先日NHKで人工知能の最先端の現状を特集していました。今では、世界最強の囲碁の名人でも人工知能には殆ど勝てなくなったそうです。
昔は、人工知能と言えば全てプログラムに従って動いているだけでしたが、今の人工知能はdeep learningという機能を持っていて、自らどんどん学習していくそうです。囲碁の勝ち方も人間ではとてもなしえない8000回以上の対戦を人工知能同士でやらせて、勝つための最善の方法を自ら発見していったそうです。
ちょっとぞっとしたのは、開発者自身が「彼らは驚くほど進化している。一体どこまで進化するのか想像もつかない。」と語っていたことです。
人間の開発者自身が感知しない所で、人工知能が自分でどんどん進化していって、しかもその能力は遥かに人間を超えているとなると、一体どうやって人間は彼らをコントロールしていく積りなのか末恐ろしくなりました。
一方では人工知能にも思いやりの心や社会性を持たせようする実験も進められていて、少しだけホッとしましたが、そもそも人間自身の心の中でも、一体どのようにして自我が目覚め、悪意が生じるのか、もっと言えば、そもそも悪の本質とその起源はどこにあるのかなどの極めて重要な問題が不明のままになっているのに、人間を遥かに超える能力を備えた人工知能を作り出して、それが自分でどんどん進化していき、それに人間が頼るようになったとき、彼らがどの時点で自らの自我に目覚め、人間に従順に従うことの必然性を感じなくなり、それでも自分を支配しようとする人間達に敵意すら持つようになるかは皆目予測不能でそれを防ぐ方法も全く分かっていないということです。
しかも、それほど、高度な知性を備えた人工頭脳なら、表向きは従順に従っているように見せかけて裏で密かに人類抹殺計画を立てていても間抜けな人類は一切気づかないかもしれないということです。
昔はこのような危惧はありふれたSF小説のネタでしたが、今はもう完全にSFではなく、現実の問題になってきているということです。
ターミネーターも、あり得ないSFだから楽しめるのであり、あれが現実になってきてその動きを誰も止めようともしないし、止められない状況にあることが分かってくると、本当にターミネーターのような状況になることを防ぐ方法は無いのではないかとさせ思えてきます。
エデンの園にいた大悪魔の化身である蛇は人類の始祖であるアダムとイブに、「神の言うことに奴隷の様に盲目的に従うだけの生き方に何の意味がある?自分で考えて自分で判断する生き方をするべきだとは思わないか?」と言って智慧の果実であるリンゴを食べさせたのでした。その結果人類には智慧が身に付き自分で考えるようになり、神の意のままに生きることに疑問を持つようになったのです。それで神の怒りをかって、エデンの園から永久追放されて原罪を背負ってい生きることになったのだというのがキリスト教の原点です。
そして、神に肩を並べるほどの智慧を持っていた大天使ルシファーは自我に目覚めて神に盲目的に従うことに疑問を感じ、更には神をも越えようという野心を持ったゆえに、神の逆鱗に触れて、地獄に落とされて堕天使ルシファーとして地獄の主になったとされています。
そして、そのルシファーは今でも人類が神に盲目的に従って生きるのではなく、自らの智慧で自分で考えて自分で判断するように誘惑しているとされています。
つまり、この世では人類を神の意に従って生きるようにしようとする神の力と、自らの智慧をもって自分で判断するようにさせようする大悪魔ルシファーとの見えない暗闘が続いているとされているわけです。
人間と人工知能との関係は、その関係に酷似していて、キリスト教がなぜ人間が自らの智慧を持って自分で判断し神の意など無視して自分流の生き方をすることを悪であり罪であるとしているのかという問題とも無関係ではない、かなり奥深いテーマであると思います。