On the Beach(オン・ザ・ビーチ)(渚にて) | ほうしの部屋

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 ネヴィル・シュートの長編SF小説『渚にて 人類最後の日』を読了しました。

 著者のシュートは、1899年生まれのイギリスの作家ですが、晩年にオーストラリアに移住、1960年に亡くなるまで現地で過ごしました。自分のキャリアに基づいた小説を数多く書いており、航空業界、ヨット、戦争などをテーマにした作品が多くあります。

 本作品『渚にて』(原題 On the Beach)は1957年に発表され、ベストセラーになり、ハリウッドで映画化もされました。スタンリー・クレイマーが監督し、グレゴリー・ペック、エヴァ・ガードナーが主演した大作です。映画の大ヒットにより、原作も翻訳が出て、日本でも多くの読者を得ました。私は、すいぶん昔に映画版を観ましたが、軍事マニアであるにも関わらず、原作は読んでいませんでした。近年になって、文庫版の新訳が出て、書店で手に取って、懐かしさから、読んでみることにしました。

 第三次世界大戦が起き、核戦争になり、北半球が全滅し、南半球へも放射性物質が次第に流れ込み、人類は滅亡の運命にさらされます。米海軍の生き残りの原子力潜水艦スコーピオンは、オーストラリア海軍の指揮下に入り、オーストラリア南部を拠点にしました。しかし、南半球のオーストラリアへも放射性物質が流れ込んでくるのは時間の問題でした。そんな中、アメリカのシアトル近郊から断片的なモールス信号が届きます。生存者がいるのでしょうか。その発信源をたどって、スコーピオンは出航します。人類の終わりの日々を、極端な感傷やパニックなどは抜きに淡々と描いた、SF小説の傑作と言えます。

 

 それでは本作品の内容を紹介します。

 

 ソ連と中国の戦争が中心の第三次世界大戦が起きました。イスラエル対アラブ諸国の戦いにアルバニアが介入したことからNATO対ソ連の戦いへと発展し、さらにソ連対中国の戦いに飛び火したのでした。核兵器保有国は米ソ以外にも拡散しており、ほとんど躊躇されずに核兵器が使用されました。たった37日間の戦争で、北半球は炎に覆われ、放射性物質(死の灰)が充満しました。新型のコバルト爆弾は、放射性コバルトの拡散を目的に使用され、コバルトを含んだ放射性物質の雲は、北半球の市民に不可避の死をもたらしました。南半球の国々(オーストラリア、ニュージーランド、南米諸国、アフリカ諸国など)は、参戦しなかったにも関わらず、放射性物質が次第に流れ込んでくるという運命を背負わされました。3ヶ月~半年で、南半球も放射性物質に覆われ、人類の滅亡が不可避的になっていました。そんな中でも、オーストラリアの市民は、淡々と日常生活を送っていました。まだ死が現実味をもって感じられていないせいもあったのでしょう。石油が入手しづらくなり、各家々では、自動車を捨てて、馬車が用いられることが多くなりました。鉄道や路面電車はまだ走っていました。そんな中、アメリカ海軍の原子力潜水艦スコーピオンが、オーストラリア南部のメルボルンに退避してきて、オーストラリア海軍の指揮下に入りました。艦長はタワーズ大佐です。タワーズは、開戦後に原潜スコーピオンを指揮して、太平洋中を巡り、潜望鏡や各種センサーで、破壊された都市や大気汚染の状況を観察してきました。米国や米軍との連絡は途絶えてしまいました。米海軍が太平洋で運用できるのは、スコーピオンだけになってしまいました。タワーズは、スコーピオンを南米のリオデジャネイロに向け、そこにいる米国の原潜ソードフィッシュに燃料を補給してやる任務についた後、メルボルンに戻って、スコーピオンを長期間の補修整備していました。運用停止されたオーストラリア海軍の空母シドニーの脇に停泊して、シドニーを会議所や宿泊施設として使用していました。オーストラリア海軍のホームズ少佐は、連絡士官として、米原潜スコーピオンに乗り組むことを命じられました。ホームズは開戦直前に結婚し、妻メアリとの間に娘のジェニファーが生まれました。ホームズは5ヶ月という約束で、連絡士官を引き受けました。タワーズの案内で原潜スコーピオンの内部を見学したホームズは、排水量6千トン、エンジン出力1万馬力以上、乗員80名余りの原潜の概要を把握しました。補修整備で、スコーピオンは、武装のほとんどを除去し、魚雷発射管も2基のみを残してすべて取り外されていました。その分、乗員の居住性向上に充てられていました。ホームズは、原子炉を冷却する液化ナトリウムの回路や、様々な熱交換器や、高速タービンを冷却するヘリウム回路などの概要を頭に入れました。ホームズは、タワーズに、司令官から2ヶ月ほどの長期就航があると聞かされて来たことを明かします。艦長のタワーズはその計画を知らされていませんでした。自宅に帰ったホームズは、妻メアリと相談して、タワーズを迎えてパーティーを開く計画を立て、親しい牧場主の娘であるモイラにも協力を頼みました。モイラは馬車を駆って、タワーズを迎えに行きました。モイラとタワーズは、ホテルのバーで互いに自己紹介をして、酒を飲みました。モイラはアル中の気配があるほど、ブランデーを大量に飲みます。ホームズの家に着いた二人は、ホームズと一緒に、ヨット・クラブに行きました。ホームズの所有する小さなヨットに、タワーズとモイラが乗り、レースに出場することになりました。しかし、操作を誤ってヨットは転覆し、モイラは水着が脱げてしまいました。タワーズはモイラに頼まれて、水着の紐を結び直してやり、そのことは二人だけの秘密にしました。ホームズ宅に戻ると、数名のパーティー客が来ていました。パーティーで二人だけになったタワーズとモイラは、タワーズの仕事の話をしました。アメリカのシアトルから意味不明のモールス信号らしき無線電波が発せられていること、しかし、大気汚染が酷くて、潜水艦でも浮上できないほどだという話をタワーズはしました。オーストラリア北部のケアンズやダーウィンにも、放射能汚染の危機は迫っており、そこを偵察するために、現地に詳しいホームズが連絡士官として加わったという話もタワーズはしました。放射性物質が南下してくるメカニズムの説明もしました。モイラは、戦争に全く関わっていないオーストラリアが放射性物質の被害に遭うのは理不尽だと憤慨しますが、タワーズは、仕方がないことだといいます。モイラは、ブランデーを何杯も飲んだ上に、ウイスキーまで飲んだために、気分が悪くなり、吐いてしまいました。タワーズはモイラを介抱して寝室に運んでやりました。翌日、教会の礼拝に出席したタワーズは、故郷アメリカに残してきた妻子のことばかり考えていました。基地に戻ると、オズボーンという科学士官が、原潜スコーピオンに新たに加わることがタワーズに伝えられました。オズボーンはモイラの従兄でした。オズボーンの任務は、北の地域の放射能汚染の状況を精密に測定して記録することで、そのために計器も持ち込んでいました。タワーズは、モイラに電話して、スコーピオンの艦内を見学してほしいと約束を交わしました。モイラはオズボーンがとんでもない科学バカだと冗談交じりにいいました。数日後、タワーズはホテルでブランデーを飲んだモイラを案内しました。オーストラリア北部の状況を偵察する任務が迫っていることを、タワーズは告げました。3ヶ月~半年の間に、このメルボルンにも放射性物質がやってきて人々は死ぬと聞かされて、モイラはまた怒り狂いました。街に出て、酒を酌み交わしたタワーズとモイラは、ダンスを踊りました。モイラは、決まった仕事があるタワーズが羨ましい、自分は大学をドロップアウトして遊ぶしか能がないといいます。速記やタイプを習おうかと思っているが、放射性物質による汚染が迫っている中で、1年もかかる勉強をするのはバカバカしいといいます。モイラを見送ったタワーズは、モイラの後ろ姿がアメリカに残してきた妻のシャロンに似ていると思いました。翌日、司令官に呼ばれたタワーズは、ケアンズ、ポートモーズビー、ダーウィンといったオーストラリア北部の都市の洋上偵察の任務を正式に与えられました。なまじ生存者に救出の夢を見させることになるから、原潜スコーピオンを浮上させてはならないと厳命されました。9日後、オーストラリア北部に到着した原潜スコーピオンで、タワーズは潜望鏡で市街地などを観察しましたが、生存者の気配はありませんでした。オズボーンの放射能測定の結果、とても人間が生きられる状態ではないことが判明しました。タワーズは、士官室で会議を開き、この戦争の顛末をどう記録するかを話し合いました。4700発の核爆弾が投下され、中ソが使ったのは全てコバルト成分を散布する水爆だったと推定されています。不凍港を求めるソ連の南下政策と、大量の移民をソ連の広大な土地に送り込もうという中国の思惑から、両国の戦争になったといわれています。コバルトの半減期は5年であり、その期間を過ぎたら、相手国へ侵入できると考えていたようです。しかし、目論見以上に、放射性物質は広がり、北半球はあっという間に、全ての住民が死ぬという状況になってしまいました。アメリカやイギリスを最初に爆撃したのは、ソ連製の爆撃機を使用したエジプト軍でした。それをソ連の攻撃と勘違いした米英は、ソ連に報復攻撃を行い、ソ連もまた報復で答えました。こうして核戦争は北半球全土に広がっていたのです。偵察任務を終了したスコーピオンは、メルボルンに帰港しました。ホームズは、タワーズとモイラを自宅に招待しました。しかし妻メアリが、スコーピオン艦内で麻疹の患者が出たことを気にして、娘に伝染することを恐れて、野外でのピクニック・パーティーにしました。タワーズとモイラはヨット・クラブに行って、再びヨット・レースに参加しました。今度は転覆せず無事にゴールできました。南米にいる原潜ソードフィッシュの話題になり、ニューヨークまで偵察に行ったが生存者はいなかったという話をタワーズはしました。モイラに家族のことを聞かれて、タワーズは、妻シャロン、息子ドワイト、娘ヘレンがいることを話しました。タワーズはまだ自分の妻子が生きていると思い込んでいるようでした。というか、生きているという想定で自分の精神の安定を保っているように、モイラには思えました。翌朝、タワーズはホームズから、科学士官のオズボーンが、方位探知機付きの無線電信機をスコーピオンに新たに取り付けていると聞かされます。それでタワーズはピンときました。アメリカ北西部のシアトル近辺から、無線電波が発信されており、その発信元をつきとめたいのだといいます。無線電波はほとんどが意味不明なものですが、生存者の存在が期待されていました。海岸を散歩して、タワーズはモイラに聞かれて、自分の妻子のことを話しました。モイラは、タワーズが穴だらけの靴下を履き、ボタンの取れたシャツを着ていることをとがめて、繕いが必要な衣類を全部自分のところに持ってくるように言いつけました。そして、自分の農場にタワーズを招待しました。数日間でも、牛の世話をして畑を耕してみれば、良い気分転換になるといいます。招待を受けたタワーズは、破損した衣類を詰めたトランクを持って、モイラの農場を訪問しました。モイラの父と話していて、放射性物質の南下で、最後に残る大都市がこのメルボルンになるだろうとタワーズは推測を述べました。タワーズはどうするのかと尋ねられて、潜水艦の乗組員の多くが、現地の女性と付き合っていて、結婚している者も少なくないことから、スコーピオンも、メルボルンを離れるわけにはいかないだろうと述べました。モイラの父に言われて、南下する難民の数が意外なほど少ないことに気づいたタワーズは、どうせ逃げても数ヶ月生き延びられるだけだとすれば、諦めて落ち着くしかないのだろうと思いました。タワーズは、モイラの農場に数日間滞在したおかげで、リフレッシュできました。海軍基地へ戻ったタワーズは、新たな出動命令を受けました。アメリカ西海岸は比較的に機雷の敷設が少なく、海岸近くまで行ける可能性が高いことから、シアトルの、謎の電信発信源を突き止めることが、原潜スコーピオンの任務になりました。同時に、放射性物質が雨や雪で浄化されていく状況、ひょっとして人間が生存できるレベルまで放射能が薄まっている可能性を探る調査を命じられました。現地へ行くまで27日間の長期にわたって潜航したままになります。連絡士官のホームズは任務開始まで、自宅で、妻メアリと庭の手入れをして過ごし、娘のジェニファー用のベビーサークルを調達することになりました。ホームズは、科学士官オズボーンから、愛車のフェラーリのレーシングカーを見せられます。手入れが行き届いており、燃料さえ確保できれば、街を爆走しそうな代物でした。薬局に寄ったホームズは、薬剤師から、放射能を浴びると人体はどうなるかを聞かされます。まず嘔吐と下痢、血便などが出て、感染症または白血病で死に至るといいます。薬局では、最後の日々に備えて、自殺用の薬品を無料頒布することになるといいます。飲み薬と注射薬の2種類があるといいます。ホームズは帰宅して妻メアリに薬剤師に聞いた話をします。最後の日に娘ジェニファーに苦しい思いをさせないために、メアリが娘を手にかける必要があることを言われて、メアリは激怒します。海軍本部では、会議が行われ、スコーピオンの任務からパナマ運河やサンフランシスコなどの偵察を除外することが決まりました。付近に機雷原がある危険性が高いからです。シアトル近郊からの謎の電信は、269回受信されており、その中でまともなモールス信号だったのは7つ、英単語と識別できるものは2つだけでした。電信機が生きているには電力が必要です。そのため、その近辺には人間がまだ生きている蓋然性が高いと予測されました。その地に詳しい士官が、シアトル近郊のサンタマリア島に訓練用の電信基地があるといいます。サンタマリア島に防護服を着て上陸し、電信装置の具合や近辺の様子を探る任務に、サンダーストロムという無線士官が立候補しました。会議終了後、タワーズはモイラと食事して、国立美術館へ行きました。タワーズは宗教画には興味がありませんでしたが、ルノワールの作品には惹かれました。モイラと別れたタワーズは、息子へのお土産用に釣り竿のセットを購入しました。娘へのお土産にしようとしていたホッピングは、扱っている店が見つかりませんでした。そして妻へのお土産に、ダイヤモンドとエメラルドがついたブレスレットを購入しました。知人女性からタワーズが子供用のホッピングを探していることを聞かされたモイラは、力になりたいと思い、自宅の倉庫に眠っている、自分が子供時代に使っていたものを修理できないか検討しました。モイラはタワーズにホッピングの件を話し、何とか街中で新品を探してみると約束しました。タワーズは感謝の念を込めて、モイラの手にキスしました。原潜スコーピオンは新たな任務のために航海に出ました。アメリカ西海岸に接近したスコーピオンでは、サンタマリア島から発信されていると思わしき電波を受信しました。サンダーストロム無線士官は、上陸偵察の準備をします。途中、潜望鏡で陸地からの光を確認しました。電気があるのは水力発電のせいだと推測されました。とても人が生き延びられるような放射性物質の濃度ではありませんでした。スウェインという水兵が、故郷の様子を見たいからといって、勝手に艦外へ出て、泳いで陸地へ向かいました。もう戻ってこないだろうとタワーズは諦めて、サンタマリア島へ針路を向けました。目的地の沖合で、防護服に身を包んだサンダーストロム無線士官がゴムボートに乗り込みました。背中のボンベの酸素は2時間しか保ちません。サンダーストロムは島の設備を点検して回り、謎のモールス信号の発信源を突き止めました。通信施設の建物の一つに、窓際に置かれた通信機がありました。壊れかけた窓枠が風に揺れて、無線機の打電キーを動かしていたのでした。サンダーストロムは、生存者無しという一報を打電して、無線機のスイッチを切りました。3冊の雑誌を土産に持ち帰り、サンダーストロムはスコーピオンに戻ってきました。そして消毒を済ませて、艦内に戻りました。脱走した水兵のスウェインが操縦するモーターボートが接近してきました。家族も付近の住民もみな死んでいたといいます。しかし、故郷の居心地は良いといいます。スウェインに別れを告げて、タワーズは原潜スコーピオンを帰路につけました。その頃、メルボルンでは、ホームズ連絡士官の妻メアリが、モイラに、タワーズ大佐と結婚したくないのかと尋ねました。しかし、モイラは、家族がアメリカで生き続けていると信じているタワーズは、自分とは結婚しないだろうといいます。自分はわがままな女だが、あと3ヶ月程度に迫った死の前に、タワーズの妻の名誉を傷つけるような不倫はしたくないと、モイラはいいました。タワーズが指揮する原潜スコーピオンは、オーストラリアに戻ってきました。謎のモールス信号は一種の自然現象であり、機雷原と放射能濃度により、偵察できた港湾も限られていました。いわゆるヨーゲンセン効果という、放射性物質が次第に稀薄になっていくという楽観的な見通しの根拠は見つかりませんでした。帰ってきたタワーズに人事異動が告げられ、アメリカ海軍総司令官に昇進する旨が伝えられました。軍の解散もしくはオーストラリア海軍への吸収の判断は、タワーズに委ねられることになりました。ブリスベンにあるアメリカ海軍の総司令部が、南下する放射性物質の被曝で全滅したことを意味していました。原潜スコーピオンは、点検整備のために、長期間、乾ドッグに入れられました。ホームズはタワーズに、次回の海上勤務があるなら、家庭の事情でそこから外してくれるように依頼しました。発熱して体調不良になったタワーズは、モイラの家で静養することになりました。医者の見立てでは風邪ウイルスが繁殖してしまっており、1週間程度は静養する必要があるとのことでした。モイラは、工場を巡ってようやく手に入れた、タワーズの娘へのお土産用の新品のホッピングをタワーズに渡しました。喜んだタワーズは、ホッピングに手をかけたままで眠りに落ちました。タワーズのもとへ、科学士官のオズボーンがフェラーリのレーシングカーに乗って訪れ、航海の報告書の査読を依頼しました。オズボーンは、近々開催されるレースに出場するつもりであることを伝えました。いよいよ、メルボルンにも放射性物質が流れる時期が近づいてきました。市民の大半は、やりたくない仕事はやらなくなり、街では略奪が起こり、ゴミも散乱し、蓄えた燃料を使ってしまおうという思惑からか、自動車が数多く走るようになりました。タワーズも、アメリカ海軍最高司令官として、運転手付きの自動車を与えられました。オズボーンが参加するカーレースの予選が開催されました。大雨の中の開催で、多くの参加車両が事故を起こし、死傷者も多数出ました。オズボーンのフェラーリも衝突に見舞われましたが、何とか自力走行可能な状態だったので、完走でき、それだけで、本戦出場権を勝ち取りました。ホームズと妻メアリは、丹精込めて整備した庭で水仙が咲いたことを喜び合いました。メルボルンに放射性物質がやってくるのは、もう1週間後ぐらいに迫っていました。タワーズは、モイラに、南米にいる原潜ソードフィッシュに自沈命令を出したことを話しました。そして、メルボルンが最後を迎える前に、山地の渓流でマス釣りがしたいと言います。モイラも賛成して一緒に行くことになりました。タワーズは、アメリカに残した妻子のことがあり、モイラとは男女の関係になれないことを告げましたが、モイラは了解しました。あと1週間ぐらいで死ぬという時に、不倫遊びなんかであとを濁したくないと、モイラはいいました。モイラは、タワーズが帰国する時に一緒にアメリカを訪れて、タワーズの妻子に挨拶したいと言い、そのアイデアに乗ったタワーズとともに、一時の妄想に浸りました。タワーズは、海軍基地に戻りましたが、もうやることはほとんどありませんでした。空母シドニーも原潜スコーピオンも動かず、物資の略奪も放置されていました。スコーピオンの軍艦としての生命は、タワーズ自身の軍人としての生命と同様に終わっている、しかも、タワーズはそれに代わる他の命を持ち合わせていませんでした。ホームズ一家は、最後まで普通の生活を続けようと、電動芝刈り機とソファを入手しました。タワーズは、モイラの農場で、肉体労働に勤しみ、良い気分転換になりました。その休暇から戻ったタワーズは、乗組員たちが酒絡みで問題を多発させていることから、今後、泥酔者は軍から追放すると命じました。タワーズは釣り道具を用意して、モイラと一緒に、山岳地帯の渓谷へ小旅行しました。ホテルは釣り客で満室状態でしたが、タワーズとモイラは事前に予約して2部屋を確保していました。ホテルのバーで酒を飲んで、モイラはタワーズの服のボタンが取れていることを見つけて、繕うからと受け取り、自室に戻りました。独りぼっちでタワーズの服をかき抱きながら、タワーズを自分に振り向かせるには、5年はかかる、それほどの時間は残されていない、と涙を浮かべました。翌日の、マス釣りは、最初の頃は不調でしたが、現地に詳しい釣り客に教えられたこともあり、タワーズもモイラも大物を釣り上げることができました。夜、酒を飲みながら、タワーズは、自分は必ず祖国アメリカに帰るといい、モイラに感謝を述べました。不倫の恋人関係になることもなく、自分の心の穴を埋めてくれたモイラには、大きな犠牲を強いたと、タワーズはいいました。タワーズとモイラは、ラジオのニュースで、カーレースの決勝でオズボーンが優勝したことを知りました。事故が相次ぎ最後まで走った車はわずか5台でした。タワーズは、オズボーンが昨日、メルボルン市内で放射能による症例が何件か確認されたと言っていたのを思い出しました。メルボルンの海軍基地へ戻ったタワーズは、オーストラリア海軍の司令官に依頼して、原潜スコーピオンを指揮下から離脱させてほしいと依頼します、タワーズはスコーピオンを領海外で自沈させるつもりでした。まだ残っている乗組員のほとんどは、放射能に苦しんで死ぬよりも、スコーピオンとともに海に沈むことを望むだろうと、タワーズは言い、許可を取り付けました。レースに優勝した科学士官のオズボーンは、自宅で、老いた母が放射能被曝の症状を見せ、自殺用の毒薬を飲んで命を絶ったのを見つけました。オズボーンは愛犬に睡眠薬入りの餌を与えて眠らせて、毒薬を注射し、自分もガレージで愛車フェラーリに乗り毒薬を飲みました。連絡士官のホームズは、タワーズ艦長と別れて、自宅に戻り、家族が放射能被曝の症状を見せているのを確認しました。妻メアリに聞かれてホームズは、今回の戦争と世界破滅を止めるためには、教育が必要で、新聞などメディアの役割が大きかったといいました。ホームズは娘ジェニファーに毒薬を注射し、妻メアリに毒薬を飲ませ、自分も添い寝して毒薬をあおりました。いよいよ、原潜スコーピオンの最後の航海が始まります。モイラは、タワーズに最初に会った時に着ていた赤いドレス姿で、見送りに訪れました。モイラはタワーズに、自分も連れていってほしいと懇願しますが、タワーズは軍紀上それはできないと言います。タワーズはこれまでのモイラの好意に感謝し、モイラを抱き締めてキスしました。モイラは拒絶して、もう行ってほしい、そうでないと自分が泣いてしまうから、といいました。モイラは、ブランデーをあおり、久しぶりに運転するマイカーをフルスピードで走らせて、外海が見える高台に来ました。遠く、海上にタワーズの乗る原潜スコーピオンの姿が見えました。モイラは、「もし先にいっていたら、わたしを待っていて」と言い、ブランデーで毒薬を飲み下しました。

 

 ストーリーはざっとこのようなものです。

 

 冷戦下の地球で、米ソ以外にも、中国など、核兵器が拡散して、第三次世界大戦の危機が高まっていた時代です。大規模に核兵器が使われれば、地球全体が死の灰(放射性物質)に覆われて、人類は死滅するという想定が、現実味をもって受け止められていた時代に書かれた小説です。決して、突飛な絵空事ではなく、それゆえに、著者シュートは、綿密な、科学的・軍事的な知見を駆使して、客観性をもって淡々と事態を描いています。3ヶ月~半年あまりで、南半球のオーストラリア南部にも放射性物質が大量に飛来し、人々は被曝し、死を迎えるのですが、その残された期間に、出来る限り日常生活を維持し、日常的に、やりたいこと、やるべきことを遂行していきます。この淡々と死を受け入れる姿勢は、人間の最後の尊厳を表していると言えます。いたずらに騒いだりパニックになることなく、淡々と「今を生きる」ことの意義を、本作品は語りかけています。

 タワーズとモイラの仲睦まじい関係も、決して性的関係に発展することはないプラトニックなものです。タワーズがアメリカ本土に残してきた妻子の生存を信じてそれを生きがいにしている以上、モイラは、タワーズと不倫の関係になることは許されないと自覚していました。潜水艦の乗組員の中には、アメリカの家族はみな死んでいるのだからと、オーストラリアで新たな恋人を見つけて、結婚までする人も少なくありませんでした。その中で、タワーズとモイラは、互いの尊厳を極限まで尊重した、節度ある関係を保ち続けました。若干、アル中気味のモイラが、タワーズとの関係においては、酔った勢いで迫るということもなく、仲の良い友人関係を続けたのは、意外ですが、極限状態の人間が示す尊厳というものを象徴していると言えるでしょう。現代劇的に言えば、妻子を失ったことを自覚したタワーズは、当然、モイラと男女の関係になるところですが、そうさせないことで、著者シュートは、主要登場人物に象徴される人間の尊厳、生命の尊厳を描き出したと言えます。

 本作品は、反戦・反核小説というわけではなく、核兵器の恐ろしさを啓蒙するといった目的も、やや稀薄です。そうではなく、極限状態に置かれた人間がどのような態度で過ごし、どのように自分の最期を受け入れるかといった、哲学的問いかけが行われていると言えます。放射性物質(死の灰)が地球規模で広がりつつある状況でも、人々の生活は、やや牧歌的にも見えるほど、落ち着いています。日常生活を淡々と送り、日々やるべきことを淡々とこなす毎日です。自分の死が間近に迫っていることを自覚するのが難しい状況で、日々の暮らしを持続するしかないというのが、実情でしょう。パニックを起こすのでもなく、黙々と死へ向かって生き続けていくという実存的テーマが、本作品を貫いていると言えるでしょう。

 

 映画版『渚にて』では、オーストラリアの第二の国歌とも呼ばれる「ワルツィング・マチルダ」が流れますが、私は原作を読んで、1980年代に大ヒットした、クリス・レアの「オン・ザ・ビーチ」という曲を想起してしまいました。海岸での恋の思い出を歌ったものですが、季節外れの海岸を赤いドレスの女性が歩く姿を映したビデオ・クリップ、クリス・レアのハスキー・ポイス、淡々と静かに歌う様子、ブルース・ボサ・ノヴァとでも呼ぶべき、渋い抑えたアレンジによって、まさに、小説『渚にて』の最後の人類の状況を伝えているようにさえ思えてしまいます(歌詞は、報われない恋を歌ったラブソングですが)。奇しくも、『渚にて』の原題は「On the Beach(オン・ザ・ビーチ)」です。直訳すれば確かに「渚にて」ですが、T・S・エリオットの詩から取られたもののようです。他にも、「陸上勤務になって」「零落して」といった意味もあるようです。クリス・レアの「オン・ザ・ビーチ」も、零落した男の思い出を歌っているようにも聞こえます。