Startin' over… -23ページ目
センター試験対策も、そろそろ大問1、発音・アクセント問題にとりかからねばならない。
自腹を切って買った河合と駿台の予想問題集は、れっきと教室内の”インフラ”として機能していた。
使おうと思い私物の本棚を見渡すと、生徒さんが勝手に使っているほど。
過去問などはやり尽した。
それだけでは対策など不十分だ。
やはりそれ相応の問題集は必要なのだ。

「先生、大問3なんですけど。」
「あーバイカル湖の話で。」

不要文削除の問題。
文脈を追う、の一言では片付けられない。
Theyなどの代名詞が何であるか、Some Vがあれば対比のOthersが後ろに来る、
そんなものに注視するのは基本中の基本である。
誰にでも納得できるような説明を、私は提供できているだろうか。

その生徒さんは4つの文を並び替え筋が通るように並べ替えよ、そんな問題が志望校である。
公募推薦だ。
過去問は解答さえ公表されていなく、幾度か彼女から模範解答の作成を頼まれた。

英文法の仕上がりはいい。構文を取り読解もできている。
単語と、欲を言えば意訳から受け身形の英文を導き出すことに難はあるが
合格には十二分の力がついている。夏の頑張りだ。
必ず合格する。


一方のあいつは荒れていた。

夜の22時。
その日授業は少なかった上に、生徒さんが一人当日キャンセルをした。
授業があったのを忘れていたらしい。
歯学部志望、正直中学校レベルの構文も危うく単語で長文を読み進める節がある。
頼むから宿題のプリントくらいは持ってきて欲しい。

雑務に追われこんな時間。
夜分遅くに申し訳ないが、家庭連絡をする。

「もしもし、いつもお世話になっております。」
会社名と名前を述べる。
お母様が出た。
「お世話になっております。」
「最近息子さんのご様子いかがですか?」

どうやら生活態度に変化を無い模様。
思った通り。
宿題の取り組みを見ていても家で勉強している様子はない。
それに加え親子喧嘩をしたとのこと。
塾では何も言っていなかったが、相当ストレスは抱えてたようだ。

「私がね、浪人は恥ずかしいって言ったら、怒って壁に穴開けちゃったんです。」

お母様がママ友にあいつが浪人していることを隠したが、バレてしまったとのこと。
あいつは隠す必要無いじゃんと言ったらしい。

「みんなが間に合うのに間に合わせられなかった、それは恥ずかしいこと何だよって言ったら
切れちゃって。」

確かにお母様のご意見にも一理ある。お気持ちもわかる。
ただ私も元浪人の身だ。
フリーターであった時もそうだが、無能である、何もできない
その事実を甘んじて受け入れたからこそお母様のおっしゃってることがひしひしとわかる。
しかし浪人は恥ずかしいことではない。
それが自分で決断したことならば。
自分の責任でもって自由の中で選択した。
それは諦め志望校では無い大学に進むこと、また志望校へ向けもう一年勉強することだろうと、
同じことである。
ただ、締切には間に合わさなければ結果は出ない。

ずるずるといたづらに時間が過ぎて行ってる。
あるいは能動的に時間を自ら手放しているのが、あいつの現状なのかもしれない。
それは可能性の放棄ともいえる。

一体何があいつにそう駆り立たせるのか、私には痛いほどわかる。
自分の決断とはいえ、無限に見える有限の時間を勉強だけに費やすことはかなりの痛みを伴う。

人や社会のと関わり、それらの動きの中で、そういったものはいい意味ですり減り、
気に留めるまでも無いことだと認識される。
それが”普通”の人の生活ならば、浪人生の生活は頭の中に響くのは自分が発した言葉であり、消え去ることは無い。
またそれらの言葉は、悲観的・自虐的であることがほとんどだ。
そのムキ出しになった感情。
当たり散らす場所は無く、また探しても見つからないことがほとんど。
その探す労力だって、かなりの精神力を費やす。

本能を抑えられないこともあるだろう。
味覚、視覚、聴覚、嗅覚、触覚。
鋭敏になった感覚と相まって、猛々しい感情は暴走を極める。
それを包み込んでくれるもの、それを追い求めるのは
勉強なんかより生死にかかわること。


わかっていたけど、見過ごしている私は犯罪者なのだろうか。

「おしゃべり好きな子だから、先生と話すことで気持ちが落ち着いているのかもしれないです。」

私に出来ることは、すべてやっているのだろうか。
ぶっ通しで働いた。
正午に教室を開けた。
今日は特別14時から授業があった。
それにしても社員より週の教室滞在時間は長い。

レッドブルの効果はこんなにも続くのか。
リズミカルに進んだ。概ね満足している。
大学受験の授業を中心に、22時まで突っ走った。

16時を過ぎてもあいつが来ない。
今日は週に1回、英語の唯一の授業なのに。
そんなことを気にしてないような素振りをして、教材をコピーする。
その一時間後、教室に姿を見せた。
何だろう、その後ろめたさそうな表情は。
まぁいい。

きっと家でもろくに勉強してないだろう。
もしくは家で今日までの宿題を一気に片付けようとしたのか?

「ではテスト前、しっかりプリント確認してね。
forestでチェックした表、ノートに写しておいてね!それでは頑張って!」

現役生の授業を終えた。よくぞここまで続いたものだ。

「はい、お待たせ。どこまで行った?」
「全部終わった。」
「素晴らしい、得点は?」
「まだ解答もらってない。」
「あ、そうだった。」
「3と4はあれ、3までしかもらってない。」
「あ、ごめんなさい。」
コピーする時間は無い。
「明日でもいいよ。」
「ありがとう、明日渡します。じゃ、読み上げるから丸つけてね。」
センター系の予想問題。
正解番号を読み上げるのを追って、あいつが快調に丸をつける音が響く。
午後9時。
最後の一コマ。全速力で駆け抜けた。
雨が降っている。
目を覚ましても辺りが暗いため、何時なのかよくわからない。
久しぶりの2連休。
家にこもったまま。
専ら食料品の買い物には出かけたが、取り立てて積極的に休暇を楽しむことはしていないだろう。

仕事のことは考えないように。

一昨日の夜、たまっていた宿題の丸付けを終えて心に決めたことだ。

先週一週間、最低限しかあいつをかまうことができなかった。
トータルして30分も話せただろうか?
to doリストのチェックや宿題の進行状況の確認のみで、
それは事務的な会話のみであった。
私には他にもたくさん生徒さんがいる、後輩講師と飲みに行くこともできる、
それに加え学生という守られた身分かつ自由な環境がある。
一方のあいつはどうであろう。
毎日塾に来ては目の前にあるのが勉強のみで、特に友達と会えるわけでもない。
あいつに話しかけるのは担当講師くらいしかいなく、伊藤先生も藤原先生も出勤するのは週一回。
だからこそ、雑談でもいいからあいつの精神安定をはかることが私に課せられた役目なのだろう。
だけど、他の生徒さんからの質問対応・全員分の宿題用意・添削、そんなことに空き時間はすべて取られ、どんなに早く出勤しても片付かない。

懐かしい。
まだあいつが担当になる前だったこと。

「先生、質問いいですか?」
「はい、もちろん!どれさ。」

一浪目の冬であった。
志望校過去問の読解問題。

「これ正解bなんですけど、なんでdじゃだめなんですか?」

うん、読むべき文を間違えている。
また構文がわかってない故訳がぐちゃぐちゃ。
今と大して変わっていない。

でも唯一違ったのは、合格へ向けて突き進むバイタリティがあったこと。
「受かるぞ。」
キラキラした目からはそんな意思が感じられた。

その後も2~3回、藤原先生が不在の時に質問対応をすることがあった。

人懐っこい子、と認識していた。
その当時それ以上関わることはしなかったが、他の講師や前の教室長と楽しそうに話していたのは覚えている。

今の室長になって、あいつへのフォローは皆無だ。
スタンダードを知らない新しい生徒のみに、的外れなアドバイスと自習フォローをする。
講師の指導方針とずれているどころか、真逆であることも常である。
混乱するのには、一番の迷惑を被るのは生徒だ。
お客様へのサービスどころかクレームの種を提供している。

その点あいつは鋭い目を持っている。
はっきり意見したこともある。
それを恐れてか、室長があいつに関わることはない。
業務放棄と捉えて当然のものと考えている。
むしろ関わってくれない方がこちらも安全、そう考えている。
私だけでなく、あいつもそうであろう。

しかし、時間が食われている。

生活態度、自習状況について管理をした。
家庭連絡もした。
気にかけて対策したつもりにだったが、あいつからしたら束縛、もしくは子供扱いされたと感じていたのだろう。

わかってる。
ケアする方向を間違えていたと。
欲しいものを与えていなかったと。
あいつにとっては

塾へ行ったって誰とも関われれるわけではない。
そりゃ勉強の時間も短くなるは、質も落ちるは当然だ。

明確な答えは出てこないけど、
先週よりは幾分ましになりそうな予感。