注いでいたら


   その木は立つことは愚か、大きくなることさえできないでしょう。


   根は樹の命です。プランの良し悪しは根を張ることに


   かかっています。


   もちろん樹になることも重要ですが、根が無い事には


   樹には育ちません。ですので根を張るプランを先ず立てなければ


   なりません。


   根を張ると言う事を具体的にいえば結果を生むための準備。


   例えば会社を起こすために必要な知識や


   会社を起こしたときに上手く運営して行くシステムをつくること、


   上手くいかなかった時、つまり失敗した時にどうするかの準備、


   など様々なことが上げられます。


   それから芽を出し、木になるためのプランをつくります。


   木になるとは芽や若木は木としては柔らかい。


   つまり不安定だということです。


   この時に大成功を収めると柔らかいにも関わらず、


   自分はしっかりしていると勘違いし大きくなりすぎて


   自身の重さに耐えきれず折れてしまうこともあるので


   注意が必要なプランです。


   これを会社で例えるならどういう人材が必要かや、


   大きな会社にするために必要な知識も必要です。


   会社を安定させ更に大きな樹を目指すためのプランです。


   ここでももちろん失敗した時に対する応急処置的なことや、


   次に進むためにどうするかについては考えなければいけません。


   次は大きな樹の最終プランです。


   最終的な目標やその目的、目標が達成したらどうしようと思っているか?


   そのようなことです。自分はこのプランで成功できる理由などを書くのも


   いいでしょう。


   これらをなるべく具体的に細かく書き、頭でシュミレーションしたり


   信頼できる成功者にプランを見てもらうことをお勧めします。


   もしプランを立てるときにアドバイスを受ける場合は


   相手を選ばなければいけません。


   何故なら失敗している人でもアドバイスはできるからです。


   いいアドバイスと悪いアドバイスがあることは常に頭に


   置いておきましょう。


   先ずは相手がどれだけの実績があるのかを知る必要があります。


   何故なら逆上がりのできない人にアドバイスを受けて逆上がりが


   できますか?それを信頼できるでしょうか?


   逆上がりの指導者としての実績があるなら別として


   できない人に学ぶと間違っていることでさえ


   正しく聞こえることがあります。


   それは自分が経験がないため未知の部分を理屈と理論で


   正当化しているからです。


   結果が失敗を物語っているのであれば


   正しく聞こえようと信じてはいけません。


   失敗させようとしていない分、気持ちを


   くんでしまいたくなることがあるからです。


   信じないというよりは何が失敗を招いているのか


   を見つけることのできる人ならば悪いアドバイスを


   良いアドバイスに変えることができます。


   何故なら悪いアドバイスの反対のことをすることで


   よいアドバイスに変ることがあるからです。

 

   プランはとても大切な自分の指針となるものです。


   必ずしもプラン道理に人生は進みませんが


   思い通りに進むためにはプランの力が


   導いてくれることもあります。


   無いよりはあったほうが遥かにいい。


   プランが無いということは無責任なプランだと


   いうことを頭の隅にでも入れていてください。


   これからの人生でプランを立てないと思う人なら


   このことを頭に入れていればプランを立てなければ


   いけない時期がわかるかもしれませんので。