以下の記事は、以前、私が痛風生活というブログに書いていた記事です
プロフィール
55歳独身男性。29歳の夏に痛風を発症して以来、26年間、痛風という悪魔に苦しめられてきました。痛風生活の日々をつづります。
初めての痛風発作
2018年11月14日
初めまして。
私は55歳男性。
ちなみに、独身。
私は29歳のとき、痛風を発症し、それ以来、26年間、人生のおよそ半分を、この痛風という悪魔とつきあってきました。
初めて、痛風を発症したときは、痛風という病気のことを何も知らなかったので、本当にこわかったです。
では、その初めて、私に痛風発作が起こったときのことを書いてみたいと思います。
あれは、私が29歳のとき、暑い8月の夜明け前、およそ午前5時ごろだったでしょうか。
いきなり、左足の親指の付け根あたりに、人生で、それまで味わったことのないぐらいのすさまじい激痛を感じて、目を覚ましました。
「いたたたたたたたた、痛い、痛い、痛い」
「なんだこの痛みは」と思って、左足の親指の付け根を見てみると、真っ赤にはれ上がっています。
そして、その痛みは、まともに立って歩けないような痛みです。
とにかく、自分の身に何が起こったのかわからず、「痛い、痛い、痛い」とひたすら、そのすさまじい痛みに耐えるしかありませんでした。
思えば、前日に、左足の親指の付け根がむずむずするというか、痛むというか、痛風発作の予兆はありました。
しかし、そのときは、痛風のことなどまったく知らなかったので、足をどこかにぶつけたのかな、一晩寝れば治るだろう、ぐらいにしか思っていませんでした。
それが、こんなとてつもない痛みになってしまうとは。
自分でも訳が分からず、また、痛みに耐えられず、隣の病院が開くなり、隣の病院に駆け込みました。
もちろん、まともに歩けないので、片足立ちで、ぴょんぴょんとはねながら、隣のM医院に駆け込んだのです。
幸いなことに、当時の私の家は、病院のすぐ隣にあったのです
今はその家とは別の一軒家に引っ越しています。
さて、そうやって、死ぬ思いで、
病院に駆け込み、医者に
「足が痛いんです」
と真っ赤にはれあがった素足を見せると、その足を見るなり、医者は
「これは痛風だ」
と言いました。
そして
「うまいものばかり食ってるからだよ」
と言いました。
「確かに、ごもっとも」
私は何も言いませんでしたが、心の中で、そう思いました。
そして、看護師に患部に冷たい湿布を貼ってもらい(気持ちよかったです)、薬をもらって、その日は帰りました。
そして、その日以来、30年間、私は痛風という悪魔と戦い続けてきたのです。
そして、痛風という病気は糖尿病同様、一生治らないので、この戦いは一生続きます。
本当は、つきあいたくないのですが、私はこの痛風という病気と一生、つきあっていかざるをえません。
このブログでは、そんな痛風生活30年の私が痛風生活の日々をつづっていきたいと思います。
過去の痛風記事の引用です。
2018年11月14日
これから痛風について書いていきたいのですが、私の痛風生活がどんな感じなのか、2011年ごろ、他のブログに、痛風について書いていた過去の痛風記事をしばらく引用していきたいと思います。
2011年ごろに書いたものなので、私が47,8歳ごろのものとなります。
これは、まさに私の実体験なので、これを読めば、いかに痛風というものが悲惨で苦しく、とんでもない地獄の悪魔かということが分かるでしょう。
では、引用していきます。
2011年5月28日
今週、痛風発作があった。
今週、例のごとく、痛風発作があった。
これほど激しい痛みはひさしぶりだと思うが、まさしく、いつもの痛風発作のように、地獄の苦しみであった。とくに、5月25日は、痛みはピークだった。
今回は足首だったのだが(いつもは親指の付け根が多い)、痛風発作の一番激しいときは、足首(あるいは親指の付け根)に、プロレスラーが万力というか、ペンチでおもいっきり締め上げるような痛さなのである。
痛風発作の一番激しいときは、痛む足を斧(おの)か何かで切り落としたほうがよほど楽だろうというぐらいのすさまじい痛みなのである。
何も、そんなにおもいっきり締め上げなくてもいいだろうという、まさに地獄の苦しみであり、「ギャー」という声は発しないが、心の中では、まさにそのような叫び声を発しながら、ひたすら耐え忍ぶしかないのである。
そのような地獄の苦しみが、朝も夜も何日も続くのだから、たまったものではない。
もちろん、痛風発作のときは、寝ているしかない。立ち上がるのも苦しいし、部屋から5メートル先のトイレに行くのにも、まさに、大げさではなく、死ぬほどの苦しみなのである。
ハアハア息をして、やっとの思いで立ち上がり、まわりの壁などに寄りかかりながら、いつもの何倍もの時間をかけて、よたよたと、ようやく、トイレについて、用を足す。
まことに情けないが、自分の身体が普段と違い、まったく自分の思うように動いてくれないのである。
もし、あなたが痛風でないのなら、感謝すべきだろう。
この世で、人体が感じる最も激しい痛風発作の苦しみを知らないですむのだから。
引き続き、過去の痛風日記の引用です。
2011年2月28日 今日もまだ痛い。
今日もまだ痛い。だが、痛みは、5月25日のマックスのときの100分の1ぐらいになっているが、まだ、足を引きずって歩いている。
痛風発作が起こっても、最低限の外出はしなければならないのが、つらいところである。
本当は、痛風発作の痛みが完全になくなるまで、外出しないほうがいいのだが。
また、過去の痛風記事の引用です。
今回は、初めての痛風発作について、詳しく書いています。
2011年5月30日 まだ、びっこをひいて歩いている
本当は、痛風で足が痛むときは、外出したくないのだが、食べ物を買うために、スーパーに買い物に行かなければならないし、どうしても、最低限の用事をこなすために、外出せざるをえない。
それで、痛む足をひきずるようにして、びっこをひきながら歩くことになるのだが、これが、われながら、みっともなくて、情けない。トホホと思いながら、歩いている。
私は障害者ではないが、痛風発作が起こり、びっこを引きながら、歩いているときの私というのは、まさに、障害者そのものだ。やはり、人前には出たくないと思う。
今回の痛風発作は、5月23日ごろから始まったので、今日、5月29日で約1週間だ。
発作は、1週間から2週間続くことが多い。もうしばらく痛みは続きそうだが、今は、かなり楽になってきた。痛みの峠は過ぎ、あと数日で、回復するものと思われる。
痛風発作がなくなると、いつものとおり、何事もなく、健常者のように歩き、生活できるのである。
この発作のときと発作が起きていないときのギャップがすごい。
痛風発作が起きているときは、まさに地獄の苦しみ。
発作がないときは、痛くもかゆくもないので、ケロッとして、痛風のことなど、まるで忘れてしまっている。
それで、つい、痛風の原因となった暴飲暴食、グルメ、大食いに戻ってしまうのである(私は人の3倍ぐらい食べ、中華料理などのこってりとして味の濃い油たっぷり料理が大好きなのです。また、うに、いくら、えび、ホタテ、貝などの魚貝類が大好きという、まさに痛風になる典型なのです。痛風になるまで、このような料理と食生活が、痛風になる大きな原因の一つだとはまったく知りませんでした)。
暴飲暴食、グルメ、大食い、ビールに焼き鳥、モツなべ、エビ・うに、ホタテ、いくらなどの魚介類、こってり濃厚なラーメンや油もの料理大好きな皆さん。
尿酸値をはかったほうがいいですよ。痛風になる可能性がありますよ。そのままだと、とんでもないことになりますよ。そう、私のように(-_-;)
私は痛風に関する知識がまったくなかったので、痛風にいきなりかかり、何がなんだか分からず、地獄の恐怖と苦しみを味わいました。
それでは、初めての痛風発作が起こったときのことを書きましょう。
そう、あれは、忘れもしない暑い夏の8月。私が29才のときでした。
それは、ある暑い夏の明けがたに起こりました。
前日に足の親指の付け根がなんとなく痛く、どこかにぶつけたかな、と思ったのですが、寝てれば直るだろうと気にしないで寝ていたのですが、明け方5時ごろだったでしょうか。
足の親指の付け根に激痛を感じて、「いたたたたたた」と飛び起きました。
なんというか、これまでの人生で、経験したことのないすさまじい痛みです。
たとえば、足の皮膚をむき出しにして、足の親指の付け根に「きり(錐)」をおもいっきり突き刺して、グリグリするような感じとでもいえばいいでしょうか。
それが、1秒や2秒で終わらず、数時間、あるいは、何日も続くのですから、たまったものではありません。
本当に足を斧(おの)か何かでぶった切ってほしい、そう思うぐらい、本当にすさまじい痛みなのです。
普通であれば、斧で足を切断されるのはすさまじい痛さなので、だれだっていやでしょう。
しかし、痛風発作というのは、斧で足を切断したほうがまだまし、と思うぐらいのすさまじい痛みなのです。
これは、痛風発作の経験者でなければ決して分からないと思います。
痛風発作の経験者であれば、深くうなずいていただけると思います。まさに、痛いなどという、生やさしいものではないのです。
実際に経験しなければ、決して、想像もできないような、すさまじい痛みなのです。
私は心の中で、「ギャー」と叫びながら、顔からは脂汗を流して、ひたすら、耐えるしかありませんでした。
この初めての痛風発作の起こった朝、そのまま、ぴょんぴょんと片足とびをしたり、びっこを引きながら、家の隣にある病院に駆け込みました。
そのときの私と医者の会話です。
私
靴下を脱いで、真っ赤にはれあがった足の親指の付け根を見せて、「足の親指の付け根が痛いんです」
医者
私の足の親指を見るなり、「こりゃ、痛風だ。うまいもんばかり食ってるからだよ」
私「……(まさしくそのとうり)」
というわけで、真っ赤にはれて、ふくれ上がった足の親指の付け根に、看護婦さんに優しく湿布をはってもらい(冷たくて気持ちよかったです)、薬をもらって帰りました。
その後、薬を飲んで、1週間ぐらい、じっとしていたら、痛みは跡形もなく、なくなったと思います。
しかし、それからが痛風という悪魔と私の闘いの始まりでした。
でも、どうやっても痛風に勝つことはできず、せいぜい痛風をなだめ、なるべく、痛風という悪魔が私を訪問しないでくれることを願い、祈るしかありませんでした。
痛風は、一生治ることのない重病なので、最初の痛風発作で終わったわけではなく、私は、これまで30年近く、痛風発作の地獄の痛みに苦しんできたのです。
2011年5月31日 まだ多少痛い
まだ多少痛いが、かなりよくなってきた。だが、まだびっこを引いて歩いている。先週の月曜日ごろ、痛風発作が始まったので、今日で9日目。かなり長い。しかし、あと数日で完全に痛みはなくなり、びっこをひかずに歩けるようになるだろう。
2011年06月02日 まだ痛む
いったい、いつまで痛むのだろうか。私はネットで仕事しているのだが、痛風発作が起こると、足が痛くて、仕事どころではなくなる。
今回の発作はかなり長い。といっても先週の月曜日から発作が始まったので、まだ10日なのだが。
まさに、地獄の苦しみなので、痛風発作の日々は、非常に長く感じられる。
2011年6月4日 ようやく痛みがおさまった
きのうは、かなり痛んだが、今は、痛みはほとんどない。しかし、油断は禁物。もう数日、また発作が起きないか、様子を見る必要がある。
とりあえず、今はほっとしている。約10日ぶりに、痛風発作の痛みのないありがたさを味わっている。
2011年6月5日 ほとんど痛みがなくなった
助かった。あの地獄の痛みから、ようやく解放された。しかし、まだ、歩くと痛くて、多少、びっこをひいて歩いている。あと数日で、完全に痛みはなくなり、通常に戻るだろう。
2011年06月07日 まだ、痛い
おかしい。まだ、痛い。痛風発作が始まって2週間だが、まだ、痛くてびっこをひいて歩いている。
しかし、じっとしていれば痛みはないし、かなり楽にはなっているのだが、まだ完全に痛みがなくなっているわけではない。いつまで痛いのだろうか。たまったものではない。
2011年6月9日 ようやく痛みがなくなった
しかし、まだ歩くと少し痛みがある。だが、いつも痛風発作が終わると思うのだが、痛風発作の時は、関節が破壊されてしまったのではというぐらいのすさまじい痛みなのに、痛風発作がおさまり、痛みがなくなると、また、普通に歩けるようになるのである。
これがいつも不思議だ。あのぐらい痛いと、もう二度と歩けないのではないかと怖くなるが、痛風発作がなくなると、また前のように歩けるのである。
もう、ほとんど痛みはなくなった。あと数日で、完全に前のように普通に歩けるようになるだろう。
2011年6月10日
ようやく痛風の痛みがなくなり、普通に歩けるようになった
ようやく、痛風の痛みがなくなった。そして、普通に歩けるようになった。ようやく、びっこをひかずに普通に歩けるようになった。そして痛風の痛みもなくなった。
これは大変にありがたいことだ。普通に立って歩けることがありがたいことだとは、ほとんどの人間は思わないだろう。
しかし、痛風発作が起こると、立って歩けなくなる私には、立って歩けることがどれだけありがたいことか、よく分かる。
それだけが、私のような痛風患者にとって、痛風のいいところだといえるだろう。
しかし、もちろん、痛風にならないにこしたことはないのだが。
2011年6月15日 痛風の痛みはない
痛風の痛みはなくなり、今は完全に以前のように、普通に歩けるようになった。
ただ、いつ、また痛風発作が起こるかわからない。安心はできない。
ちょっと今日食べ過ぎて、脚に軽い痛みがあったが、痛風の薬を飲むとおさまった。
ちょっと食べ過ぎると、すぐ足が痛くなってくるので、たまらない。しかし、今は痛風の痛みのない快適な生活を楽しんでいる。本当にありがたいことだ。
2018年11月14日
これまで、7年前に書いた痛風日記を紹介しましたが、当時と今が違うのは、当時は足が痛くなることが多かったのですが、今は、手が痛くなることが多いということです。
左手が痛むと、次は右手が痛くなり、右手が痛むと、次は左手という感じで、右手と左手が交互に痛みます。
右手と左手が、同時に痛むということはありません。
そして、両手に痛風結節という小さなコブができてしまいました。
もちろん、両足の親指のつま先にも痛風結節というコブがあります。
2018年11月15日
痛風には、リンゴ酢が効くみたい!?
あくまで、私の場合ですが、痛風にはリンゴ酢が効くみたいです。
リンゴ酢を飲むようになって、痛風発作が起きなくなりました。
また、痛風の痛みも少なくなりました。
少なくとも、痛風特有のすさまじい痛みは感じなくなりました。
とにかく、リンゴ酢は利尿作用が半端なく、尿がバンバン出ます。
痛風の原因になる尿酸は尿からしか排泄されないので、尿がたくさん出ることは大切なことです。
飲み方は簡単。
500mlのミネラルウォーターに、数滴リンゴ酢をたらし、よく振って、あとは、ゴクゴク飲むだけです。
一日一本、このリンゴ酢ミネラルウォーターを飲むだけです。
このリンゴ酢ミネラルウォーターを飲むようになって、痛風の痛みが起こらない、あるいは、軽くなりました、少なくとも、以前のような、すさまじい痛風の痛みはなくなりました。
これは、あくまで、私の場合なので、すべての痛風患者に効くかは分かりませんが、少なくとも私の場合は、リンゴ酢は効きます。
リンゴ酢には、ダイエット効果もあるようなので、興味のある方は、お試しください。
あと、最近の私が痛風発作を起こさないために、心がけていることを以下に書きます。
1,腹八分目を心がける。
これは王道ですね。「腹八分目に医者いらず」と言って、いつの時代でも真理です。
ですから、病気になりたくない人は、腹八分目を心がけるべきです。
そもそも、私が痛風になったのも、暴飲暴食、大食いの習慣があったからだと思います。
私が腹八分目の少食を守っていたら、決して、痛風にはなっていなかったでしょう。
2.一日に、ミネラルウォーター、あるいは、緑茶を2リットル飲む。
前にも書きましたが、尿酸は尿からしか排泄されないため、尿をよりたくさん排泄するためです。
糖尿病や尿路結石の予防にもなります。
緑茶は伊右衛門2リットルのペットボトルを飲んでいます。
また、リンゴ酢ミネラルウォーター以外に、ミネラルウォーターも一日中、少しずつ飲んでいます。
3.糖質の高い炭水化物摂取を控え、なるべく、糖質制限の食事をする
なるべく、糖質の低い食品を選んで食べるようにしています。
糖質は、炭水化物から食物繊維を引いたものですが、炭水化物のほとんどは糖質なので、なるべく糖質が少ないものを食べるようにしています。
(例、わかめ、納豆、お揚げ、豆腐、チーズ、大豆、サバの水煮缶など)
以前は、おなか一杯食べていた炭水化物、例えば、ごはん、菓子パン、お菓子、せんべい、ポテトチップス、そば、うどん、ラーメン、パスタ(とくに、ペペロンチーノが大好物)などは、ほとんど食べなくなりました。
痛風とは
2018年11月20日
「風が吹いても痛い」と言われる痛風。
当の痛風患者である私からすると、「風が吹かなくても十分痛い」と思いますが(苦笑)
痛風は、尿酸が身体の中にたまり、その尿酸が関節の中で固まり、結晶になるために、激しい痛みを伴う関節炎(痛風発作)を引き起こす疾患です。
現代では、良い薬も開発されているので、正しい治療を受ければ、通常人と同じ生活が送れます。
しかし、治療をしないでいると、激しい痛みを伴う痛風発作を繰り返したり、体のいたるところに、小さなコブ(痛風結節)ができたり、腎臓が悪くなり、最悪、人工透析となる可能性のある、こわい病気です。
痛風発作は、足の親指の付け根に起こることが多いです。
ある日、突然発症し、足の親指の付け根が真っ赤にはれ上がり、歩くことができないほどの激痛が起こります。
その激痛は、10日ほどで跡形もなく、なくなるのが特徴です。
そこで、初めて痛風発作を起こした痛風患者は「治った」と勘違いしてしまいます。
そこで、また、以前のような大食い、暴飲暴食を繰り返すと、また、あのすさまじい激痛を伴う痛風発作を起こしてしまうというわけです。
私もまさにそうで、初めての痛風発作を味わったあと、薬をもらって、しばらく家で寝ていると、足が痛くもかゆくもなくなったので、また、以前の大食い、ドカ食いに戻ってしまいました。
すると、どうなるか。
当然、ふたたび、痛風発作を起こして病院に駆け込みました。まさに、「のど元過ぎると熱さ忘れる」ですね。
今はこりて、少食にしています。
なぜ、私は痛風になったのか?
2018年11月22日
改めて、初めまして。
私は55歳独身男性。29歳のときに、痛風を発症した痛風患者です。
しかし、私は生まれたときから痛風患者だったわけではありません(当たり前)。
私がなぜ痛風になってしまったのか。その原因を振り返ってみると、明らかに食生活に問題がありました。
つまり、食べすぎ、大食い、過食、暴飲暴食が痛風になった大きな原因だったと思います。
それとともに、運動不足も大きな原因だったでしょう。
なんせ、私は大の大食いで、普通の人間の3倍ぐらい食べていました。
身体は比較的、健康で、病気は風邪になったぐらいです。
また、大の運動嫌いで、体を動かしたり、歩くのが大嫌い。
家から10m先の自動販売機に、大好きな缶コーヒーを買いに行くのにも自転車で行っていました。
そして、家でゴロゴロ寝転がっているのが大好きでした。
そして、私の普段の食生活は一日三食は人の三倍食べ、さらに、テーブルの上には、お菓子と菓子パンが山盛り。
そして、部屋の中に寝転がりながら、そのお菓子と菓子パンを食べながら、一日中テレビを見たり、本やマンガを読んだりしていました。
それはインターネットが、まだ普及していなかったころのことだったので、今なら、一日中、You Tube動画を見ていることでしょう。
さて、こんな怠惰な生活を送っていた私はさぞかし、ものすごいデブだっただろう、と思うかもしれませんが、あにはからんや、実は、若いころの私はとてもスリムで、どんなに食べても太らなかったのです。
それに、運動はまったくダメだったんだろうと思うかもしれませんが、私は中学校のときは、陸上部で、けっこう走るのが速かったのです。
歩くのはキライですが、走るのは好きだったのです。中学校のときは、陸上部だったので、徹底的に走り込みをやっていました。
だから、十代、二十代の若いころの私はとてもやせていて、健康だったので、「腹八分目」ということを完全にバカにしていました。
「オレはどんなに食べて、運動もまったくしなくても、全然太らないし、病気にもならない。何が腹八分目だ。アホらしい」と思っていました。
そう確かに、この考えは、そのときの私にとっては正しかったでしょう。
29歳の夏の地獄の痛風発作が起こらなければ…。
痛風発作が起こらなければ、おそらく、私は一生、そういう食生活を送っていたことでしょう。
十代、二十代のころの私にも、いろいろ悩みや苦しみはありましたが、風邪を時々ひくぐらいで、少なくとも身体は健康でした。
そして、その健康は当然一生、続くものだと思っていました。
しかし、「ああ、無常」。
まさか、その私がこんな大病にかかってしまうとは。
まさに、人生は無常であり、何が起こるか分かりません。
私はプロフィールにも書いたように、29歳の夏に、いきなり痛風発作の激痛を味わい、それ以来、痛風発作の地獄の激痛を何度も何度も味わってきました。
その結果、私の手足には、痛風結節というコブができてしまいました。
この痛風結節というコブは、私の身体から一生取れることはないでしょう。
さて、今の私が十代、二十代のころの私に言うなら、
「そんな暴飲暴食をやめて、腹八分目の少食にしなさい。そんな生活を続けていると、将来、とんでもないことになる。今に、地獄の苦痛を味わうことになるぞ」と警告することでしょう。
といっても、当時の若い健康な私はそんな言葉には、耳を貸さなかったかもしれません。
ジジイのたわごと、ぐらいにしか思わなかったかもしれません。
まことに、無知と傲慢とは恐ろしいものです。