走って撮って心理学 -2ページ目

走って撮って心理学

ジョグ、フォト、筋トレ、心理

 僕は仕事で採用面接や人事考課面接に立ち会うことが多いです。最近、一つの傾向があることに気づきました。それは、面接される側ではなく、する側の意識に ついてです。

 面接は、いくつかの項目を5段階の基準で加点する絶対評価なのですが、過去に自分が苦学したとか、ふびんな環境でもがんばってきたという思い が強い上司ほど、自分の価値観に囚われて、自分との相対評価をしてしまう傾向があるようです。

 これは上から目線ですね。仕事では上司であっても人としては 対等なのに。そこを見落とすから、パワハラやセクハラを起こすのだと思いました。
 若い頃、自分が苦労しながら頑張ってきたことは、立派なことに違いありません。しかし、それに囚われて、未だに人に対しても、その思いが強すぎるのは、 幸せなことではないような気がします。

 若くして出世した時は、周りも褒めてくれたかも知れません。しかし、今はその地位もあたりまえになって、日頃の人と の対応に、どこか横柄で、自分で自分を寂しい存在に追いやっているのではないでしょうか。周りが何も言わないのは、厄介な人間と思われているからなのかも 知れません。
 親や環境を選んで産まれた人はいません。そこで育ち、成長し、やがて、自分の意志を持ち生きてきたのです。出会いと別れがあり、皆、老いていく…。病気 もする…。

 過去の自分に囚われてばかりいると空虚な心が大きくなります。埋めきれない不安に苛まれます。できることなら、あれもこれも受け入れるくらいの 気持ちになって、自分の心を見つめ直したほうが、これからの人生、幸せな気持ちで過ごせるように思うのです。

 

年内は、祝日を除いて、毎週月曜は職員研修です。
入職2~4年目の職員を対象に、フォローアップ研修というのがあります。

今回、注目したテーマは「傾聴(共感と同情の違い)」についてです。

誰かの話しを聞くときの自分の心の在り方と相手の感情の理解がポイントになる内容です。

 

例えば、自分の経験や価値観から相手の感情を考え、哀れみの感情を混ぜ理解する。

(Yes、No)

 

Yes と答えた方は落とし穴に気づいていない可能性があります。

 

主体が誰なのか。

聴き手(私)なのか、話し手(相手)なのかを考えてみます。

 

言い換えると誰の気持ちが主体なのかと言う事です。

 

私の感情によるものなら、聞き手(私)が主体で、話し手(相手)を依存させる関係にしてしまう可能性があります。

心のどこかに、聴き手側の自己満足があり、無意識に上から目線で話し手(相手)を見下げている可能性があります。

これは「同情」であり、当事者の本質的な解決や成長には結びつきません。

 

「共感」を心構えとすることが重要です。(注意:同一化ではない)

 

主体は、あくまでも話し手(相手)側におくこと。

相手と距離を保ちながら、一体化、同一化にならないで、寄り添って共にいることです。

 

相手と対等、同じ高さの目線で、寄り添い、話し手(相手)の不快な感情を和らげ、「快」な感情を高めることで、当事者が問題を乗り越えて成長することを促します。

 

基本的なことなのですが、わかっていても、なかなかできないものです。

何度も失敗している自分が思い浮かびます。

それでも、そういう自分に気づくことも成長につながりますね。

 

いつも笑顔で、誰とでも笑顔で、

おはよう!

 

そのつもりだったのに、

ブルーな日もあれば、疲れが出てしまう時もあります。

 

僕は、そんなに強い人間じゃないし、いつも明るいわけではありません。

ただ、そんな時こそ、深呼吸して、意識して笑顔をつくるように心がけています。

 

「だっ て、ほうれい線が深くなっちゃうもん!」。

 

それもありますが、人の性格というのは、

生まれ持ったもの、成長過程や環境で植えつけられたものなど、

なかなか変えられないものがありますが、

意識的に自分の望む性格のしぐさや行動をすることで、

その性格をつくることが可能と言われています。

 

4分の3は変えられるそうです。

 

ですから、今は強 くなくても、明るくなくてもいいんです。

諦めずに、強くなろう!明るくなろう!と思うことが大事。

そして、ちょっとでも行動にしてみること…。ですよね。

 

 北海道は運動会のシーズンが終わりました。

 もう懐かしい行事になって、何年になるのかな…。

 運動が苦手だった僕は、朝から緊張してい たのを思い出します。

 自分が親になってからは、場所取りだの準備だのと忙しかったですね。

 

 運動会というイベントは、本来、子供と親も楽しむためもあると思 うけど、

 日頃は見えない現実もあらわになります。

 老若男女で大盛り上がりのところあり、少人数でひっそりのところありです。

 自分が子供の頃は、父親が交替勤務で来られない年がありました。

 自分が親になってからも勤務で出られない年もあり、

 夫婦間の事情でそうもできなくなりといろいろな事を思い出します。

 

 人は評価を事実と混同しやすいと言われます。

 「両親参加=幸せ、片親=寂しい」というのは、

 自分の価値観による評価であって、事実とは限りません。

 「世間体を気にして揃った仮面夫婦の両親」

 「世間体なんて気にならない仲良しなシングル家庭」というのが事実だったりします。

 

 例えば、こういうことも。

 「ボランティアに積極的な人、消極的な人」これは評価です。

 事実は「主旨はよくわからないけど頼まれて参加した人」、

 「ボランティアの目的を知っていても急用で参加できない人」だったりします。

 

 人は時間の経過とともに変化します。成長・発達する存在です。

 人生のある時期を理解することさえ複雑なのに、

 評価に惑わされると、大切なことを見落としてしまうことがあります。

 

 人を理解するために必要なのは、評価ではな く事実ではないでしょうか。

 

トレーニングの翌日現象かな。

今朝は無性に甘いものが食べたくなり、出勤途中にコンビニへ。

甘さもほしいけど、スッキリもしたい、サクサクもしたい。

ということでこの4つ!

 

甘く切ない気持ち。

 

こんなことばかり言ってるから~!

最後はいつも、ほろ苦い思い (TT)

 

ミントのツブツブ感がイイ感じ~。