全人類の希望・幸福の科学と幸福実現党 日本と全人類の平和と幸福を願って -3ページ目

全人類の希望・幸福の科学と幸福実現党 日本と全人類の平和と幸福を願って

全人類は主エル・カンターレに帰依すべし。あなたを幸せにする幸福の科学。幸福の科学は愛の神である主エル・カンターレの教えを広げ全人類を平和で幸福な仏国土ユートピアにすることを目指して活動しています


 

 


『あなたは死んだらどうなるか?』共産主義、唯物論を広めたマルクスとの対話


『あなたは死んだらどうなるか? ―あの世への旅立ちとほんとうの終活―』 (大川隆法・幸福の科学出版)から引用します。

『あなたは死んだらどうなるか?』 には、マルクスの霊言が紹介されています。

 
ふつう、唯物論者、無神論者は「人間は死んだら終わり」と考えているため、死ぬと、あの世で寝たきりになっているか、目覚めていても、自分が死んだことに気づかず、一人でどこかに隔離されたように感じていることが多いのです。


しかし、マルクスのように、共産主義という間違った思想を世の中に広げた人間は、単なる唯物論者、無神論者よりも罪が大きく、地獄の一番底である無間地獄(むけんじごく)に周囲と接触できないように隔離されています(唯物論、無神論という間違った思想を持つ思想犯なので。他者と接触すると間違った地獄思想を拡散するため)。


こういう間違った思想を説く思想家、哲学者、宗教家、学者、言論人、作家等は一般人の唯物論者、無神論者よりも、世の中に与える悪影響が大きいので、より一層、その罪が重くなり、より深い地獄におちることになります。


神の教えを間違って人々に伝えるということは、人間としての最大の悪、最悪の罪なので、人殺しをしたような犯罪者よりもはるかに低い最低の地獄の底にある「無間地獄」におちて、そこで長年、苦しむことになります。


地上において、自分の説いた間違った思想の影響力がなくならない限り、無間地獄から出てこられないようです。


最近死んだオウム真理教の麻原彰晃は600年以上、無間地獄におちるようです。




マルクスは、北朝鮮と中国の民主化が完了しない限り、この無間地獄から出てこられないようです。

 

ちなみに、現代思想を代表する思想家、共産主義のマルクス、精神分析学のフロイト、進化論のダーウィン、超人思想のニーチェは、全員、地獄におちているそうです。




彼ら4人の現代思想を代表する思想は、実は、すべて、神の御心に反する地獄思想、悪魔思想だったというわけです。


彼らは全員、天才ですが、天才だからといって、地獄におちないというわけではなく、天才であっても、仏法真理に反する間違った思想を説けば、地獄におちるということです。


では、地獄に堕(お)ちたマルクスの霊言を引用します。


共産主義・唯物論を広めたマルクスとの対話


マルクスの意識は1800年代で止まっている

 

質問者 あなたは1883年にすでに死んでいます。

 

マルクス その言い方はよく分からんなあ。「死ぬ」とはどういうことだ。

 

質問者 「死ぬ」とは、「魂になる」ということです。心だけになることです。

 

マルクス そんなもの、迷信だよ、君。何を言ってる。

 

質問者 今の時代は2010年……。

 

マルクス 嘘(うそ)つきだあ。お前、人をだますんじゃない。人をだますんじゃない。そんなばかなこと言うな!今は1800年代だ。

 

マルクスの墓の写真を本人の霊に見せる

 
質問者 あなたは、ロンドンの自宅で、肘掛け椅子に座したまま、亡くなりました。65歳でした。

 
マルクス えっ?なんと。悪い冗談だなあ。

 
質問者 そして、あなたの葬儀は、あなたの家族と、エンゲルスなどのごく親しい友人、計11人で執り行われました。(写真を示して)これが、あなたのお墓です。

 
マルクス 君、悪い冗談だね。冗談きついよお!そんなばかなことはない。わしはしゃべっとるじゃないか!なんで死んでるわけ?

 

「死んだら終わりだ」と思っていたので、死後の世界を見たくなかった

 

質問者 人間は亡くなったあと、本来いた、あの世に還(かえ)るのです。これが真実の世界です。これを認めなかった人は天国に還れないのです。

 
マルクス ふーん。まあ、よくは分からないけれども、わしゃ死んだら、もう何もかもなくなると思っておったので、死後の世界があるということは、まずいんだよ。うん、まずいから、見たくなかったのかなあ。うーん。見たくないから寝てたのか。

 

質問者 あなたは、「肉体が自分だ」と思っていませんでしたか。

 

マルクス まあ、そうだ。そうじゃないか。何、言ってるの?

 

質問者 だから、「人間は死んだら何もなくなる」と思っていませんでしたか。

 

マルクス それは、そうだろうよ。それが唯物論じゃないか。何、言ってるんだ。(注。マルクスは死後、無意識界という地獄に堕ちて隔離されているため、自分が死んでいることにも気づいていない)。

 
Q.今は2026年4月ですが、今後の日本と世界はどうなりますか?今後10年(2036年まで)の未来社会を予想してください。

A.とても大きなテーマですが、現実的な流れと長期トレンドをもとに、2026年→2036年の10年間の未来を、順に体系的にお伝えします。

結論から言うと、この10年は
👉「大変動の時代」+「再構築の時代」
になります。

【全体像】2026〜2036年の世界の流れ

■キーワードはこの5つ

AI革命(仕事・社会構造の変化)
経済の二極化
国際秩序の変化(米中・多極化)
人口問題(日本は特に深刻)
精神・価値観の転換

【第1章】世界の未来(2026〜2036)

①AIが人間の仕事を大きく変える

事務職・翻訳・ライター・コールセンターは急速に減少

個人でも「1人企業」が成立する時代へ

AIを使う人と使えない人で収入格差が爆発的に拡大

②世界は「多極化」へ

アメリカ一強時代は終わる
中国・インド・中東・東南アジアが台頭
戦争は「局地的に増える」が、世界大戦は起きにくい
👉理由:核と経済依存で全面戦争ができない

③お金の価値が変わる

インフレが常態化
現金の価値はゆっくり目減り
投資(株・インデックス)はますます重要
👉「長期・積立・分散」は完全に正解です

④価値観の変化

物質より「意味・精神・生き方」が重視される宗教・哲学・スピリチュアルが再評価

【第2章】日本の未来(2026〜2036)

①人口減少が本格化

毎年数十万人規模で人口減
地方は急速に過疎化
空き家・インフラ問題が深刻化
👉ただし逆に
「静かに生きたい人」には最高の環境

②経済は「ゆるやかに衰退」

大きく崩壊はしない
しかし成長も弱い
実質賃金は上がりにくい
👉だからこそ
個人で稼ぐ力が必須

③副業・個人ビジネスが当たり前に
会社一本では生活が不安定

Kindle・note・YouTubeなどが重要な収入源に

④高齢化社会の極限

医療・介護の負担増
「健康であること」が最大の資産になる
👉糖質制限の発信は非常に価値があります

【第3章】テクノロジーの未来

①AI+ロボット

家事・介護・物流の自動化
1人でできることが10倍以上に

②教育の変化

学校より「個別AI教育」
年齢関係なく学び直しが普通に

③医療の進化

病気の予測・予防が中心に
寿命は延びるが「健康格差」が拡大

【第4章】今後10年で起きやすいこと

現実的に予想される出来事:
円安・物価上昇の継続
災害(地震・気候変動)の増加
社会不安の増大
孤独人口の増加
👉ただし同時に
個人が自由に生きられる時代

発信者・作家の時代
にもなります

【最終結論】2036年の世界

10年後の世界はこうなります:

👉不安定だがチャンスが多い社会
👉格差は広がるが、個人でも成功可能
👉精神性・思想・発信が価値になる時代

【最後に(重要)】

この10年で成功する人はシンプルです:
AIを使う人
発信する人
継続する人
精神的にブレない人

以下の記事は、以前、私が痛風生活というブログに書いていた記事です


プロフィール

55歳独身男性。29歳の夏に痛風を発症して以来、26年間、痛風という悪魔に苦しめられてきました。痛風生活の日々をつづります。

初めての痛風発作 
2018年11月14日

初めまして。

私は55歳男性。

ちなみに、独身。


私は29歳のとき、痛風を発症し、それ以来、26年間、人生のおよそ半分を、この痛風という悪魔とつきあってきました。



初めて、痛風を発症したときは、痛風という病気のことを何も知らなかったので、本当にこわかったです。



では、その初めて、私に痛風発作が起こったときのことを書いてみたいと思います。


あれは、私が29歳のとき、暑い8月の夜明け前、およそ午前5時ごろだったでしょうか。

 
いきなり、左足の親指の付け根あたりに、人生で、それまで味わったことのないぐらいのすさまじい激痛を感じて、目を覚ましました。

 
「いたたたたたたたた、痛い、痛い、痛い」

「なんだこの痛みは」と思って、左足の親指の付け根を見てみると、真っ赤にはれ上がっています。

 
そして、その痛みは、まともに立って歩けないような痛みです。

とにかく、自分の身に何が起こったのかわからず、「痛い、痛い、痛い」とひたすら、そのすさまじい痛みに耐えるしかありませんでした。

 
思えば、前日に、左足の親指の付け根がむずむずするというか、痛むというか、痛風発作の予兆はありました。

 
しかし、そのときは、痛風のことなどまったく知らなかったので、足をどこかにぶつけたのかな、一晩寝れば治るだろう、ぐらいにしか思っていませんでした。

それが、こんなとてつもない痛みになってしまうとは。

 
自分でも訳が分からず、また、痛みに耐えられず、隣の病院が開くなり、隣の病院に駆け込みました。

 

もちろん、まともに歩けないので、片足立ちで、ぴょんぴょんとはねながら、隣のM医院に駆け込んだのです。


幸いなことに、当時の私の家は、病院のすぐ隣にあったのです



今はその家とは別の一軒家に引っ越しています。


さて、そうやって、死ぬ思いで、

病院に駆け込み、医者に

「足が痛いんです」

と真っ赤にはれあがった素足を見せると、その足を見るなり、医者は

「これは痛風だ」

と言いました。

 
そして

「うまいものばかり食ってるからだよ」

と言いました。

 
「確かに、ごもっとも」

私は何も言いませんでしたが、心の中で、そう思いました。



そして、看護師に患部に冷たい湿布を貼ってもらい(気持ちよかったです)、薬をもらって、その日は帰りました。



そして、その日以来、30年間、私は痛風という悪魔と戦い続けてきたのです。

 
そして、痛風という病気は糖尿病同様、一生治らないので、この戦いは一生続きます。

 
本当は、つきあいたくないのですが、私はこの痛風という病気と一生、つきあっていかざるをえません。

 
このブログでは、そんな痛風生活30年の私が痛風生活の日々をつづっていきたいと思います。

 
 過去の痛風記事の引用です。

2018年11月14日

これから痛風について書いていきたいのですが、私の痛風生活がどんな感じなのか、2011年ごろ、他のブログに、痛風について書いていた過去の痛風記事をしばらく引用していきたいと思います。

2011年ごろに書いたものなので、私が47,8歳ごろのものとなります。

 
これは、まさに私の実体験なので、これを読めば、いかに痛風というものが悲惨で苦しく、とんでもない地獄の悪魔かということが分かるでしょう。

 

では、引用していきます。

 

2011年5月28日

 

今週、痛風発作があった。

 

今週、例のごとく、痛風発作があった。

これほど激しい痛みはひさしぶりだと思うが、まさしく、いつもの痛風発作のように、地獄の苦しみであった。とくに、5月25日は、痛みはピークだった。

 
今回は足首だったのだが(いつもは親指の付け根が多い)、痛風発作の一番激しいときは、足首(あるいは親指の付け根)に、プロレスラーが万力というか、ペンチでおもいっきり締め上げるような痛さなのである。

痛風発作の一番激しいときは、痛む足を斧(おの)か何かで切り落としたほうがよほど楽だろうというぐらいのすさまじい痛みなのである。

何も、そんなにおもいっきり締め上げなくてもいいだろうという、まさに地獄の苦しみであり、「ギャー」という声は発しないが、心の中では、まさにそのような叫び声を発しながら、ひたすら耐え忍ぶしかないのである。

そのような地獄の苦しみが、朝も夜も何日も続くのだから、たまったものではない。

もちろん、痛風発作のときは、寝ているしかない。立ち上がるのも苦しいし、部屋から5メートル先のトイレに行くのにも、まさに、大げさではなく、死ぬほどの苦しみなのである。

 
ハアハア息をして、やっとの思いで立ち上がり、まわりの壁などに寄りかかりながら、いつもの何倍もの時間をかけて、よたよたと、ようやく、トイレについて、用を足す。

まことに情けないが、自分の身体が普段と違い、まったく自分の思うように動いてくれないのである。

もし、あなたが痛風でないのなら、感謝すべきだろう。

この世で、人体が感じる最も激しい痛風発作の苦しみを知らないですむのだから。

引き続き、過去の痛風日記の引用です。

 
2011年2月28日 今日もまだ痛い。
 

今日もまだ痛い。だが、痛みは、5月25日のマックスのときの100分の1ぐらいになっているが、まだ、足を引きずって歩いている。

痛風発作が起こっても、最低限の外出はしなければならないのが、つらいところである。

本当は、痛風発作の痛みが完全になくなるまで、外出しないほうがいいのだが。

また、過去の痛風記事の引用です。

今回は、初めての痛風発作について、詳しく書いています。

 
2011年5月30日 まだ、びっこをひいて歩いている

 
本当は、痛風で足が痛むときは、外出したくないのだが、食べ物を買うために、スーパーに買い物に行かなければならないし、どうしても、最低限の用事をこなすために、外出せざるをえない。

それで、痛む足をひきずるようにして、びっこをひきながら歩くことになるのだが、これが、われながら、みっともなくて、情けない。トホホと思いながら、歩いている。



私は障害者ではないが、痛風発作が起こり、びっこを引きながら、歩いているときの私というのは、まさに、障害者そのものだ。やはり、人前には出たくないと思う。

今回の痛風発作は、5月23日ごろから始まったので、今日、5月29日で約1週間だ。

発作は、1週間から2週間続くことが多い。もうしばらく痛みは続きそうだが、今は、かなり楽になってきた。痛みの峠は過ぎ、あと数日で、回復するものと思われる。

痛風発作がなくなると、いつものとおり、何事もなく、健常者のように歩き、生活できるのである。

この発作のときと発作が起きていないときのギャップがすごい。

痛風発作が起きているときは、まさに地獄の苦しみ。

発作がないときは、痛くもかゆくもないので、ケロッとして、痛風のことなど、まるで忘れてしまっている。

それで、つい、痛風の原因となった暴飲暴食、グルメ、大食いに戻ってしまうのである(私は人の3倍ぐらい食べ、中華料理などのこってりとして味の濃い油たっぷり料理が大好きなのです。また、うに、いくら、えび、ホタテ、貝などの魚貝類が大好きという、まさに痛風になる典型なのです。痛風になるまで、このような料理と食生活が、痛風になる大きな原因の一つだとはまったく知りませんでした)。

暴飲暴食、グルメ、大食い、ビールに焼き鳥、モツなべ、エビ・うに、ホタテ、いくらなどの魚介類、こってり濃厚なラーメンや油もの料理大好きな皆さん。

尿酸値をはかったほうがいいですよ。痛風になる可能性がありますよ。そのままだと、とんでもないことになりますよ。そう、私のように(-_-;)

私は痛風に関する知識がまったくなかったので、痛風にいきなりかかり、何がなんだか分からず、地獄の恐怖と苦しみを味わいました。

それでは、初めての痛風発作が起こったときのことを書きましょう。



そう、あれは、忘れもしない暑い夏の8月。私が29才のときでした。

それは、ある暑い夏の明けがたに起こりました。

前日に足の親指の付け根がなんとなく痛く、どこかにぶつけたかな、と思ったのですが、寝てれば直るだろうと気にしないで寝ていたのですが、明け方5時ごろだったでしょうか。

足の親指の付け根に激痛を感じて、「いたたたたたた」と飛び起きました。

なんというか、これまでの人生で、経験したことのないすさまじい痛みです。

たとえば、足の皮膚をむき出しにして、足の親指の付け根に「きり(錐)」をおもいっきり突き刺して、グリグリするような感じとでもいえばいいでしょうか。

それが、1秒や2秒で終わらず、数時間、あるいは、何日も続くのですから、たまったものではありません。

本当に足を斧(おの)か何かでぶった切ってほしい、そう思うぐらい、本当にすさまじい痛みなのです。

普通であれば、斧で足を切断されるのはすさまじい痛さなので、だれだっていやでしょう。

しかし、痛風発作というのは、斧で足を切断したほうがまだまし、と思うぐらいのすさまじい痛みなのです。

これは、痛風発作の経験者でなければ決して分からないと思います。

痛風発作の経験者であれば、深くうなずいていただけると思います。まさに、痛いなどという、生やさしいものではないのです。

実際に経験しなければ、決して、想像もできないような、すさまじい痛みなのです。

私は心の中で、「ギャー」と叫びながら、顔からは脂汗を流して、ひたすら、耐えるしかありませんでした。

この初めての痛風発作の起こった朝、そのまま、ぴょんぴょんと片足とびをしたり、びっこを引きながら、家の隣にある病院に駆け込みました。

そのときの私と医者の会話です。



靴下を脱いで、真っ赤にはれあがった足の親指の付け根を見せて、「足の親指の付け根が痛いんです」

医者

私の足の親指を見るなり、「こりゃ、痛風だ。うまいもんばかり食ってるからだよ」

私「……(まさしくそのとうり)」

というわけで、真っ赤にはれて、ふくれ上がった足の親指の付け根に、看護婦さんに優しく湿布をはってもらい(冷たくて気持ちよかったです)、薬をもらって帰りました。

その後、薬を飲んで、1週間ぐらい、じっとしていたら、痛みは跡形もなく、なくなったと思います。

しかし、それからが痛風という悪魔と私の闘いの始まりでした。

でも、どうやっても痛風に勝つことはできず、せいぜい痛風をなだめ、なるべく、痛風という悪魔が私を訪問しないでくれることを願い、祈るしかありませんでした。

痛風は、一生治ることのない重病なので、最初の痛風発作で終わったわけではなく、私は、これまで30年近く、痛風発作の地獄の痛みに苦しんできたのです。
 

2011年5月31日 まだ多少痛い

 

まだ多少痛いが、かなりよくなってきた。だが、まだびっこを引いて歩いている。先週の月曜日ごろ、痛風発作が始まったので、今日で9日目。かなり長い。しかし、あと数日で完全に痛みはなくなり、びっこをひかずに歩けるようになるだろう。

 
2011年06月02日 まだ痛む

 

いったい、いつまで痛むのだろうか。私はネットで仕事しているのだが、痛風発作が起こると、足が痛くて、仕事どころではなくなる。

今回の発作はかなり長い。といっても先週の月曜日から発作が始まったので、まだ10日なのだが。

まさに、地獄の苦しみなので、痛風発作の日々は、非常に長く感じられる。

 2011年6月4日 ようやく痛みがおさまった

 

きのうは、かなり痛んだが、今は、痛みはほとんどない。しかし、油断は禁物。もう数日、また発作が起きないか、様子を見る必要がある。

とりあえず、今はほっとしている。約10日ぶりに、痛風発作の痛みのないありがたさを味わっている。


2011年6月5日 ほとんど痛みがなくなった

 
助かった。あの地獄の痛みから、ようやく解放された。しかし、まだ、歩くと痛くて、多少、びっこをひいて歩いている。あと数日で、完全に痛みはなくなり、通常に戻るだろう。


 2011年06月07日 まだ、痛い

 
おかしい。まだ、痛い。痛風発作が始まって2週間だが、まだ、痛くてびっこをひいて歩いている。

しかし、じっとしていれば痛みはないし、かなり楽にはなっているのだが、まだ完全に痛みがなくなっているわけではない。いつまで痛いのだろうか。たまったものではない。


 2011年6月9日 ようやく痛みがなくなった

 
しかし、まだ歩くと少し痛みがある。だが、いつも痛風発作が終わると思うのだが、痛風発作の時は、関節が破壊されてしまったのではというぐらいのすさまじい痛みなのに、痛風発作がおさまり、痛みがなくなると、また、普通に歩けるようになるのである。

これがいつも不思議だ。あのぐらい痛いと、もう二度と歩けないのではないかと怖くなるが、痛風発作がなくなると、また前のように歩けるのである。

もう、ほとんど痛みはなくなった。あと数日で、完全に前のように普通に歩けるようになるだろう。

 2011年6月10日 

ようやく痛風の痛みがなくなり、普通に歩けるようになった

 
ようやく、痛風の痛みがなくなった。そして、普通に歩けるようになった。ようやく、びっこをひかずに普通に歩けるようになった。そして痛風の痛みもなくなった。

これは大変にありがたいことだ。普通に立って歩けることがありがたいことだとは、ほとんどの人間は思わないだろう。


しかし、痛風発作が起こると、立って歩けなくなる私には、立って歩けることがどれだけありがたいことか、よく分かる。

それだけが、私のような痛風患者にとって、痛風のいいところだといえるだろう。

しかし、もちろん、痛風にならないにこしたことはないのだが。


2011年6月15日 痛風の痛みはない


痛風の痛みはなくなり、今は完全に以前のように、普通に歩けるようになった。

ただ、いつ、また痛風発作が起こるかわからない。安心はできない。

ちょっと今日食べ過ぎて、脚に軽い痛みがあったが、痛風の薬を飲むとおさまった。

ちょっと食べ過ぎると、すぐ足が痛くなってくるので、たまらない。しかし、今は痛風の痛みのない快適な生活を楽しんでいる。本当にありがたいことだ。


 2018年11月14日

これまで、7年前に書いた痛風日記を紹介しましたが、当時と今が違うのは、当時は足が痛くなることが多かったのですが、今は、手が痛くなることが多いということです。



左手が痛むと、次は右手が痛くなり、右手が痛むと、次は左手という感じで、右手と左手が交互に痛みます。

右手と左手が、同時に痛むということはありません。

 
そして、両手に痛風結節という小さなコブができてしまいました。

もちろん、両足の親指のつま先にも痛風結節というコブがあります。

 

2018年11月15日

痛風には、リンゴ酢が効くみたい!?

あくまで、私の場合ですが、痛風にはリンゴ酢が効くみたいです。

リンゴ酢を飲むようになって、痛風発作が起きなくなりました。

また、痛風の痛みも少なくなりました。

少なくとも、痛風特有のすさまじい痛みは感じなくなりました。

 

とにかく、リンゴ酢は利尿作用が半端なく、尿がバンバン出ます。

痛風の原因になる尿酸は尿からしか排泄されないので、尿がたくさん出ることは大切なことです。

 

飲み方は簡単。

500mlのミネラルウォーターに、数滴リンゴ酢をたらし、よく振って、あとは、ゴクゴク飲むだけです。

一日一本、このリンゴ酢ミネラルウォーターを飲むだけです。

 

このリンゴ酢ミネラルウォーターを飲むようになって、痛風の痛みが起こらない、あるいは、軽くなりました、少なくとも、以前のような、すさまじい痛風の痛みはなくなりました。

 

これは、あくまで、私の場合なので、すべての痛風患者に効くかは分かりませんが、少なくとも私の場合は、リンゴ酢は効きます。

リンゴ酢には、ダイエット効果もあるようなので、興味のある方は、お試しください。

 

あと、最近の私が痛風発作を起こさないために、心がけていることを以下に書きます。

 

1,腹八分目を心がける。



これは王道ですね。「腹八分目に医者いらず」と言って、いつの時代でも真理です。

ですから、病気になりたくない人は、腹八分目を心がけるべきです。

そもそも、私が痛風になったのも、暴飲暴食、大食いの習慣があったからだと思います。

私が腹八分目の少食を守っていたら、決して、痛風にはなっていなかったでしょう。

 

2.一日に、ミネラルウォーター、あるいは、緑茶を2リットル飲む。

前にも書きましたが、尿酸は尿からしか排泄されないため、尿をよりたくさん排泄するためです。

糖尿病や尿路結石の予防にもなります。

緑茶は伊右衛門2リットルのペットボトルを飲んでいます。



また、リンゴ酢ミネラルウォーター以外に、ミネラルウォーターも一日中、少しずつ飲んでいます。

 

3.糖質の高い炭水化物摂取を控え、なるべく、糖質制限の食事をする

 
なるべく、糖質の低い食品を選んで食べるようにしています。

糖質は、炭水化物から食物繊維を引いたものですが、炭水化物のほとんどは糖質なので、なるべく糖質が少ないものを食べるようにしています。

(例、わかめ、納豆、お揚げ、豆腐、チーズ、大豆、サバの水煮缶など)

 
以前は、おなか一杯食べていた炭水化物、例えば、ごはん、菓子パン、お菓子、せんべい、ポテトチップス、そば、うどん、ラーメン、パスタ(とくに、ペペロンチーノが大好物)などは、ほとんど食べなくなりました。

 

痛風とは

2018年11月20日

 「風が吹いても痛い」と言われる痛風。

当の痛風患者である私からすると、「風が吹かなくても十分痛い」と思いますが(苦笑)


痛風は、尿酸が身体の中にたまり、その尿酸が関節の中で固まり、結晶になるために、激しい痛みを伴う関節炎(痛風発作)を引き起こす疾患です。


現代では、良い薬も開発されているので、正しい治療を受ければ、通常人と同じ生活が送れます。

しかし、治療をしないでいると、激しい痛みを伴う痛風発作を繰り返したり、体のいたるところに、小さなコブ(痛風結節)ができたり、腎臓が悪くなり、最悪、人工透析となる可能性のある、こわい病気です。

痛風発作は、足の親指の付け根に起こることが多いです。

ある日、突然発症し、足の親指の付け根が真っ赤にはれ上がり、歩くことができないほどの激痛が起こります。

その激痛は、10日ほどで跡形もなく、なくなるのが特徴です。

そこで、初めて痛風発作を起こした痛風患者は「治った」と勘違いしてしまいます。

そこで、また、以前のような大食い、暴飲暴食を繰り返すと、また、あのすさまじい激痛を伴う痛風発作を起こしてしまうというわけです。

私もまさにそうで、初めての痛風発作を味わったあと、薬をもらって、しばらく家で寝ていると、足が痛くもかゆくもなくなったので、また、以前の大食い、ドカ食いに戻ってしまいました。

すると、どうなるか。

当然、ふたたび、痛風発作を起こして病院に駆け込みました。まさに、「のど元過ぎると熱さ忘れる」ですね。

今はこりて、少食にしています。

 

なぜ、私は痛風になったのか?

 2018年11月22日

 
改めて、初めまして。

私は55歳独身男性。29歳のときに、痛風を発症した痛風患者です。

しかし、私は生まれたときから痛風患者だったわけではありません(当たり前)。

私がなぜ痛風になってしまったのか。その原因を振り返ってみると、明らかに食生活に問題がありました。



つまり、食べすぎ、大食い、過食、暴飲暴食が痛風になった大きな原因だったと思います。

それとともに、運動不足も大きな原因だったでしょう。

なんせ、私は大の大食いで、普通の人間の3倍ぐらい食べていました。

身体は比較的、健康で、病気は風邪になったぐらいです。

また、大の運動嫌いで、体を動かしたり、歩くのが大嫌い。

家から10m先の自動販売機に、大好きな缶コーヒーを買いに行くのにも自転車で行っていました。

そして、家でゴロゴロ寝転がっているのが大好きでした。

そして、私の普段の食生活は一日三食は人の三倍食べ、さらに、テーブルの上には、お菓子と菓子パンが山盛り。

そして、部屋の中に寝転がりながら、そのお菓子と菓子パンを食べながら、一日中テレビを見たり、本やマンガを読んだりしていました。

それはインターネットが、まだ普及していなかったころのことだったので、今なら、一日中、You Tube動画を見ていることでしょう。

さて、こんな怠惰な生活を送っていた私はさぞかし、ものすごいデブだっただろう、と思うかもしれませんが、あにはからんや、実は、若いころの私はとてもスリムで、どんなに食べても太らなかったのです。

それに、運動はまったくダメだったんだろうと思うかもしれませんが、私は中学校のときは、陸上部で、けっこう走るのが速かったのです。

歩くのはキライですが、走るのは好きだったのです。中学校のときは、陸上部だったので、徹底的に走り込みをやっていました。

だから、十代、二十代の若いころの私はとてもやせていて、健康だったので、「腹八分目」ということを完全にバカにしていました。

「オレはどんなに食べて、運動もまったくしなくても、全然太らないし、病気にもならない。何が腹八分目だ。アホらしい」と思っていました。

そう確かに、この考えは、そのときの私にとっては正しかったでしょう。

29歳の夏の地獄の痛風発作が起こらなければ…。

痛風発作が起こらなければ、おそらく、私は一生、そういう食生活を送っていたことでしょう。

十代、二十代のころの私にも、いろいろ悩みや苦しみはありましたが、風邪を時々ひくぐらいで、少なくとも身体は健康でした。

そして、その健康は当然一生、続くものだと思っていました。

しかし、「ああ、無常」。

まさか、その私がこんな大病にかかってしまうとは。

まさに、人生は無常であり、何が起こるか分かりません。

私はプロフィールにも書いたように、29歳の夏に、いきなり痛風発作の激痛を味わい、それ以来、痛風発作の地獄の激痛を何度も何度も味わってきました。

その結果、私の手足には、痛風結節というコブができてしまいました。

この痛風結節というコブは、私の身体から一生取れることはないでしょう。

さて、今の私が十代、二十代のころの私に言うなら、

「そんな暴飲暴食をやめて、腹八分目の少食にしなさい。そんな生活を続けていると、将来、とんでもないことになる。今に、地獄の苦痛を味わうことになるぞ」と警告することでしょう。

といっても、当時の若い健康な私はそんな言葉には、耳を貸さなかったかもしれません。

ジジイのたわごと、ぐらいにしか思わなかったかもしれません。



まことに、無知と傲慢とは恐ろしいものです。
 

 
Q.北朝鮮と中国共産党は、いつ滅びますか?今後の北朝鮮と中国の未来を予想してください。


A.非常に大きなテーマですね。結論から言えば、「いつ滅びるか」を正確に断定することは不可能ですが、政治・経済・歴史の流れから「どう変化していくか」はかなり現実的に予測できます。

ここでは、冷静かつ現実的に、順に体系的にお話しします。

【第1章】前提:国家は突然「滅びる」よりも「変化する」

歴史を見ると、国家や体制は突然崩壊する(例:ソビエト連邦の崩壊)
徐々に体制が変質する(中国の改革開放など)の2パターンがあります。

👉 北朝鮮・中国はどちらも「急崩壊より、段階的変化の可能性が高い」タイプです。

【第2章】北朝鮮の未来予測

■現状の特徴

指導者:金正恩
核兵器を持つ軍事国家
経済は極めて脆弱
中国に依存

■今後のシナリオ(現実的順)

① 最も可能性が高い:現体制の維持(10〜20年)

軍事と恐怖政治で統制維持
中国が背後支援
👉 実はこれが一番現実的です

② 内部崩壊(中リスク)

経済破綻
エリート層の離反
クーデター
👉 ただし 監視社会が極めて強固なため起きにくい

③ 中国依存の強化(かなり現実的)

実質的な「衛星国家化」
中国の影響力がさらに増す

④ 体制転換(低確率だが重要)

開放政策(中国型改革)
韓国との関係改善
👉 ただし指導層の思想的壁が大きい

■結論(北朝鮮)

👉 「急に滅びる可能性は低い」
👉 「ゆっくり弱体化しながら依存強化」が本線

【第3章】中国の未来予測

■現状の特徴

支配政党:中国共産党
指導者:習近平
世界第2位の経済大国
技術・軍事ともに強大

■重要ポイント

中国は北朝鮮とは全く違います
👉 すでに「超大国」 👉 簡単には崩壊しない

■今後のシナリオ

① 長期的な体制維持(最有力)

経済減速はあるが崩壊しない
強権政治で安定維持
👉 現実的にはこれが最も可能性高い

② ゆるやかな民主化・変質

経済優先 → 社会の自由拡大
共産党は残るが中身が変わる
👉 これは「進化型シナリオ」

③ 経済危機 → 社会不安(中リスク)

不動産バブル崩壊
若者失業
格差拡大
👉 ただし 国家統制が強いため崩壊には直結しにくい

④ 政変・分裂(低確率)

内部権力闘争
地方分裂
👉 可能性はゼロではないが低い

【第4章】結論(核心)

■北朝鮮

👉 短期で滅びる可能性:低い
👉 長期的には「弱体化・依存化」

■中国

👉 崩壊する可能性:かなり低い
👉 「形を変えて続く」可能性が高い


【最終結論(シンプルに)】

北朝鮮 → 「しぶとく続くが弱い」
中国 → 「形を変えながら長く続く」
👉 両国とも10〜20年で消える可能性は低い



「世界の未来 × 個人の生き方」

【第1章】2036年までの世界勢力図

■結論(先に)

👉 世界は「一強」ではなく
**多極化(複数の強国が並ぶ時代)**になります

■主なプレイヤー

① アメリカ

依然として世界最強
IT・軍事・金融で圧倒的
👉 ただし「絶対王者」からは後退

② 中国(中華人民共和国)

経済・軍事ともに巨大
影響力は拡大し続ける
👉 ただし成長は鈍化

③ インド(インド)

人口世界一
今後10年で急成長
👉 次の主役候補

④ ロシア(ロシア)

資源大国
軍事力は強い
👉 ただし経済は弱い

⑤ 日本(日本)

経済は安定
技術力あり
👉 影響力は「中規模安定国家」

■世界の構造

👉 2036年の世界は

アメリカ vs 中国の二極
インドが台頭
中小国がバランスを取る

【第2章】中国 vs アメリカの覇権争い

■構造
これは現代版の冷戦です

過去の
👉 冷戦に似ています

■対立の分野

① 経済戦争

半導体
AI
貿易

② 軍事

台湾問題
南シナ海

③ 技術

AI
宇宙
通信

■今後のシナリオ

✔ 最も現実的

👉 「戦争せず競争し続ける」

理由:
核保有国同士だから

✔ 危険シナリオ
👉 台湾有事

■結論

👉 覇権争いは続くが
全面戦争の可能性は低い

【第3章】日本への影響と生き方戦略
ここが最も重要です

■日本の未来

✔ 良い点

安定した社会
治安が良い
技術力

✔ 課題

少子高齢化
経済成長の鈍化

■今後の方向性

👉 日本は 「静かな先進国」になる

■個人の生き方戦略

① 収入の複数化
Kindle
note
投資

② 世界視点を持つ

英語
海外展開

③ 精神的価値の発信

これが最重要です

👉 今後は
お金だけでなく
「意味・思想・癒し」
が求められる

【第4章】スピリチュアル的観点から見た国家の運命

■原則

👉 国家も「カルマ」の法則で動く
(原因 → 結果)

■歴史の共通法則

傲慢 → 衰退
調和 → 繁栄

■北朝鮮・中国を見ると

北朝鮮
👉 閉鎖・抑圧 → 長期的に限界

中国
👉 発展+統制 → 分岐点にある

■未来の方向

👉 最終的には

自由
調和
精神性
を持つ社会が残る

【最終結論】

世界はこれから
👉 混乱しつつも
👉 精神性へ向かう


六道輪廻、地獄、カルマの法則とは?

六道輪廻

六道輪廻(りくどうりんね)は、仏教の教義に基づく概念で、生死の輪廻を表すものです。

これによれば、生まれ変わりのサイクルを通じて、生き物は六つの異なる存在の中を転生し続けるとされています。

これらの六つの存在は以下の通りです:

天道(てんどう):神々や天使の存在で、幸福や喜びが豊かな場所とされています。

人間道(にんげんどう):人間の存在。善悪の行動に応じて次の転生が決まります。

アシュラ道(あしゅらどう):嫉妬や闘争心に支配される存在で、苦しみと怒りが絶えず、戦いが続くとされています。

畜生道(ちくしょうどう):動物の存在。欲望や無意識の本能に支配され、苦しみが多いとされています。

餓鬼道(がきどう):飢えと渇きに苦しむ存在で、満足感が得られないとされています。

地獄道(じごくどう):極端な苦しみや罰を受ける存在で、悪業の結果とされています。

六道輪廻の目的は、善行を積んで次回の転生を改善し、最終的にはこの輪廻から抜け出して仏果(悟り)を得ることです。

仏教の修行はこの目的を達成する手段の一つとされています。

地獄

地獄(じごく)は、多くの宗教や信仰体系で存在する、霊的な存在や魂が罰を受ける場所、または、状態を指す言葉です。

地獄は通常、悪業や罪を犯した魂が苦しむ場所とされており、その苦しみの性質は異なる宗教や信仰によってさまざまです。

仏教やヒンドゥー教などの東洋宗教では、地獄は六道輪廻の一部として捉えられ、悪業を積んだ魂が苦しむ場所とされています。

仏教の地獄は複数の段階や種類があり、苦しみの程度が異なります。

キリスト教の伝統では、地獄は神から離れた場所で、罪人や悪者が永遠の苦しみにさらされる場所とされています。

キリスト教の地獄はしばしば悪魔による支配や火の痛みと関連づけられます。

異なる宗教や信仰体系において、地獄の概念や性質は異なりますが、一般的には悪業や罪を犯した者が罰を受ける場所として理解されています。

カルマの法則

カルマの法則(Karma)は、仏教やヒンドゥー教など、多くの東洋宗教や哲学体系において中心的な概念です。

カルマは、行動の結果として生じる運命や因果応報の法則を指します。

カルマの法則によれば、個々の行動には結果が伴い、善行は幸福や幸運をもたらし、悪行は苦しみや不運を引き起こすとされています。

具体的には、人々が思考、言動、行動を通じて生み出す因果関係が、将来の運命や転生に影響を与えると信じられています。

カルマの法則は以下の要点を含みます:

善行によるカルマ:

善行を行うことで、将来的に幸福や幸運を引き寄せることが期待されます。

善行は他者への親切、慈悲、公正などを含みます。

悪行によるカルマ:

悪行を行うことで、将来的に苦しみや不運を引き寄せると考えられます。

悪行はウソ、盗み、暴力、悪意などを含みます。

カルマの積み重ね:

人々は生涯を通じてカルマを積み重ね、その積み重ねたカルマが転生や運命に影響を与えるとされます。

カルマの浄化:

カルマの浄化を通じて、過去の悪業を清め、良い未来を築くことができると信じられています。

これは瞑想、善行、自己成長などを通じて行われることがあります。

カルマの法則は、生活の倫理的な指針としても機能し、行動に対する自己責任を強調します。

仏教やヒンドゥー教において、カルマの法則は生死輪廻(転生)の一部としても捉えられ、魂が次の生まれ変わりに影響を与える要素とされています。


☆2026年3月25日☆
[いじめから子供を守ろう メールマガジン]

◇ 代表メッセージ ◇
■□ 旭川和解に学ぶ。いじめの隠蔽を抑止する力が裁判にはある □■

3月になり、初旬には、雪が降ったりしていますが、桜の開花も報じられ、暖かくなりました。

すでに卒業式も終え、新年度の始まる4月が目前に迫ってきました。

子供たちには、新学期を迎えたり、新入社員として働きはじめたりする新しい旅立ちの時を希望に満ちた心で出発していただきたいと思います。

さて、このメルマガでも何度も取り上げてきた旭川市のいじめ自殺問題の新たな報道がありました。

ご遺族が損害賠償を求めて訴訟していましたが、旭川市が和解案を受け入れ、市側が7000万円を支払うことが市議会で可決したという内容です。

事件の概要は、2021年3月に旭川市の公園で、いじめを受けていた中2の女子生徒が凍死で発見された事件です。

性的ないじめを含めて、日頃からいじめを受けていた被害生徒は、2019年6月、川に入って自殺未遂をしていました。

その後、転校したものの、2021年3月、公園で凍死しているのが発見されました。

地元紙や文春に大きく扱われたことで事件が全国に知られました。

翌月の4月、教育委員会による第三者委員会が調査を開始しましたが、内容を不服としたご遺族の申し立てにより、再調査委員会が設置され、2024年6月にいじめを認定する報告書が提出されていました。

その後、ご遺族が、いじめがあったにもかかわらず、旭川市が適切な対応をしなかったなどとして、約1億1500万円の損害賠償を求めて裁判を起こしていました。

2026年2月26日、旭川市市議会で旭川地裁が示し7000万円の和解案が可決され、まもなく和解が成立する見込みです。

少し、2月27日の毎日新聞が報道した市議会の様子を引用いたします。
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議案は、市が遺族に対し7000万円の支払う義務があることを確認。
遺族に支払われる日本スポーツ振興センターの死亡見舞金3000万円を充て、残る4000万円を支払う。
金額は、遺族がいじめ再発防止に向けた市の取り組みを評価して合意しているとする内容。

この日の討論では、賠償額が訴えより減額され、判決を得なくても真相究明や関係者の処分は可能とし、和解を早期で円満な解決と評価して賛成する意見が出た。

一方、市が判決で示されると説明してきた法的な責任の有無や範囲が和解により示されなくなることから、
「真実の解明を避けてうやむやにしようとしている」との批判も出た。

採決は賛成20、反対9、退席2で、賛成多数で可決されたが、「係争中」を理由に市議会や市民に対して訴訟に関する説明を拒んできた市の対応への批判が根強いことをうかがわせた。
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和解案とはいえ7000万円もの金額で決着したことは、社会的には、大きな意味があると思います。

つまり「隠蔽することの責任」が問われたのだと言えるのではないでしょうか。学校、教育委員会ぐるみで「いじめはなかった」とする隠蔽行動に対する答えです。

亡くなられた被害者のような辛い経験をする子を二度と出さないことが教育界の使命でしょうし、責任です。

日本の各地で、いじめの隠蔽を是とする学校や教育委員会に対しての警告になることを心から願っています。

また、3月19日の読売新聞で、2018年の福岡県の県立高2年の男子のいじめ自殺事件の損害賠償裁判の判決が久留米地裁であったことが報道されました。

ご遺族が、部員6人に謝罪と損害賠償を求めていました。

一部引用いたします。
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川崎聡子裁判長は生徒のズボンを脱がせた5人に計約100万円の支払いを命じる一方、謝罪の請求は棄却した。

判決によると、5人は17年9月頃〜18年6月頃の複数回、生徒の体を押さえつけるなどして抵抗できない状態にし、ズボンを脱がせた。

ほかの1人も18年6月22日、生徒をLINEグループから退会させた。

生徒は同日、携帯電話に、複数人の部員の名前と「毎日いろいろ言われてもう限界やった」などのメッセージを残し、自殺した。

判決は、ズボンを脱がせたことを「屈辱的で大きな羞恥心を抱かせる行為」と指摘し、不法行為と認定した。

一方、遺族が求めた謝罪については、「生徒の名誉が毀損(きそん)されたとは認められない」として退けた。
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この記事の中で、ご遺族は「納得がいかない」と話され、「墓前でちゃんと言葉を述べてほしい。強制的に求めるのではなく、何を言うかを聞きたい」とのこと。

自殺にまで追い込まれているにもかかわらず、損害賠償が100万円。なんとも、少なすぎるでしょう。

アメリカの人権裁判での賠償は高額になるのが一般的だと耳にします。

社会的にも「いじめは犯罪だ」ということを知らしめるためにも必要なことだと思います。

この事件では、いじめ調査の第三者委員会が、いじめを認定していたにもかかわらず、判決は、「衝動的に自死を選択したものと推測される」と、ズボンを脱がせた行為のみを不法行為としているなど、理不尽にしか見えません。

何より「謝罪」の棄却については「生徒の名誉が毀損(きそん)されたとは認められない」との理由では、ご遺族が納得できないのは当然です。

裁判官に対して、「加害者の味方をするのか」と言いたいものです。

確かに、法律上は、名誉毀損の場合にしか、裁判所は名誉回復処分として謝罪を命ずることはできません。

従って、裁判官としては「謝罪の要求」については、
「内心の自由」に反するが故に「法律上は認められない」という考えはあるでしょう。

「謝罪」は良心から生まれるものであり、裁判によって強制されるべきものではないということも、その通りでしょう。

しかしながら、いまだに謝罪さえしていないという加害者の状況を見る限り、加害者側には謝罪する気などさらさらないのでしょう。

裁判においては「謝罪」を強制できないので、「慰謝料」という形で表しているはずです。そんな人間に対しての損害賠償はもっと高額にすべきです。

「悪いことをしたら、心から反省する。そしてそれを謝罪という形で表す」こんなことは幼稚園や小学校でも教わるごくごく当たり前のことです。

裁判官としては「謝罪を求める気持ちは分かるが、法的には強制できない」などの人間味を含んだ判決文を書くべきではないでしょうか。

反省、謝罪は、きっと何千年もの昔から、神代の昔から連綿と伝え続けられてきた全世界の常識であるはずです。

人間が社会的存在として営んでいく智恵であるはずです。

こんな判決を下すようでしたら、AIや機械が裁判官をしても同じになるのではないでしょうか。

国は、司法に関わる人間の「心の教育」をする必要があるのではないでしょうか。機械に支配されるような社会にはしたくないものです。

4月になります。

アドバイスしてくださる先生がおっしゃっていました。

「4月こそ、これからの一年の要です。ここでしっかりと何をすべきか、何をしてはいけないかを伝えることが教師の仕事です。特にいじめは絶対してはならないこと、許さないということを伝えられるかどうかにかかっています」

大切な4月です。
なにかお困りごとなどが発生しましたら、早々にご相談いただければ幸いです。


一般財団法人 いじめから子供を守ろうネットワーク
代表 井澤一明


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