現代の民主主義社会で、企業組織というのは相矛盾することが多い。

企業内では、組織ヒエラレルキーの元、様々な自由や権利が制限される。

大人数で組織を組み、より大きな仕事をしてみんなが豊かになるには、個人の自由が

制限されるのは仕方がない。

リーダーは、一定の権力を持って舵取りとりし、社員に我慢してもらいながら利益を出す。

でも、なぜ、世の中の当たり前の潮流と企業社会との矛盾を、我々社員は甘受しているのか。

もっと、社内で権利を主張し、経営を戦わないのか、

自分で起業し、自営業として生業を持つ人がもっと増えないのか。

それは、組織にいれば、我々は、それ相応の対価を得ているからなのだろう。

自分の欲求が満たされるという認識ある。

それ相応の安定給与。共同で何かを作り上げる達成感。

ヒエラルキーを上ることによる自己尊厳の高まり。

さらには、組織というプラットフォームでの自己の夢の実現可能性。

そう、組織は、マズローの欲求5段階説の多くを満たしてくれる。

自己の自由や権利が制限されても、それらの欲求を満たしてくれる。

企業側からすれば、社員へのインセンティブを提供しながら、利益のために社員を

コントロールする。

このバランスの上に、企業社会はなりたっているのかもしれない。

我々コンサルタントは、企業・組織というものを尊重し、そのバランスを崩れないように

知識を提供し、問題解決を支援していく役割なのだろう。


私が社会人になったのは、もう20年前も昔。

その時、総合職の同期入社は私を入れて4名。

A君
所謂有名大学出身で、明るくて、自己主張の強い上司受けしそうなタイプ。

B君
無愛想。但し、頭の切れはぴか一で、問題の本質を鋭く突くタイプ。

C君
やさしくて、ふところの深いいいやつ。言動に鋭さはないが、みなを和ませるタイプ。


最初の新人研修では、A君が飛ばし、人事受けも良く、こういうやつが出世するんだろうなと

半ばスタートから差がついた感じ。

でも配属されたら、全く評価されず、先輩の指示やアドバイスを吸収できずに、空回り。

そうこうしているうちに、B君が持ち前のきれきれの頭脳で、頭角を現す。

若いのに、上司や先輩、クライアントにも臆せず物言う姿勢が、評価され、

トップを走ることに。一番最初に課長になる。

しかし、年齢を追うごとに、その逃げ道を与えない追い込み方が、周囲に敵を作り始め、

思うように協力が得られなくなる。

そして、C君の出番。仕事は決してできる方ではなく、出世は一番遅れる。

ただし、その謙虚な物腰と、相手を慮りながら仕事を進めていくスタンスから、

外部、内部問わず、高い信頼を得てくる。

周囲の推薦もあり、ここ数年で、課長、部長とあっという間に出世して、今一番の出世頭。

私は、早々に転職しているので、C君の出世を新聞で知る。

お祝いのメールを送ると

「いや、たまたまだよ。実力的にはAやBの方がぜんぜん上だからね」と。

20年の同期の出世レースを見て思うこと。

・学歴や新人のころの評価なんて、その後の長いキャリアを考えたら全く意味をなさないもの

・まだ、決着してないが、組織で評価されるのは、頭の良さよりも、周囲と信頼関係を如何に

つくれるかということ。




自責傾向の方には二タイプがある。

失敗したときに、


『なんて自分でダメなんだろう』と思うタイプと

『あれはまずかった。次の改善策を考えよう』と思うタイプ。

他責は、多くの場合問題を引き起こすが、自責もすべてが良いとは言えない。

特に、前者は、問題を自分自身と統合してしまい、自分自体の評価を下げてしまう。


自信を失い、次なる一歩が踏み出せなくなる。


後者は、自分を尊重しながら、課題と切り分けて考え、それと真摯に向き合う。

自分の行動を反省しながら、次に一歩を考える。


後者の自責タイプになるにはどうしたらよいのか?どういう意識でいるべきかなのか?


私は三つ考える。


・自分と課題を分析させる。

  →起こった課題を紙に書いたり、人に話してみることで、課題を客観視できるようにする。

   その課題を物に置き換える方法もある。いまそれがどう見えるかを感じ取る。


・そういう自分を客観視する。

  →つらい気持ちも出るだろうが、これを自己成長のチャンスと捉える。

    問題が大きければ大きいほど、自分のキャリアのエピソードになって、人に話せる。


・とにかく逃げない意識を持つ。

  →物理的・精神的にどうしても逃げたくなる。それを立ち止まることこそ自分の糧となる

   そういう意識は習慣化するしかない。


新人研修などで、こういうことを意識させると、その後の成長に大きく違いがでるのだと思う。





人事コンサルタントとして、企業にお邪魔して様々なソリューションを出し、

解決策を出す。短期的に効果が見えて、非常に喜ばれ、ある意味畏敬の念をもたれる。

嬉しいことだけど、何かがしっくり来ない場面がる。

そもそも、人事コンサルが扱う経営学ってなんだろう。

そして、人事コンサルって本当に課題を解決できる能力があるのだろうか。



人事コンサルタントや研修講師の略歴を見ると、ほどんど眩しいくらいピカピカしている。

でも、そもそも、どういった経緯でコンサルタントになったかを聞くと、

最初に入った会社でなんらかの不満を持ち、上司と会わなくなって、専門職の道に

進んでいる人が多い。

つまり、頭は良いかもしれないけど、会社組織という枠組みの中で、ある意味失敗したした人・

脱落した人が、残された自分の論理的思考力を磨いて、その職に就いていることが多い。

経営学の先生やコンサルタントに、経営者を任させたら本当に上手くいくのか?

上手くいくことももちろんがあるが、上手くいかないケースが多いのではないか。

私が在籍していたMBAコースのファカルティのマネジメントが上手くいっておらず、大勢の

有名教授が退職したりしていた。

つまり、経営学を教える立場の人間が、経営を実際にやろうとすると非常に覚束ない状況にある

ということ。

こういう学問は他ではあまりないのではないか?



そういう状況で、われわれコンサルタントはどうあるべきか?

現場の方々よりも、圧倒的に経営や人事に対して考える時間は多いので

知識や考え方のフレームを提供することは得意であり、価値が出せる。

但し、実際に経営を遂行するのは、現場の経営者。彼らの実行力・現場力を支援できる

経営のよきパートナーであり続ける必要があるのだろう。

医者のように、課題を抽出して、処方箋出して、病気を治すというスタンスではなく

一緒に状況を確認し、課題の本質を考え、解決の選択肢を与えながら、

一緒に方策を絞り込んでいく。

コーチ的、参謀的なスタンスが求められるのだろうと思う。

医者と患者のような上下関係を作った時点で、

経営にとってよろしくない影響が出てしまうと考える。




私のブログのページ別のアクセス状況を見ると、かなり古いのだけど、

いつも一定数のアクセスを集めているページがある。

それが、遅刻の治らない部下

管理職の大きな悩みなんだろう。

管理職研修では、権限委譲しろとか、相手にあわせた育成をしろとか、

多少、理論的で抽象的な指針を出していくが、

実は、遅刻のような、ある意味当たり前のことができない部下に頭を悩ませているだろう。

遅刻を治す云々の話は、上記のリンクに飛んでもらえればいいのだが、

ここで言いたいのは、現場の課長の悩みというのは、マネジメント研修では

網羅しきれないし、むしろ、研修では解決しきれないことがほとんどなのではと感じる。

課長に対しては、もっともっと個別性の高いアプローチが必要で、自分の課題を

もちよって解決できるアプローチが、人事コンサル側は必要なんだろう。

課長に、部下への個別性の高いマネジメントを求めるように、コンサル側も

課長に対して、個別性の高いソリューションを提供していく必要性があると感じる。