Startin' over… -8ページ目
親御さんと同時に教室入りなんて、準備不足感半端無い。
早い時間から授業をする際は、あいつとよく出勤時に会った。
同伴出勤が許される職種は、実に限られている。

伊藤先生が応対と面談室へのご案内をして下さる。

USBをコピー機にぶッ差し即効印刷、と思った時に限って込み合っている。

あまりに殺気立っていた表情をしていたのか、後輩講師が順番を譲ってくれた。
申し訳ない。

新たな資料の準備、綴じ込み。
また一部はPDFに転換するため、本来の手順と一部変更。
先に大学の入試情報の説明から入ってもらった。


ここからは伊藤先生が一人で回す。
T大の入試方式は多い上複雑。
担当したのは自分であった。もっと共有しておけばよかった。
珍しく後悔してみる。行動力が低下しているのでは。

パーティションの裏では面談内容が聞こえる。

「えー、だってセンターでも受けたから。」
「だけど腹痛くなったりインフルエンザにかかったらどうするの?」
「もしものことがあるので、実際僕もこの前体調崩しましたし。」
伊藤先生は実は病み上がりであるのだ。
インフルではなかったものの、高熱で数日寝込んだ。
そんな中昨日、今日のこの頑張り。

「お待たせしました。」

印刷したグラフ一式を提示する。
お父様の目が数値を捕らえる。
「55分までに戻ります。」

PCとコートと、マルボロを抱えて教室を出る。
ダッシュで30秒の、いつもの喫茶店に入る。
そそくさと窓側の喫煙席を確保。

「ブレンドコーヒー下さい。」

エクセルを立ち上げ数値計算。
そろそろ伊藤先生は教室入りしているだろう。
文書共有は終えていたので、印刷・面談室のセッティングなど準備を進めてくれているだろう。
この前は急な来客があったにもかかわらず、教室の黒ボールペンが切れていた。
コンビニに走って買いにいってくれたのは、彼であった。

あいつは断固としてC大・H大、妥協してもT大とN大。
それより下は受けたくないと言っている。

気持ちはわからなくもない。
2浪目。まして大学中退からの。
「ここは俺のいるべき場所じゃない。」
そう言って再受験を決意。
ただ昨年は滑り止めでさえ不合格。
プライドがズタズタになり、泣いて教室を飛び出したと聞いている。
目標よりも下の大学に落ちる自分を受け入れるとは、何とも耐え難いことだ。
その上あいつの勉強の取り組み方が真面目であったかというと、そうであると言うには疑念が残る。
またそれを誰よりもわかっているのはあいつ自身であろう。
だからこそ、失敗するにしても、下のランクを受けなければ、志望校に落ちたという事実だけを受け入れることでプライドは維持できる。

だが、大学進学は絶対である。
それはご家庭の要望であり払われる対価がもつ意義でもある。
その上、私たち講師陣の勝手な願いでもある。

フリーターには絶対させない。

ここまで体を張って、この仕事に向き合うとは、4年前には考えたことがあっただろうか。


数値入力は間に合った。
会計を済ませ、横断歩道まで小走りで進む。

反対方向からスーツ姿の男性が。
どこの社員だろうか。


あいつとそっくり。

お父様とエレベーターで鉢合わせることになった。
「こんばんは。お忙しい中ありがとうございます。」
「いえいえ、こちらこそ。」

タバコを吸ったことを悔やむ。
「そう!dreamはof とるからチェックしておこう!
で、現実では蝶を捉えようとしている。それに対しそんなことをするのを夢にも思うのは非現実。非現実といえば、いわゆる仮定法。だからwould,助動詞の過去、プラスhaveとvppになってるよね!」

文法用語を使わず授業をする主義ではあるけど、かえって周りくどくないか。
とは思ってもこのまま突っ走るのだろう。
なんでその訳になるの?
英語嫌いな人ほど、文法の機能で説明可能であることを知れば英語を制することができる。
構文に則ってさえいれば、言葉選びの自由度は広がる。
それを知れたのは高校3年になってからであった。

センター試験の解説はこれで4回目。
理解度と点数は必ずしも比例しない。
スピードがものを言う。

「時間あればもっと解けた。」
「あとで見直せばなぜ間違いかわかった。」

そう口にする生徒さんも数多くいた。

疑問点を残さぬよう。
春ないし夏からのカリキュラム。
ゆっくり進めすぎた部分もあり、その結果最後に詰め込むような形になってしまった。
ただやるしかない。
でも生徒さんが心から理解した状態は常に維持したい。


その点あいつは。

「終わった。」
「お、何分。」
「10分余った。」
「どれ見せて。」
「ここね、適するものだと思ったらNOTって書いてあった。」
「おい。」
「だからさ、読んでさ、正解ねぇーって思った。」