Startin' over… -7ページ目
結局、志望校2つと、その下のランクの3校、センター利用が2校。
受験校の数としては十分だが、力と安全性には欠ける。

無惨にも、あいつが当初受けることを宣言したスケジュールと、何も変わらなかった。

「ま、だめだったらまた受けるってことで。
次はもう面談は大丈夫ですか。」

「もし万が一の際は受験校に関して心配なことがございましたら、
面談の場を設けさせて頂きます。」
「そうですか。ありがとうございます。では、
あ、これ皆様でどうぞ。」

なんと菓子折りだった!

生徒さんが合格した際に頂くことは何度かあったが、結果を出す前。
確かに伊藤先生の休日出勤、かく言う私も無給での対応。
あいつがなんか言ったのだろうか。
こちらの現状を察して下さったかのようなお父様のお心遣い。
なんて嬉しいこと。頑張るしかない。

「恐れ入ります。ありがとうございます。」


即刻社員に報告。伊藤先生が深々と頭を下げる。


お父様を送り出す。

「あ、お気遣いなく。」

伊藤と二人、エレベーターの前で背筋を伸ばす。

「ありがとうございました。お気をつけてどうぞ。」

エレベーターのドアが閉まり、3秒たって上体を戻す。
それから、
「お疲れ様です。」
「お疲れ様です。」

と締めくくるのが、面談終了時の恒例になりつつある。

不完全燃焼感が半端ない。
もっと言うべきことはあったのではないか。

浮かない表情。
伊藤先生もそう感じていた。

「どうします?結局。」
「センター利用、中期。うーん、このままじゃ危ない。」
「ですよね。」
「締切過ぎたらセンターの得点も水の泡。うまく使えるとこはまだ絶対あるのに。」
「彼の意思を変えるってなると、うーん。」

二人で面談室で話しているのを一瞥し、あいつがトイレに入る。
面談終了後、
伊藤先生と私の出勤時、
よくあることだ。
ろくな仕切りがないこの教室で、少しでも話しやすいようあいつが気を遣っているのか。
変に大人っぽいことをしてくれる。
「僕から言ってみます。」
「助かります。」
「またなんかわかったら、LINEします。」

あいつの意思を変えるのは、ほぼ100%無理なこと。
だけど、だからといって何も手だてを打たないのと、打つのでは、訳が違う。
そう信じている。
志望校に落ちる自分を受け入れることと、その下の大学にさえ落ちる自分を受け入れることは、
前者の方がダメージが小さいに決まっている。

でも、少なくともA判が出ている大学より上に行けることも事実だ。
部分的には。
志望校まで届かなくとも、1年間やってきたことに見合う大学、選択肢は提供したい。
そのためには出願締切まで、もう一押しやれることはすべてやりたい。
いずれにせよ、志望校に合格を目指す、その思いはあいつだけでなく、ご家庭も講師も同じであるのだから。
別に努力家でもないし、朝まで働いて昼に起きているわけではない。
金が発生していない時間は、無為に過ごす。

そのくせ、未だに起こしてもらってる。
たまに奥さんの声が聞こえることもある。

もうどうでもよくなった。

寝ぼけた声で、おはようと言うだけの関係。
そして二度寝。

ちゃんと起きれりゃ予習時間にでも費やせるのに、
もっとまともな食事をとる時間になりうるのに、
ただシャワーを浴び、
髪を巻いて、
化粧水を塗ったくり、
即席で仕事に行ける姿をつくっては、
講師もどきのことをやって、
酒を飲む時間までを過ごす。

強くしてくれたのは、あなただった。
一人にしてくれたのも、あなただった。
そして本当に一人でも平気にしてくれたのはあなただった。
だからこそ思う。
少なくとも私は、あなたのものではない。これ以上。
「はい、だいたい70パーね。」

お父様がご自身のペンケースからマーカーを取り出し、グラフに書き入れる。

「じゃ、K大は安全なのね。」

「はい。」
伊藤先生がうなづく。

といってもセンター利用。合格発表はまだだ。

「で、これは一般の数値?」
「はい、そうです。今年度のデータがまだ出ていないため、昨年の数値を使用しております。
出典は、東進衛星予備校、代々木ゼミナール、河合塾です。」

「なるほど。で、こっちが?」
「はい、オレンジ色が今回の得点率になります。」

東進は緑、河合は青、代ゼミは赤。
エクセルの某グラフ。
何も設定しなければ、4色目は紫だった。
ただあいつのイメージとはかけ離れていたから、あえて色を変えた。
誰にも言ってないけど、そこそこ面倒だった。

「じゃ、本番はやっぱり5日~16日ですね。」

「はい。ここで、何とか決めたいんですけど、もしものことがあった時のために
こちらの大学はまだ出願受け付けているので、いかがでしょうか。」

T大学とK大学の中期センター利用。
2教科ならば、現代文と英語でうまいこといかないか。
最低合格得点率89.1%の某学科を除けば、受ける価値はないわけでもない。

「どうなの?」
お父様が促す。

「え~、T大一般も受けるし、いい。」

「だけどもし・・・・。」
伊藤先生が説得を試みる。
ただあいつの独特の表情。
これはその場をやり過ごすために、ひとまず相手にしゃべらせ続ける戦法だ。
俺はスルースキルが高い、かつてそう言っていたが、今日もその能力を発動させた。

それから面談の本来の目的がおぼろげになりながら、終了時間へと近づいていた。

「じゃ、とりあえずここが本番で、だめだったら他考えます。」